第2話

う...ぐらぐらする...。

「大丈夫?目眩酷い?」

横から誰かが話しかけている、この声は...?

急に頭が回り始める。僕は扉を通って、

「あ、宮野さんここ...?」

「今回の仕事場所、無事着いたみたいだね」

そう言われて改めて辺りを見回す。少し薄暗くて分かりづらいが、路地裏の多い下町のような場所だ。ただそれよりも気になるのは

「猫、多くないですか?」

「...うん、多いね。」

四方八方どこにでも野良猫がいる。路地の奥や屋根の上、堂々と道路に寝転んでいる猫までいる。

「...この中から事故に巻き込まれちゃう一匹を探し出すんですか?本気で言ってます??」

「うーん、これは俺も予想外...かな。とりあえず仕事内容を確認してみよう。」

そう言って宮野さんはスマホ?を取り出す。僕はもらった覚えがない。

「そっか、今回が初仕事だからまだ持ってないよね。はい、見た目はスマホだけど仕事内容の確認とかしか出来ないんだよね。ネットくらい見れたらいいのに。」

渡されたスマホを見てみる。本当に仕事内容の確認、電話やメールなど基本的なことしか出来ないみたいだ。

「じゃあ今度こそ内容の確認をしよう。事故が起こるのは11月5日5時9分。今から大体30分後くらいだね、目の前の交差点で車の事故が起こる。事故が起きた理由はハンドル操作の誤り。本来なら壁にぶつかっただけで済んだけどこの世界ではなぜか猫が巻き込まれている。巻き込まれた猫についての情報は白猫としか書いてないね。」

「なるほど、猫が巻き込まれるのを、30分でなんとかしなきゃいけないんですね。...今回の仕事とは関係ないんですけど一つ質問してもいいですか?」

宮野さんは笑顔でいいよと答える。

「仕事内容ってここに来る前より情報増えてますよね?なんでなんですか?」

「あぁ俺もそんなに詳しくはないんだけど、前にものすごい大事件が起きてから仕事場所に着くまでは詳細な内容を秘匿することになったみたい。俺が新人の頃にはすでに秘匿だったから、実際の所はよく分からないんだけどね。」

他に質問は?と聞かれ無いと答える。

「さて今回の仕事の解決方法を考えようか。助けるべき猫がどの子かも分かってないけどどうする?」

「えっと...とりあえずこのあたりにいる猫を餌で安全なところに誘き寄せるとか?」

「今はそれくらいしか出来ないよね、どうやって餌を手に入れようか。」

そう言って宮野さんは考え始めた。つい買いに行けばいいんじゃないですか?と言うと宮野さんが困ったような顔をした。僕変なこと言ったかな...。

「あー言ってなかったか、実は俺たちの姿って大半の人には見えないんだ。」

「ええ!?なんでですか?」

「そういうものとしか言えないな。俺も理由は知らないし。人によっては見えたりもするんだけど、基本見えないよ。そもそも俺たちお金持ってないから買うことも出来ないしね。」

宮野さんがサラッと重大発言をする。自分の姿すら見えないとは思っていなかった。

これは万事休すとしか言えない、猫を助けることが今の僕にはこんなに難しいなんて。周りの猫たちは僕の心配なんて知らないように自由気ままに過ごしている。実際知らないし、見えもしてないんだろうけど。

はあーとため息をついてしまう。現在時刻4時50分、時間だけが過ぎていく。

...いや、とりあえず何か動こう、このままじゃ本当に何も出来ずに終わってしまう。

自分の頬を軽く叩いて気合いを入れる。よし!頑張ろう...って

「あれ?猫がみんな同じ方向に歩いてく...?」

突然猫たちが交差点とは反対方向に歩いていく。宮野さんと顔を見合わせるも、状況が分からないのはお互い様のようだ。

「宮野さんこの先って何があります?」

「広い公園だけだね、特に変なことはないと思うけどとりあえず行ってみようか?」



宮野さんと一緒に猫を追いかけると5分も経たずに公園へと着く。

猫たちが向かっていたのは公園の入り口、遊具もない広場のような場所だった。唯一真ん中に聳え立っている大きな樹だけが特徴的だった。

「なんで猫たちはここに?」

「...樹の下よく見て。多分あれが理由じゃないかな?」

宮野さんに言われて目を凝らしてみる。あれは...

「たくさんの猫と人?」

「もしかして斉藤君って視力悪い?今度眼鏡用意しとく?

