第4話 それは残酷な①
体が重い。
全身を包む倦怠感とともに、思考までもが深く沈み込んでいくような心地に陥る。
顔を洗って、湊の朝食を用意している最中も欠伸が止まらなかった。
教室に到着する。窓の隙間から何やら違和感のある光景が覗いた気がして、廊下で立ち止まった。
私の席に誰かが座っている。
金糸の髪は春の麗らかな陽光のように淡い輝きを放ち、後ろで小さく結わえられている。一瞬、女性と見紛う嫋やかな雰囲気。しかし横顔から首筋にかけての男性らしい骨格も併せ持っている。身に纏う制服も男子のものだ。
机に頬杖をつき、スマホに視線を注ぐその端正な横顔に、思わず見惚れてしまう。
こんなに綺麗な人、うちの学年にいたっけ……スリッパに目を遣って、その人が三年生であることを知った。
ふと、その人と目が合う。柔らかな目尻に縁どられた金春の瞳が私を映すと、訳もなく緊張した。
薄い唇が滑らかな弧を描き、その人は悪戯っぽく私に微笑みかけた。
「やっと来た。ずっと会いたかったよ、相模の彼女ちゃん」
おや……?
首を傾げる私の元へ歩んでくると、彼は流れるような動作で私の肩へと手を回した。おや……!?
そのままそっと抱き寄せられて、耳元で「行こっか」と囁かれる。どこへ!?
私は荷物だけ置かせてくれと頼んでから、導かれるままに歩き出した。
「彼女ちゃん、名前なんだっけ」
「金森です」
「じゃなくて、下の名前」
「……深琴です」
「綺麗な名前。似合ってるね、深琴ちゃん」と如才なく微笑まれて、私は俯いてしまう。
なんだろう、相模と似ているけど何かが違う。相模が胡散臭いとすると、この人のは女慣れした雰囲気を感じる。けれどそこに嫌悪感はなく、品のようなものも感じられるのが不思議だ。
すれ違った女子生徒が「浮気だ……」と目を眇める。浮気……? あっ、普通に受け入れてたけど『彼女ちゃん』じゃない!
「あの、先輩」
「ん?」
「私相模の彼女じゃないです」
切迫した声で伝えると、彼は「えっ」と素っ頓狂な声を上げた。
「え、人違いってこと?」
「人違いではないんですけど、私が相模と付き合ってるっていうのは、相模が勝手に言いふらしてるだけであって、事実ではないというか……」
私が伝えると、彼はそっと瞑目して何か考え込んでしまう。その間にも肩に回された手は離れない。うう、ぞわぞわする……。
くすぐったさに耐えかねて身を捩ると、逃がさないとでも言うようにぐいと抱き寄せられた。
顔を上げれば、翡翠色の目を愉快そうに細めた先輩が私を見下ろしている。
「じゃあ、相模の好きな女の子ってことかな」
「ちが……っ」
反射的に反駁しようとしてはたと思いとどまる。
ん、違わないのか……?
相模の言葉を信じると誓った。なら、ここで否定するのは約束を違えることになってしまうのではないだろうか。
そんな風に考え込んでいるうちにも先輩は歩みを再開してしまい、それに引きずられるように私も階段へと向かったのだった。
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