第5話 そこにあなたがいるということ②
空いたひなの席に腰かけると、机越しに相模がずいと身を乗り出してくる。厄介なことに、例の胡散臭い笑みを浮かべていた。
「ところで、なんで二人は一緒に戻ってきたの? どこ行ってたの?」
「めんどくせえ……」
「そもそも二人ってどういう関係?」
「あ?」
「いやさ、前から思ってたんだよね。全然関わりなさそうなのになんで仲いいのかなって」
そういえば相模にはまだ話していなかった気がする。
いち早く頷いたのは結城くんだった。
「オレ、金森さんと中学同じなんだよね」
「えっ、ていうことは、中学生の金森さんの写真とか持ってたり……?」
「闇取引しようとするな」
結城くんのことは信用しているから、万が一にもそんなことにはならないとわかってはいるけど。
「1on1でオレに勝ったら考えてあげるよ」
「ちょっと結城くん?」
じとーっと湿度の高い目で軽く睨めつけると、結城くんは「大丈夫、絶対負けないから」と爽やかに笑ってのけた。
一方の相模は珍しく前のめりの姿勢で問いかけた。おい、課題やれ。
「結城くんてバスケ部だっけ?」
「いや、天文部」
「天文部!? そんなんあるの?」
「あるよ、文化部だからあんまり知られてないけど」
部員三人しかいないしね、と苦み走った笑みを浮かべる。
文化部の中には部員が片手で数えられる程しか所属していないような部もある。一般の生徒にはその存在すら知られていないものも多い。
ひなと結城くんが所属する天文部もその一つだ。
「はあー、絶対運動部だと思ってた」
「一年の頃はバスケ部だったんだけどね」
「なんでやめちゃったの?」
「んー」問われた結城くんが曖昧に笑う。「もっと大切なことができたから」
柔和な笑みとは裏腹に、瞳には決然とした覚悟が滲む。
歌うような口調と慈しむような声音は、すべてを知る私には痛いくらいまっすぐに響いた。
「なんでそんなマニアックな部活に……」
「私が勧めたのよ」
相模には理解できなくて当然だ。
だってこれは、私と、ひなと、結城くん。三人の繋がりの話だから。
それでも一応、結城くんと天文部の名誉のために補足しておく。
「天文部に、私と結城くんの共通の友達がいてね。その人ならひなのこと任せられると思って」
「んんん?」
さしもの相模も気づいたようだ。
何かを閃いたように唇に人差し指を当て目を眇める。
「え、じゃあ結城くんて、宇梶さんにくっついて入部したってこと?」
私も横目でそっと彼の表情を窺う。
結城くんは柔和な笑みを浮かべるだけでけして明確な言葉を返そうとはしなかった。
けれど、沈黙が一秒落ちるごとに肯定の色が深まるのを感じた。
「え!? 宇梶さんのこと好きなの!?」
「馬鹿声でかい!」
「好きだよ」
「きゃー!」
顔を覆って「やだ! 今の聞いた!?」と私の肩を叩いてくる。リアクション乙女か。
結城くんからのひなに対する明確な好意の言葉を耳にするのは、実は初めてだった。
傍から見れば想い合っているのは明白なのに、一向に互いに伝えようとしないから私も自分の勘が信じられなくなっていた所だったのだ。おかげで柄にもなく緊張してしまった。
「え、え、じゃあ宇梶さんは結城くんのことどう思ってるの?」
やけに興奮した様子の相模が、きらきらとした眼差しで私に問うてくる。
私は曖昧に首を傾げてそっと目を逸らした。
私がここで打ち明けるのは、なんていうかフェアじゃない気がしたからだ。
「いいよ、言わなくて」
結城くんが柔らかく制止する。
「自分で聞くから」
短く、けれど強い決意の籠った言葉に、相模が大袈裟に歓声を上げた。うるさいな、課題やれ。
甘酸っぱい話題にも関わらず、私は一人、爪先からせり上がる焦燥感に心を乱されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます