第12話 見つめてくれるなら①
目が覚めて、まずスマホを確認する。
通知欄の一番下に相模がいた。
『迎えに行くから待ってて』
一言短くメッセージが送られてきたのは、日付が回った直後。
昨夜は疲労が重なり、二十三時には就寝した。
あと一時間もしないで相模が来てしまう。
寝ぼけながらもなんとか朝一番で返信する。身支度を整えて玄関を出て、ほっと胸を撫でおろした。
よかった、ちゃんと来てくれた。
路肩に見慣れた自転車が停まっている。相模はいつものように玄関を出てすぐのところでスマホを覗いていた。
私の気配に気づいて顔を上げる。
相模がなにか言葉を発するよりも早く、私は口を開いて制した。
「
あまりに端的で、ともすれば言葉足らずな伝え方。
案の定、相模が間抜け面で首を捻る。
「兎堂くん、別に私のことなんとも思ってないって。昨日しっかり振られたわ。私もなんとも思ってないし。……だからもうなにも心配しないで」
昨夜、眠りに落ちる寸前まで考え抜いた、その結論。
やはり彼が抱える事情は無闇矢鱈に口にして良いものではない。
その上で相模の誤解を解くなら、部分的に曲解した伝え方になってしまう。
振られた、なんて。まるで私たちの間になにかあったみたいな表現だ。
だけどなにもない。
「……本当に?」
疑いの眼差しを向ける相模。
私は肩を竦めて首肯した。
「本当よ」
「本当の本当に?」
「しつこいな。マジだっつーの」
言葉で伝えられることには限りがある。
だからこの先は、態度で示さないと。
私は足早に相模の元へ歩み寄る。
そうしてその頬を両手で挟んでやった。
間抜けなほどに大きく見開かれた瞳を正面から見上げて、まっすぐに言葉をぶつける。
「ちゃんと戻ってきたでしょう」
相模が目を瞬かせる。
「あんた私の目が好きなんでしょう。ならちゃんと見なさいよ。私は今誰を見てるの?」
「……俺れふ」
「うん。ちゃんとあんたのこと見てるから。あんたがどこ見てたって、私はあんたのことちゃんと見てやるから。だからこれ以上なにも心配しなくていいの。それとも、あんたの彼女はそんなに信用できない女なの?」
相模は短く息を呑む。
それから頬を挟まれたままぶんぶんと首を横に振った。
私がお前の彼女でよかったな。ほかの女だったらそんな顔見せた時点で幻滅してるぞ。
そっと解放してやる。
相模は温もりを閉じ込めるみたいに頬に手を添えた。
「信用できる。なにがあっても、俺金森さんのこと信じてる」
相模が早口で言い募る。
私もそれでいいのよ、と鷹揚に頷く。
「オラ。行くわよ」
さっさと歩き出した私の背後で、相模が慌てて自転車のロックを解除した。
文化祭一日目。
今日の参加者は校内の生徒のみ。
明日の最終日は一般公開される。
保護者に他校の生徒、受験を控えた中学生などが訪れる予定だ。
大きなイベントはほとんど明日に詰まっている。
おかげで今日はそれほど忙しくはない。
どこのクラスも一般公開に向けて予行練習のような雰囲気で、文化祭を楽しんでいた。
「将来職に困ったら、焼きそば屋さんになろうかなあ」
テントの下で麺と野菜をよく混ぜながら、相模がぼんやり呟いた。
鉄板から沸き上がる煙と熱にやられて、目が完全に虚ろになっている。
初日の午前中ということもあって、お客さんはまばらだ。
雑談をしながらでも十分対応できる。
朝から天気予報通りの快晴。屋外には強い日差しが降り注ぐ。
テントの中には鉄板から上がった熱が充満している。熱中症で倒れてもおかしくはない。
「まだ諦めるには早いだろ……夢持ちなさいよ」
タッパーに出来上がった焼きそばを詰める。
私も熱で頭がぼんやりしてきた。
相模は鉄板に視線を落としたまま、神妙な面持ちで「うん」と頷いた。
「金森さんと二人で地元に愛される定食屋経営するの」
「ナチュラルに私を巻き込むなよ」
いくら暑さでぼんやりしてるからって聞き逃さないからな。
「じゃあ何屋さんならいいの」
「何屋さんでもよくないけど……」
「なにかあるでしょ、夢とか。やりたいこととか」
俺はもう二人でできるなら何屋さんでもいいよ、この際。と相模。
こいつ全然話聞いてねえな……。
しかし、やりたいことか。
「あるわよ、やりたいこと」
「えっマジで!? 俺に手伝えること? 俺なんでも付き合うよ」
謎に食い気味に問うた相模から軽く体を反らす。
Tシャツの襟を引っ張って汗を拭いながら、隣を見上げる。
「とりあえず、今日は一緒に回るわよ」
相模自身はすっかりその気だったようだけど、そういえば私から明確な返答はしていなかった。
流れに身を任せるのはもうやめよう。
どんな結論であれ、きちんと相模の気持ちに答えるのだ。
「なんでも付き合ってくれるんでしょう?」
「う、うん!」
頬を蒸気させて力強く首肯した相模の顔を見上げる。
とりあえずここから連れ出してしばらく休ませてやろう。
密かに心に定めるのだった。
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