第4話 それは残酷な②
「スタイルいいね、身長何センチ?」
「165です……」
「ポッキー食べる?」
「あ、いえ」
「太らそうとするなよー」
「はは……」
「極細ポッキーって好きなんだよね。なんかお得感ない?」
「あ、そうですね……」
矢継ぎ早に繰り出されていく会話に圧倒される。
周囲は三年生の女子に囲まれていて、どこを探しても逃げ場がない。
先輩に連れてこられたのは三年一組の教室だった。状況を飲み込む前におそらく先輩の席と思しき椅子に座らされ、あれよあれよという間に三年女子に囲まれて現在に至る。
「ちょっと。その子オレのお客さんなんだけど」
前方のドアから先輩が入ってくる。両手には一階の自動販売機で買ってきたであろう飲料の缶が握られていた。
「ハイこれあげる」温かいカフェオレを手渡されて、お礼を述べてありがたく受け取った。手のひらにじんわり広がる熱に、少しだけ気分が落ち着く。
「え、うちらの分は?」
「ないよ。なんであると思ったの?」
「
「そんなだから相模くんよりモテないんだよ」
「関係ないだろ!」
どうやら私をここまで連行した彼は柳先輩というらしい。
柳先輩は女子たちを「しっし」と手で追い払って強引にスペースを空けると、適当な椅子を引っ張ってきて私の横に腰かけた。
「この子でしょ、相模くんの彼女って」
女子生徒の一人が発した言葉に私が首を振るより早く、柳先輩が「違うらしいよ」と答える。
「え、じゃあなんで連れてきたの?」
「付き合ってないけど、相模が好きな子らしいから」
「あーわかった! 相模くんより先にこの子盗ってやろうって魂胆なんでしょ! 性格わっるー、そんなだから相模くんよりモテないんだよ」
「二回言うな」
柳先輩が苦み走った顔で舌打ちをする。綺麗な顔から発せられた音にぎょっと驚いてしまった。さっきまでの印象と別人すぎる。
「あの、先輩は相模とどういう関係で……?」
「こいつね、相模くんのストーカーなんだよ」
「違うっつーの!」
「嘘じゃないよお。柳ね、相模くんが入学してすぐにわざわざ教室まで顔見に行ったんだよ」
一年の頃、後ろの席の女子が教えてくれた話を思い出す。
上級生が教室まで見に来たって噂、あんたかよ!
「自分よりかっこいい男子がいるのが気に食わないとか言って。今もたまに二年のフロア覗いてるし、全校集会の度に相模探してるし」
「おい! バラすなよ! 深琴ちゃん違うからね、ストーカーじゃないから」
ドン引きしている私の肩を掴み、必死の形相で弁解するが、余計にガチっぽくて閉口してしまう。どうコメントすべきか散々悩んで、恐る恐る口を開いた。
「えっと、……ファンってことですか」
「ギャハハハ!」
周囲の女子たちが火を噴いたように一斉に腹を抱えて笑い出した。柳先輩が頭を抱えた
直後、その声はまるで計ったかのように教室に響き渡った。
「金森さんっ」
その場にいた全員が振り返る。ある者は顔を顰め、またある者はきゃあっと歓声を上げて、ミルクティー色の髪が揺れる様を見遣った。
三年の教室だというのに、相模はなんら臆する素振りもなくこちらへ歩んでくる。
「荷物はあるのにどこにもいないから心配したよ。三年の教室で何やってるの」
「相模くんだあっ」
「生相模だ!」
相模の登場に女子が沸き立つ。相模が「どうも」とにこやかに笑いかけると、彼女たちは顔を見合わせて黄色い歓声を上げた。久々に見たな、この胡散臭い
「それはこっちのセリフだよ」と、背後から聞こえた声に振り返ろうとしたが失敗した。というか、肩をがっちり固定されているせいで体を動かせない。ちょっと? 柳先輩?
「誰の許可得て三年の教室入ってんの?」
「しょうがないでしょ、先生まだ来てないんですから。あとその手放してくれません? 金森さん嫌がってるでしょ」
「嫌がってないよ、深琴ちゃんはオレの味方だから」
「深琴ちゃん……?」
相模の眉がぴくりと跳ねる。唇の端をひくつかせて、相模は目を眇めた。
「誰の許可得て下の名前で呼んでるんですか?」
「なんであんたの許可が必要なのよ」
すかさず口を挟むと、柳先輩が「そうだそうだ、もっと言っちゃえ」と控えめに便乗してくる。
「先輩、相模と直接対峙するのが怖いからって私をクッション代わりに使うのはやめてください」
「べっべべ別に怖くないし!」
「じゃあ後ろ隠れてないで出てきてくださいよ」
渋々といった様子でようやく肩が解放された。柳先輩は喉の調子を確かめるように二、三度咳払いをすると、腕を組んでしゃくるように相模を見上げる。
「ふん。よくもまあ三年の教室に堂々と入れたじゃん。何か用があるわけ?」
「あ、先輩に用はないので早くその子返してください」
「深琴ちゃんこいつすげー嫌な奴! すっげー性格悪い!!」
「そうですね」
「こんなののどこがいいのさ!」
どこがと言われても……別にどこもいいとは思ってないし、クズだし。
歯を食いしばって相模を睨みつける先輩と誇らしげに胸を反らす相模。うーん、帰りたい。
やれやれと立ち上がったところで、相模に肩を抱かれる。
「さあ金森さん、俺とデートに行こうか」
「いや教室戻るわよ」
こいつ先輩に見せつけたいだけだろ。
一応先輩たちに会釈だけでも、と一瞬振り向くと同時に、立ち上がった柳先輩が「まだ帰らないよね?」と私の肩を引き寄せる。
「金森さんはこれから俺とデートなので」
「肩を抱くな」
「こういう時は先輩優先じゃない? ねえ深琴ちゃん」
「肩を抱かないでください」
「彼氏優先ですぅ」
「彼氏じゃないって言ってますぅ」
「両側から私の肩を圧迫するな!」
痛い痛い肩幅狭くなっちゃうから!
「おらっ!」
肩を圧迫する男たちの手を振りほどいて教室から脱出する。教室の中から「逃げたぞ!」「追え!」と叫び声が聞こえて、慌てて走り出した。こんなときだけ結託すんな!
あえて教室棟ではなく、反対側の管理棟へと向かう。ドアが開け放たれている教室をいくつか見送ってから物理室へ避難した。
机の陰に隠れて少しして、ばたばたと忙しない足音が廊下を駆けてく気配がする。やがてその足音が去ってから私はようやく詰まっていた息を吐きだした。
このままチャイムが鳴るまでここでやり過ごそう。
息を整えながら机の陰を這って移動する。
ふと、背後に気配を察知して振り返ろうとしたと同時、何者かに口を塞がれた。
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