第13話 真実の在り処①
昼休み真っただ中の第一体育館には私と
「俺と金森がはじめて話したときのこと覚えてる?」
パソコンの画面を熱心に覗き込みながら、針谷先生が尋ねてくる。
私は足元に散らばった幾本ものコードを整理しながら曖昧に首を振った。
「さあ、あんまり」
「ひどいなあ。俺はちゃんと覚えてるのに」
「去年の夏ぐらい……でしたっけ」
「なんだ。覚えてるじゃないか」先生がわかりやすく声を弾ませる。「ちょうど夏休み前、今みたいに学年集会の準備中だったな」
一年の夏休み直前。
春に赴任してきたばかりの針谷先生が、はじめて学年集会の準備を任された。
五限の集会に向けて昼休みを捧げた先生。しかしプロジェクターとパソコン、スピーカーのつなぎ方がわからず、悪戦苦闘していた。
そこへタイミングよく現れたのが私だった。
別に先生が心配で駆け付けたとかではない。たまたま直前の授業で体育館にタオルを忘れてしまったのだ。取りに行ったら困り顔の先生と目が合ってしまって、捨て置けずについ手を貸した。本当にただそれだけだ。
だから当時はちょっと準備を手伝うだけのつもりだったのに。自然な流れで様々な雑用を任されるようになり、今日もこうして学年集会の準備を手伝わされている。
「あのときは本当に助かったよ。金森もなにか相談したいことがあったら俺に言ってくれよ。進路とかさ」
「進路ねえ……」
「調査票見たよ。就職希望だって?」
一瞬どきっとした。
そういえば針谷先生は二年の進路担当だ。生徒の進路希望は把握されているのか。
「進学すればいいのに」
もうここ数か月の間で聞き慣れてしまったセリフ。いい加減いちいち心が動かなくなってきた。
答えは決まっている。「無理ですよ」。いつも曖昧に笑ってはぐらかす。
今日もお決まりの文句を返そうとした。だけどその直前で、針谷先生の言葉に遮られる。
「いや、金森は進学するべきだと思う」
いつになく真剣な声音。思わず針谷先生を見遣った。
進学を勧められるのは慣れっこだが、こんな風に強い口調で断定されるのははじめてだ。
「教員とかどう?」
パソコンから顔を上げた針谷先生が私をまっすぐに見つめてそう告げる。
……教員に? 私が?
「……考えたこともありませんでした」
「俺はぴったりだと思うなあ」
予想外の選択肢を突きつけられて唖然とする。私を置き去りにして、針谷先生は一人で納得したようにうんうんと頷いている。
「もし金森が教員目指すってなったら、俺が色んなこと教えてあげられるし。相談にも乗れる。ほら、いつも進路指導室にいるからさ。なにかあったら来いよ」
薄く笑みを浮かべた先生の瞳には、絶対的な自信が滲んでいる。まるで私の将来を確信しているようだった。
「金森は絶対教員に向いてるよ」
「向いてないよ、絶対」
その日の放課後。
二学期中間テストが数日後に迫る中、私たちは一学期同様四人での勉強会を開催した。
昼食時と同じように四つの机をくっつけて、四人固まって各々勉強道具を広げている。
ふと昼休みに針谷先生から告げられた言葉を思い出した。ぽろりと零してみたところ、相模からぐうの音も出ないほどぴしゃりと断じられてしまった。
相模が問題集から顔を上げた。シャーペンを弄びながら呆れたように肩を竦める。
「そいつも見る目ないね」
「そいつじゃなくて針谷先生ね」
「俺あの人苦手。親戚に一人はいるやたら馴れ馴れしいおじさんみたいで」
針谷先生には申し訳ないが、相模の言葉は正直共感できた。
私もつい苦み走った顔つきになる。正面を見ると、ひなもペンを握る手を止めて苦笑していた。
「深琴ちゃんは針谷先生のお気に入りだからね。今回も現代文一位狙ってるんでしょ?」
「狙ってる訳ではないけど……気が重いわね」
「そういえば前回のテスト、現代文以外はぜんぶ
と、ひなの隣から情報を補足したのは結城くん。
「鹿島さん? て誰」相模が首を捻る。
「二組の。夏休み前に廊下で話したことあるじゃない」
いや、あれを話したと表現していいのだろうか。
一方的に声をかけられただけな気もするけど……まあいいか。
相模にも伝わったらしく、「ああ、あの通りすがりに喧嘩売ってきた子」と頷いていた。どんな覚え方してるんだ。
「喧嘩は売られてないでしょ」
「顔覚えたからな的なこと言われたじゃん。あれって不良の挨拶的なあれでしょ?」
「鹿島さんは不良じゃないよ」
結城くんの言う通り。鹿島さんといえば、見た目からして優等生という雰囲気を漂わせた学年主席の才女だ。
眼鏡の奥に潜む理知的な瞳の輝きや、落ち着いた声音、しゃんと背筋を伸ばした佇まい。
あれが不良なら私なんて輩と呼ばれてもおかしくはない。
……とはいえ、ほとんど接点がないせいで、その本性は未だに不明だ。
「ひなもすっごく頭がいいってこと以外はなんにも知らないなあ」
人差し指を唇にあてて、ひながうーんと首を捻る。
おそらく、学年のほとんどの生徒がひなと同じ認識をしているのだろう。
正体不明。学年主席。圧倒的な頭脳を誇る才女、
どうやら私は、そんな人とまた競わなければいけないらしい。
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