...じゃなくて見えてないなら説明するよ、あそこにいる女性が猫に餌をあげているんだ。今までここら辺にいるのは野良猫だと思ってたけど、もしかしたら地域猫ってやつだったんじゃないかな?」

「地域猫って地域全体でお世話をしてる猫のことですよね?」

「俺もそんなに詳しくないけど、それで合ってると思う。多分5時あたりに地域の人が餌をくれるのを猫たちは分かってて集まってるんじゃないかな。」

なるほど、毎日のことなら猫たちが分かってるのも当然だ。

「でもそれならなんで事故になってるんでしょう?時間帯的に大半の猫は公園内にいそうですけど...。」

「うーん、体調悪い猫が運悪く事故に巻き込まれたとか?...詳しくないからどうして事故になったかよく分からないな。猫なら車がきてもサッと避けそうなイメージなんだけど。」

「考えるだけじゃやっぱりどうにもなりませんね。...もう1回交差点に戻ってみませんか。」

宮野さんはそうするしかないよな。といって踵を返す。それに追いつこうと僕も駆け出す。

「あの!!」

突然後ろから声をかけられる。振り向くと樹の下にいた女性がこちらに声をかけてきたようだ。え、僕に?

「はい、そうです。いきなりお声がけしてすみません。もし時間が空いているのであれば少し手伝っていただけませんか?」

驚きすぎて声に出ていたようだ。宮野さんも気づいたようでこちらに近づいてくる。

「宮野さん、大半の人は僕たちに気づかないはずですよね?」

「...この女性が大半に含まれない人物だったんだろう。」

小声で会話しながら女性の元へ向かう。

「突然すみません。私、遠藤歌織と言います。先程からお二方猫ちゃんのこと気にしてくれてましたよね。」

いまいち状況が飲み込めず生返事をしてしまう。

「初対面の人にこんなこと頼むの本当に失礼だって分かっているんですけど、あっちの交差点の方に猫ちゃんが残っていないか探してきてもらえませんか?」

そうして彼女は僕たちが来た方の交差点を指差す。

「いつもは私の友達が手伝ってくれているんですけど、急に予定が入って来れなくなっちゃって...。」

本当にすみません、でもお願いします。と彼女は頭を下げる。

宮野さんと顔を見合わせる。こちらにとっても、仕事の解決に近づくまたとない機会だ。

「はい、俺たちでよければ手伝います。けれどその前にどういう所に猫がいるか教えてくれませんか。」

宮野さんがそういうと彼女はたちまち笑顔になって僕たちに教えてくれた。

「みなさん何となくイメージはつくと思いますが、路地の隅だったり植え込みの近く、屋根とか木の上にいることが多いです。それと使えるかもしれないのでキャットフードも少し持っていってください。...最後にあそこにいる猫ちゃんも連れて行ってあげて下さい。」

彼女はそう言って公園から今にも飛び出しそうな白猫を指さす。

「あの白い猫ちゃん割と昔からいる子で、他の猫ちゃんたちのまとめ役みたいになってる落ち着いてる子なんですけど...。」

そう言われてもう一度白猫を見るも、いつもは落ち着いてるとは思えないほど騒がしい。

「あの猫ちゃんが騒がしい時っていつも残されている猫ちゃんがいる時なんです。本当は私が行きたいんですけど、ここを離れるわけにもいかなくって。」

ここまでいうと彼女は白猫の元に行く。

「残っている子がいないかはこの子が分かってくれてると思います。本当に申し訳ありませんがよろしくお願いします。」



白猫と宮野さんと僕で交差点に戻ってきた。現在時刻5時3分。事故まではあと数分だ。

騒がしかった白猫は交差点に着く頃には随分と落ち着いていた。

僕と宮野さんは辺りを見回す。ここについた時とは違いあたりに猫は見当たらず、静まりかえっていた。

「ここに猫が残っているんですかね?」

「...多分。彼女もこの猫も本当に心配してる感じだったしどこかにはいる、と思う。」

宮野さんと手分けして探し始めるもなかなか見つからない。

本当に猫が残っているのか...と疑い始めた頃、急に白猫が鳴き始める。

「にゃーん。」

僕の服の裾を引っ張って路地裏に入っていく。宮野さんも気づいたようでついてきてくれてる。

「にゃぁーにゃーん。」

路地の真ん中あたりで白猫は急に止まった。二人で辺りを見回す。

「宮野さん、猫いました?」

「いや、いない。......あっ!」

宮野さんは突然驚いたような声をあげて、上を指さした。

それにつられ、僕も上を見上げる。よく見ると屋根の上に白い塊.......いや

「猫ですね、あんな所にいたんだ。」

「あぁしかも白い毛の猫だ。事故に巻き込まれるのはきっとあの猫だな。」

あの猫は屋根から降りれないようで一人震えている。辺りを見ても踏み台はなさそうだ。

「あの高さ僕らも届きませんよね、どうやって助けましょう?」

僕が使えるものを探しにいくのもいいが事故の時間が近い。何もないとは思うがこの場にいる人数を減らしたくない。目配せすると宮野さんも同じ考えのようだった。

「よし、じゃあ俺が肩車するから斉藤君、猫助けてあげてくれない?」

「え、僕が上ですか?宮野さん上の方がいいんじゃ...?」

そう言ったが大丈夫と押し切られて僕が上になる。

「斉藤君、大丈夫?猫に届きそう?」

「はい、猫には届きそうです。けど...」

見知らぬ人間だからだろう。猫は警戒してなかなかこちらに来ない。どうすれば...

