第7話 あなたのせいで②

 デスゲームでも始まるのかと思ったけど、当然そんなわけなかった。


 職員室を経由し、私たちが辿り着いたのは物理準備室だった。

 三階に上がると、相模はなぜかそのまま廊下へ出ようとはせず、踊り場の陰から身を乗り出して周囲の様子を窺った。まるで尾行中の探偵か刑事のようだ。


「ねえ、これ今なにしてんの?」

「先週さ、地学のノート提出だったでしょ」


 問いかけに対する答えとは受け取り難いその言葉を、訝しみながらも首肯する。

 相模は一旦体を引っ込めると、至って真剣な表情で私に向き直った。


「この間提出したノート、実は授業中に須藤さんと絵しりとりしたのをそのまま残して出しちゃったんだよね」

「なにしてんの?」


 マジでこいつなにしてんの?


「高田先生マジ怖いじゃん? 見つかる前に回収したいんだよね」


 つまり相模の言う重大なミッションとやらの内容は以下の通りだ。


 私たちは先生が不在の間に、こっそりと相模のノートを探し出し回収する。さらに絵しりとりの痕跡を消去して、元あった場所へと再提出しなければならない。

 私は斥候の役割を担っているのだ。

 しょうもねえ~……。


「だからさっき職員室で高田先生がいるか訊いてきたのね」

「そういうこと」


 日誌の提出のついでに職員室内を軽く見回したが、高田先生の姿は見えなかった。ということは、今まさに物理準備室内で仕事をしている可能性が極めて高い。


「とりあえず中を覗いて、誰もいなかったら呼んでほしいんだ」

「へえへえ……」

「くだらないって顔してるね」

「くだらないって思ってるもの」

「俺は必死なのに!」

「自業自得じゃない」


 とは言いつつも、私は踊り場に相模を残し廊下を一人進んだ。

 ドアの前に立って、息を潜めて中の物音を探った。……人の気配はなし。ドアを拳で叩く。


「失礼します」


 ちょっと、と抗議の声が廊下の奥から響いてくる。教室内は無人だ。

 きょろきょろと辺りを見回してから、踊り場から身を乗り出している相模を無言で手招いた。


 恐る恐る寄ってきた相模が警戒しつつ教室内を覗く。無人であることを確認して、私を無理やり室内へ引っ張り込んだ。


「金森さんも手伝ってよね」


 と私を一瞥してから捜索を開始する。

 まったく……。

 嘆息しつつ手を動かしてしまう辺り、私も相当相模に毒されている。


 五月の葉桜が目立つ頃、相模と出会い、凪いだ湖面のように穏やかだった私の日々が一変した。

 些細なことで心を搔き乱されて、目まぐるしい毎日に辟易していた。それなのに今では悪くないのかも、なんて思えてしまう自分がいて、そんな自分自身に驚きすらしないのだ。


 こんな感覚、三か月前では考えられない。


 デスク上にはノートの束がいくつかある。互い違いに積まれたものを見つけて、上に積まれた束を持ち上げた。下段に積まれたノートに書かれた名前には見覚えがある。うちのクラスの人だ。ということは。


「相模、あったわ」

「マジ?」

「この下。探して」


 私が上段を持ち上げている間に、相模が下に積まれたノートを手早く確認していく。


「あった」


 ぱらぱらと中身を検める手元をさりげなく覗き込んで、ほとんど無意識に零していた。


「うわ。マジで描いてある」

「そんなに怒んないでよ。次は誘うから」


 そんな気遣いいらんわ。

 そのとき、廊下から足音が響いた。開けっ放しのドアでは通りがかるだけで私たちの侵入が露呈してしまう。

「やばっ」足音に気づき、はっと顔を上げた相模が焦ったように呟く。


 間もなくして、足音が物理準備室の前でぴたりと止まった。


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