2学期

第10話 嵐のはじまり①

 ……やっちまった。


 握りしめた拳を見下ろして口の中だけで呟く。


 黒板に大きく書かれた『文化祭実行委員』の文字。その隣に自分の名前が書き込まれていくのを呆然と見つめる。


 二学期開始から数日。あっという間に文化祭の季節を迎えた。


 帰りのSHRショートホームルームで立候補を募ったが、当然一人として手が挙がることはなく。じゃんけんで決める運びになってからものの三十秒程度で、私は実行委員に就任していた。


 仕方ない。腹を括って顔を上げたところで、男子の輪の中でこちらを見つめる相模と目が合った。


 やっちまった、と視線だけで伝える。相模は頷いて親指を立てた。なんだ、一緒にやってくれるのか──察した次の瞬間には白く細い手が天井に向かってまっすぐ伸びていた。


 けれど、それは相模のものではない。


 相模の隣で小柄な男子生徒が手を挙げている。

 色素の薄い髪は動くたびにさらさらと揺れ、蛍光灯の白い光を眩く弾く。丸くて大きな瞳が一瞬私を捉えて、それから教室全体に言い聞かせるようにぐるりと辺りを見渡した。


「おれがやるよ」


 男子にしては高めの声で、兎堂うどうれんくんはゆったりと宣言した。







 男女それぞれの実行委員が決定されたため、SHRショートホームルームはお開きになった。

 運動部の部員たちが慌てて教室を飛び出していく。私は自分の席で荷物をまとめながら今一度黒板を見遣った。


 兎堂うどうくんとは一年から同じクラスだが、特別親しくはない。昼食時に彼の席を借りているだけの関係だ。

 中性的な顔立ちと穏やかな声音が愛らしい、癒し系男子だと認識している。


「金森さん」


 柔らかく呼びかけられて振り向くと、鞄を肩にかけた兎堂くんが私にそっと微笑みかけていた。


「準備できた? 一緒に行こ」


 つい数分前に就任したばかりだが、早速この後集まりがある。第一回だから顔合わせがメインになるだろう。

 返答のために口を開こうとしたと同時、横やりが入った。


「俺も一緒にやりたかったなあ」


 当然のように会話に割り込んできた相模が、馴れ馴れしく私の肩に寄りかかってくる。

 牽制のつもりだろうか。兎堂くんを一瞥して私の手を取った。


「金森さんがやるなら、俺も喜んで引き受けたのに」

「私だって別になりたくてこうなってないし」

「男女一組でやるなら、俺と二人の方が相応しくない? ねえ」


 と、挑発的に兎堂くんに問いかける相模。

 うぜえ……。思い切り顔を顰めてしまう。対照的に、兎堂くんはにっこりと柔らかい微笑を浮かべた。


「ごめんね。早い者勝ちだから」

「うん……?」


 相模が首を傾げる。私は握りこまれていた手を振り払った。そうして机の脇にかけてあった紙袋を拾い上げる。


「ごめん兎堂くん。先行ってて」

「どこか寄るの?」


 兎堂くんがきょとんと尋ねる。

 私は紙袋を顔の横で掲げて相模を見上げた。一応先に教えておかないと、後で拗ねるかもしれないし。


「柳先輩のとこ」



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