第2話 悪くないじゃん②

 机の向かい側で、女子生徒が爪で机をこつこつと鳴らす。唇を引き結んで手元の書類に目を通す彼女を、私はそっと盗み見た。


 須藤すとうさんは相模さがみの後ろの席の女子で、親し気に話しているところを頻繁に目にする。

 一応二つの机をくっつけて作業をしているが、けして親しい間柄という訳でもないので、さっきから会話がないのが恐ろしい。


 ……そういえば、相模に付きまとわれるようになって、こうして相模の取り巻きと接するのは彼女がはじめてだ。どんな嫌味を言われるかわかったものじゃないから、なんとなく避けていた。


金森かなもりさんさあ」


 ふと、須藤さんが口を開く。来た、と直感的にわかった。


「相模と付き合ってんの?」

「付き合ってないわよ! マジで全然! 相模が勝手なこと言ってふざけてるだけで、私たち本当に付き合ってるわけじゃないから。私相模のことなんてなんとも思ってないし、気にしないでいいから!」


 だから相模と付き合うなら勝手にしてください!

 事前に練習したおかげで完璧だ。勢いがつきすぎて須藤さんは若干引いていたが。


「いや別にあたしも相模のことなんとも思ってないけど……」

「えそうなの?」

「うん。彼氏いるし」


 確かに、相模の取り巻きが全員相模に好意を寄せているなんて考えすぎか。そもそも相模は誰の告白も受け入れないのだ。常に傍にいる人たちが、それを知らないはずもない。

 須藤さんは私よりも相模を知っているはず。だからこそ、続く言葉は意外なものだった。


「でも、相模は本気なんじゃないかな」

「え」

「色んな人に彼女ができたんだって嬉しそうに話してるし。あとあいつ、とりあえず笑っておけばいいやって感じの奴じゃん? なんかへらへらしてて信用できないっていうか」


 散々な言い様だが、悲しいほどに同意できてしまう。取り巻きからも胡散臭いと思われる相模って……。


「でも金森さんと話してるときは楽しそう」


 頬杖をついた須藤さんが、私を上目遣いに見上げる。


「だからできれば仲良くしてやってよ。クズだけどさ、結構いい奴だから」


 ……須藤さんのこと、誤解していたかもしれない。彼女だけじゃなくて、相模を取り巻く色んな人や、今まで関わりを持とうとしてこなかったクラスメイトたち。イメージだけで人物像を作り上げて、勝手に苦手意識を抱いていた。

 噂だけで人を判断するなと、相模に叱られたばかりなのに。


「……うん」

「ん、よろしく」


 と、須藤さんがまるで保護者のように微笑むので、おかしくて笑ってしまった。


「なに笑ってんの、きもいよ」

「ごめ、須藤さんていい人ね」

「はあ?」


 意味わかんない、と顔を伏せた須藤さんの頬が、ほんのり赤く染まっていた。

 私、この人のこと結構好きかもしれない。

 そう思ったらつい口が軽くなってしまった。


「でもさ、相模は私なんかのどこがいいのかしら」

「それな」

「それなって……かるっ」

「だってあたし金森さんのいい所も悪い所も何も知らないもん」


 須藤さんがさらりと言い放った。

 それもそうか。私だって須藤さんのことも相模のことも、知らないことばかりだ。


「相手のどこが好きかなんて人によるんだし、結局本人に聞いてみるしかないんじゃない?」

「……じゃあ須藤さんは彼氏さんのどこが好きなの」


 控えめに問うと彼女は恥ずかしげに目を伏せて、ぽしょりと


「……脚が速いとこ」

「そんな理由!? 小学生の動機じゃん!」

「うっさい! いいじゃん脚速いのかっこいいじゃん!」


 大した理由がなくても人を好きになってもいいんだよ、と付け加えた。

 ならきっと、相模が私に興味を抱いたきっかけだって、私には思い当たらないような些細なことなのかもしれない。

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