第3話 大切だから①
丸くて大きなチョコレート色の瞳に、つんと尖った鼻梁。透き通るように白い肌。赤みの強い髪はセットをしなくても緩くカーブを描いて揺蕩っている。
その可憐な容姿はお伽噺に登場しても違和感のないほど魅力的だ。
見た目だけじゃない。いつでも自分よりも私を優先しようとする、心優しい自慢の親友。
だけどそう思っているのは私だけみたい。
「ひななんか」がひなの口癖だった。
ひなだからだよ。私、ひなのことが大切で大好きなの。そのまま言葉にしても、ひなはきっと「もったいないよ」とはにかむだけで、受け入れてはくれない。
私はこの気持ちを、どうやって伝えたらいいのだろう。
塀に手をついてソックスを直す。ふと、ブレザーのポケットでスマホが震えた。
アプリを起動すると、画面いっぱいに黒い画像が飛び込んでくる。ちっさい文字でインスタの匂わせ女子みたいな真似でもしてんのかしらと画像をタップして、それが日没後に撮影された写真であることに気づいた。
薄ぼんやりと街灯の灯りに照らされた背中には既視感がある。
これ、昨日の私じゃん。
相模から送られた写真に写っているのは、薄暗い路上で弟の防犯ブザーを探す私の姿だった。
通ったなら声くらいかけなさいよ……照れ隠しで『ストーカー規制法って知ってる?』と送信する。直後、どこかからぴこんと通知音が聞こえてきた。近くにいる! 見られてる!
肩にかけていたスクールバッグを盾のように構え、周囲を警戒する。スマホが震えた。
『
「どこで見てやがる相模ッ! オラッ出てこい!」
周囲に向かって吠えるが、相模は一向に姿を現さない。これじゃ私がヤバい奴みたいじゃないか。手の内でスマホが震えた。
『金森さんヤバい奴じゃん笑』
「笑ってんじゃねえぞ!」
くそ、私の反応を見て遊んでいやがるな。
密やかな笑い声が耳に届く。声のした方へ振り向くと、塀の奥に自転車の影のようなものが伸びている。
見つけた。警戒しながら近づく。塀の影から恐る恐る顔を出した直後、カシャッと無機質なシャッター音が鳴り響いた。
「金森さん何してるの? かーわいー」
「何してんのはこっちのセリフよ、相模。なんでいんのよ」
「迎えに来たよ。有言実行。好きになっちゃった?」
「むしろ好感度下がってますけど?」
写真を消してやろうとスマホに手を伸ばしたが、ひょいと躱されて手の届かない所まで掲げられてしまう。
「金森さんいい加減iPhoneにしたら? AirDrop使えないじゃん。今撮ったの送ってあげようと思ったのに」
「いらないから別にいいのよ」
「LINEに送ってあげるね」
だからいらないっつーの! 話聞け!
以前迎えはいらないと伝えたはずなのに、本当に人の話を聞かない男だな。
相模はスマホを鞄にしまうと、自転車を押して歩き出す。私も隣に並んだ。
「金森さんは着てこなかったんだ」
「さすがにこの時期に半袖じゃ肌寒くてね」
今日は球技大会当日なのだ。
クラスTシャツのまま登校する生徒が多いのだが、私は制服の下に着こんで、学校に着いてからすぐに着替えられるようにしていた。
見れば、相模も制服姿だ。
「俺も下に着てる。てか、あのTシャツ外で着るの恥ずくない?」
「それ本人に向かって言ってみなさいよ」
ちなみにうちのクラスのTシャツには須藤さんが描いた謎生物が印刷されている。文句を零した男子を「じゃあお前が描けや!」の一言で黙らせていた。強い。
「まさかと思うけど相模、明日からもこうやって迎えにくるつもり?」
「もちろん。彼氏として彼女のことは守ってあげないとね。当然学校に着いてからも一緒だよ」
「それは無理。学校ではひなといるから」
「ひなって誰だっけ」
「宇梶ひな」
「あー、金森さんといつもご飯食べてる人」
クラスメイトの名前くらい把握しておきなさいよ、と口に出しかけて飲み込んだ。そういえばこいつ私の名前も覚えていなかったな。
「俺と宇梶さんどっちが大切なの」
「ひな」
「即答しないでよ。まあそういうところも好きだけど」
そりゃひなに決まってる。次点で
一も二もなく切り捨てると、相模は子供のようにぷくっと頬を膨らませてわかりやすく拗ねた。
「ひどいな、彼氏なのに」
「彼氏じゃねえっつーの……」
相模が私に目をつけた理由は結局わからず終いだ。おかげでここ最近の私には同じセリフを吐き続けることしかできない。
私ばかり振り回されて、いい加減まともに取り合うのも馬鹿らしくなってきた頃合いだ。もう何を言われたって信じてやるものか。
相模と出会ってから、私の平凡な日常が滅茶苦茶に搔き乱されている。私には湊さえいれば、他には何もいらなかったのに。
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