「もしかしたら使えるかもしれません。」

そうだ!遠藤さんから猫のご飯をもらってたんだった。お腹を空かせてるだろうしこれならこっちに来てくれる...はず。

「大丈夫だよ、こっちおいで...。」

キャットフードを少し持った手を差し出す。目の前の猫はいまだに警戒している。けれど先程よりは少し落ち着いているように感じる。そのまま手を伸ばしてしまいたくなるが、じっと我慢する。ここで焦ったらきっとこの猫は逃げてしまうだろう。...こういう時、時間の進みが遅く感じるのって本当だったんだな。

しばらく待ち続けると警戒を緩めたようでキャットフードを食べ始める。これ幸いと僕は猫を抱き抱え宮野さんから降りる。抱き抱えた猫をきちんと見るが、目立った怪我はなさそうだった。

「無事助けられたみたいだね、お疲れ様。」

「こちらこそ肩車してくれてありがとうございました。」

「にゃーん。」

ついてきてくれた白猫も感謝を伝えるように鳴いている。

「宮野さん、これで仕事は完了ですか?」

「ちょっと待って。...うん、メールが届いてる。無事初仕事終了だよ、改めてお疲れ様。」

...終わった。最初はどうなるかと思っていたがなんとかなったようだ。

「良かったです。あとは、この猫たちを送り届けて終了ですか?」

「いや、ここで終了。現実に必要以上に干渉しちゃ駄目だからね。帰りはこの猫たち自身で頑張ってもらうしかない。」

そうか、やっと仲良くなれた気がしたのに。けれど駄目なものは仕方ない。

しゃがんで猫たちと目線を合わせる。

「もう僕は助けられないから気をつけて。遠藤さんによろしくね。」

そういうと、任せろとでも言うように一度大きく鳴き、猫たちは公園へ歩いて行った。



猫たちを見送ってから僕たちも扉の前に戻る。

宮野さんが操作をしつつ僕に話しかける。

「今回の初仕事どうだった?」

「えっと、大変だったけど猫を無事助けられて良かったです。それに心なしか仲良くなれたような気もしてます。」

そういうと宮野さんは良かったと笑って操作を終える。扉が自動で開いていく。中が真っ暗闇なのは最初とは変わっていない。宮野さんが僕を先に促す。

僕は最初とは違い、躊躇せず一歩を踏み込んだ。



目を開けると、会議室に戻っていた。

「おかえり、目眩は大丈夫?」

「はい、少しぐらぐらしますが大丈夫です。」

そっかと宮野さんは笑う。

「今日は疲れただろうしもう解散したいところなんだけど、一つだけ質問。自分のこと、何か思い出せた?」

そう問われて考える。そういえば

「家族のことを更に思い出せました。特に妹のことを。」

僕の家族は自他ともに認めるほどの仲良しな家族だった。その中でも妹は愛され気質で僕も両親もとても可愛がっていたのだ。猫とピアノが大好きな自慢の妹。

「そっか、良かったね。この先仕事をしていったら他のことも思い出せる。また仕事がきたら知らせるからそれまではゆっくり休んでて。おやすみ。」



おやすみなさいと返して自分の部屋に戻る。数時間ぶりに見る殺風景な部屋だ。

部屋に戻るまで気づかなかったが今は着替える気力さえ湧かない。何もすることなく僕はベットに寝転ぶ。...どうしてこうなったんだか。その答えは仕事をしていく内にきっとわかるんだろう。頭を動かすことさえ面倒になった僕はそのままゆっくりと目を閉じた。






〜side歌織〜

「...あ!猫ちゃん帰ってきた」

交差点の方から白い猫二匹がこちらに向かってくる。あの男性たちは私のお願いをきちんと叶えてくれたようだった。

「あれ?一緒に行った男性たちは?」

しゃがんで聞いてみても首を振るだけ。

「用事ができちゃったのかな、まだきちんとお礼も言えてないのに...。

っとスマホが鳴ってる、誰かから電話かな?」

画面を見ると私の友人_未咲希の名前が表示されていた。

『もしもし歌織ちゃん?今日は行けなくてごめんね。』

「ううん、大丈夫だよ。今日は通りかかった人が親切で手伝ってくれたから。未咲希の方が今大変でしょ?」

『そうなんだ、良かった。私もなるべく早く行けるようにするから。』

「未咲希、無理だけはしないでね。また明日。」

『うん、ありがとう。歌織ちゃんまた明日ね。』

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過去の剪定者 楓原凪 @Sakamiya0401

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