第12話 見つめてくれるなら②
二年三組の教室に踏み入った私たちを見つけるなり、
「出たなバカップル」
「そんな浮かれた格好した人に言われたくないわ」
「縁日だからな」
二年三組の出し物は縁日だ。
店番の生徒たちは色とりどりの法被を羽織っている。
例に漏れず、聖山くんも全く似合っていない真っ赤な法被とはちまき姿だ。むっつり不機嫌そうな顔で椅子に深く腰掛けている。
もっと縁日らしい顔をしろ。
「
何気なく問う。途端に聖山くんの頬が朱色に染まった。
おそらく私を窘めようと一度口を開きかける。が、しばし逡巡して苦々し気に顔を伏せた。
誤魔化すように首筋を撫でながらぽつりと答える。
「……まだだよ。昼から空いてるっていうから、二人で回るつもり」
「へー、ふーん、へー」
「なんだよ」
「バカップル」
ニヤニヤと舐めくさった顔で吐き捨てる。
聖山くんは呻き声を上げた。
「なんで二人で文化祭回るだけでバカップル呼ばわりされなきゃいけないんだ」
「私たちも今同じ理由でバカップル呼ばわりされたんだけど?」
「悪名高いお前らと一緒にするなよ」
なんだ悪名って。
私が突っ込むよりも早く、気を取り直したように聖山くんが咳払いをした。
会話が途切れる。
何事かと観察していると、聖山くんがふいに机の上へ手を伸ばした。
そうしてそれを掴んで、私たちに差し出してくる。
「わざわざ冷やかしに来たわけじゃないんだろ?」
差し出されたのは割り箸と輪ゴムを組み合わせて作られた簡易的な銃だった。
引き金の部分に指をかけるとセットされた輪ゴムが発射される仕組みだ。
「当然」
私も相模も銃と百円玉硬貨を交換する。
縁日らしく、教室内にはヨーヨー掬いや輪投げなど、様々なミニゲームが用意されている。聖山くんの担当は射的だった。
足元に引かれたビニールテープの線。
まずは相模がその手前に立つ。
壁際の棚には、お祭りでよく見る射的のように大小様々な景品が並んでいる。
百円で撃てるのは三発まで。
中にはゲームセンターに置いてあるような小さめのぬいぐるみなんかもあるけど……それなりに重量がありそうだ。輪ゴムで倒すのは厳しいかもしれない。
「金森さんなに欲しい? 好きなの取ってあげる」
「あんたが欲しいやつにすればいいじゃない」
「俺特にないんだよね」
少し悩んで、真ん中あたりにちょこんと鎮座している箱を指さした。
「じゃあ、あのキャラメル。
「俺は金森さんの欲しいものを訊いたんだけど……まあいいや」
ぱかん。輪ゴムと箱の弾ける音がして、キャラメルがあっけなく倒れる。
「おー」私は素直に感嘆の声を上げ、拍手をする。傍らで相模が誇らしげに胸を張った。
「……なんで僕にどや顔するんだよ。キャラメル如きで調子に乗るなよ」
およそもてなす側が吐くセリフとは思えない言い草だ。
聖山くんがキャラメルを手渡してくれる。
私は早速中身を取り出して、包装を向いて相模に差し出した。
「はいあーん」
「えっあの、えっ? マジでいいの? えへ、いただきます……」
だらしない笑みを零した相模の口にキャラメルを突っ込む。
聖山くんが「チッ、バカップルめが……」と憎々し気に吐き捨てた。
聖山くんの悪態をスルーしつつ、「あれなに?」と目に付いた的を指さす。
棚の端の方に、厚紙で作られた正方形の小さな的がある。
マジックペンで『お楽しみ』と書かれているだけで怪しさ満点だ。
聖山くんはちらりと的を一瞥して、端的にその答えを口にした。
「『お楽しみ』」
「いやそれは見ればわかるけど。お楽しみってなによ」
「それは撃ってからのお楽しみだよ」
「やれ相模」
「はい」
ぽちん、輪ゴムが弾けて、的が宙を舞う。
「くそ、当たらないように作ったのになんで当たるんだよ……」
渋面で聖山くんが差し出してきたのは小さな紙切れだった。
『引換券』と書いてあることから、なにかのチケットであることは推測できる。
「なにこれ」
「三階のお化け屋敷にうちのスタッフが並んでる。このチケットを渡せば最後尾じゃなくてそいつと入れ替わりで列に入れる」
「他クラスの企画を景品にしてるってこと? せこっ」
「戦略って言え。お化け屋敷の人気を考えたらいい景品だろ」
聖山くんの言葉には納得できる部分もあった。
確かにうちのような飲食系は回転率も高く比較的平和だが、ゲーム系では教室に入るのも数十分待たされることがある。
次の行先が決まったな。
散々射的を荒らして、私たちは聖山くんに追い出されるようにして二年三組を後にした。
去り際、
「十三時から第一体育館で吹部の演奏があるんだ。圭も出るから、よければ来てくれよ」
としっかり親友の宣伝もされてしまった。
きっと聖山くんも杏南ちゃんと二人で応援に行くのだろう。
勝手に想像しながら、私たちは三階へと移動した。
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