第11話 もう一度恋からはじめましょう①
宣言通り、相模は実行委員会後に迎えに来るようになった。
おかげで委員会以外で
一方、相模が常に気を張っているせいで、傍にいる私まで無駄な緊張感を味わう羽目になっている。なんとも居心地が悪い。
これも文化祭が過ぎれば元通りとなるのだろうか。遂に明日は文化祭当日だ。
前日ともなると、どこのクラスも放課後まで居残って準備に勤しむ様子が見られる。
二年一組は調理室からほど近い、昇降口前のロビーを獲得している。そのため屋外での作業が続いていた。
「危ないから下置くなっつってんでしょーが!」
須藤さんが声を張り上げる。
見ると、用務員さんから借りた工具がアスファルトのあちこちに散らばっていた。
私と兎堂くんは文化祭実行委員ではあるが、実際にクラスの舵取りを任されているのは須藤さんだ。私たちはほとんど事務仕事とみんなの補佐という位置に収まっている。
ふと、誰かが閃いたというように声を上げた。
「明日めっちゃ暑いんだって。調理室の冷蔵庫借りてさ、ジュース冷やしといて一杯二百円とかで出したらヤバイくらい売れそうじゃない?」
「え! 天才じゃん」
「誰か買い出し行ってきてよ。ついでにあたしたちも飲めるし」
「あはは!」
盛り上がっている中に入っていくのは気が引けた。実行委員の務めと自らに言い聞かせ、彼女たちに苦言を呈す。
「ごめん。事前に申請してないものは出せないんだ」
突如会話に割り込んできた私に視線を投げて、一瞬にして女子たちの笑顔が消えた。「ふーん」と呟き、さっさと背を向けてしまう。
「つまんな」
「なんで申請しとかなかったん? 実際出すかどうかはともかく、とりあえず申請だけしとけばやれること広がったじゃん」
「ほんとそれー」
「実行委員働けよ」
働いてるわクソが。喉元まで出かかってなんとか飲み込む。
文化祭前日にトラブルなんて絶対に御免だ。
実行委員の仕事なんてこんなものだ。理解はしている。
しかし連日こうした嫌味ばかりぶつけられてしまってはさすがに落ち込んでしまう。
どんなにクラスのために身を粉にして働いても、それが相手に伝わることはない。
あれが足りない、これができてないと不満を集中的にぶつけられて、文化祭前日にして心身ともに疲労はピークに達していた。
……少しくらい「頑張ったね」って褒めてくれてもいいじゃない。
弱気な自分を頭を振って無理やり打ち消す。
今日を含めてあと三日の辛抱で、私の仕事も終わりだ。それまではなんとかやり遂げなければ。
「ペンキ足りないかも。誰か買い出し行ってくれる?」
須藤さんが呼びかける。誰かが「チャリ通学の人に行ってもらえば?」と提案した。
なるほど道理だと頷く。
「金森さん、予算て今どのくらい残ってる?」
「ちょっと待って」
机の上に投げ出しておいたクリアファイルから、封筒と領収書の束を取り出す。
私が残りの予算を確認している間に、須藤さんが近くでテントを組み立てていた相模を呼んだ。
「相模ー、チャリ通だよね。買い出し行ってくんない?」
「ん、いいよ」
軍手を外しながらこちらへ歩み寄ってくる。そうして私の手から封筒を抜き取って薄い笑みを浮かべた。
「じゃあ金森さんも俺と一緒に買い出し行こうよ」
「金森さんは実行委員だからダメだよ」すかさず制止したのは兎堂くんだ。「なにかあったときに現場にいないと困るでしょ?」
一瞬にして場に緊張が走った。
にこやかな笑みを浮かべて当然のように輪に入り込んできた兎堂くんを、相模が挑発的な眼差しで見下ろす。
「なにかあったときって言うなら、買い出しだって実行委員がいた方がいいんじゃない? それとも兎堂くんは一人でクラス仕切る自信がないのかな?」
「誰もそんなこと言ってないよ。ただおれは、金森さんにはここに残ってもらわないとって」
「じゃあ兎堂くんが買い出し着いてくる?」
「遠慮しておくよ。ごめんね。おれ、相模くんには興味ないから」
「は~~~~!? なにその言い草! なんで俺が振られたみたいになってんの?」
「『みたい』じゃなくて、振ったんだよ、おれは」
め、めんどくせえ~~~~!
見ると、須藤さんも私と同じ顔をしていた。なんなら「クソめんどくせえ……」と声に出ている。
特大のため息とともに、須藤さんが相模の後ろ襟を乱暴に掴み上げた。
「ぐえっ」
「もうお前めんどくさいから早く買い出し行ってこい」
猫でも放るように、相模を輪の外へ荒々しい手つきで投げ出す。
アスファルトに放り出された相模は、よろけながらもなんとか立ち上がる。そうしてぶつぶつ文句を垂れ流しながら駐輪場へ消えていった。
一仕事終えたかのように満足気な吐息を漏らし、須藤さんは次いで兎堂くんを見遣る。
「実行委員。あっちで呼ばれてるよ」
「え。……ああ、本当。教えてくれてありがとう」
ぺこりと一礼を残して兎堂くんは駆けて行った。
ちょうどそのとき、また別の方から声が上がる。
「誰かー、テントの留め具足りないから取ってきてー」
「あたしが行くよ」須藤さんが即座に呼応する。次いでゆるりと首を巡らせて私を見つめた。「金森さんも行くでしょ?」
「う、うん……ありがとう」
肩を竦めて歩き出した須藤さんを追い、二人で第一体育館へと向かった。
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