過去の剪定者

楓原凪

第1話

ふと僕は目を覚ました。

目の前には薄汚れた天井と眩しいくらいの光。突然の明るい光に思わず目を閉じる。

見覚えのない場所だった、何度考え直しても思い当たる節はない。...この場所どころか自分のことさえもよく思い出せないのだが。何も分からない状況に気分が落ち込んでいく。けれど迷っているだけじゃ何も変わらない、思い出せなくとも自分ならきっとそう言う...はず。心の中で覚悟を決め一度深呼吸、そして僕は目を開けた。





目を開けた僕は部屋を見渡した。僕がいたのは薄汚れた白に覆われた小さな部屋。ベットに机、椅子などの必要最低限の物しかない。そしてこの部屋の唯一の出口と思われる扉の前には、知らない人が立っていた。

黒髪にスーツの背の高い青年。思わずじっと見つめてしまうとその青年と目が合う。

「君起きた?ちゃんと聞こえてる?」

「は、はい。あのここは...?」

思わず食い気味に聞いてしまう。けれど青年はそれを分かっていたかのようにニンマリと笑い、僕を宥める。

「聞きたいことは山ほどあるだろうけど、一度身支度整えて。部屋から出たら説明するから。仕事のこともね。」

青年はそう言い放ち部屋を後にする。急な展開についていけず、立ち尽くしてしまう。それを見越した様に「はやくね!」と言う声が部屋の外から聞こえてきた。



急いで支度を整え部屋から出る。部屋の外には大きな部屋があり、真ん中あたりの椅子にさっきの青年が座っていた。

「よし、やっと来たね。まずはここについての説明をしよう。

まずここに関してのことだけど...正直俺もいまだに分からん!」

「ええ...?分かんないってどう言うことですか!?」

「君より先輩でも所詮下っ端だからね、施設とか仕事のことくらいしか分からないよ。それよりもまずは俺の紹介だ。俺は宮野響。これからしばらくの間、君の仕事の先輩を勤めさせてもらう。よろしく。」

そう言って宮野さんは笑った。なんとなく悪い人ではない気がする。

「ところで君の名前は?そろそろ名前くらいは思い出せると思うけど。」

そう言われてハッと気づく。ここに来る前のことはまだ思い出せないけど、名前や家族、友達のことが思い出せる!さっきまで全く分からなかったのに。

「斉藤冬樹です。えっとよろしくお願いします?」

「うん、いい名前だね。じゃあまず施設について紹介する、今いるのが会議室。仕事前は大体ここで確認してからあっちの扉を使って仕事に行くよ。」

そう言って宮野さんは奥にある豪奢な扉を指差す。僕がいた小部屋とは真反対にあった。

「君がさっきまでいた小部屋は君のものとして使っていいよ。右隣は俺が使っているから、なんかあったら来て。他にも人はいるけど最初の頃以外は誰とも関わることないから、そんなに気にしなくてもいいと思うよ。」

施設の紹介を受けあたりを見回す。僕たち以外の他にも人がいるとは思えないほど静まり返っていた。ここはどれだけ広いんだろう?

「施設のことは分かった?うん、大丈夫みたいだね。次は仕事についての説明なんだけど...」

宮野さんが唐突に言葉を詰まらせる。少し困ったようななんと言えない顔をしている。

「えっと、現代生まれだから聞いたことはあると思うけど、並行世界とかって知ってる?木で例えるけど、この世界の前提部分が大きな幹で、そこから伸びている沢山の枝が幹とはちょっと違う歴史を歩んだ世界っていうやつ。」

なんとなく、そういう小説を読んだりした記憶はある。

「あ、そういう系の本とか読んだことある?なら良かった、俺全く知らなかったから全然上手く説明出来なくて。」

そう言って宮野さんはまた笑う。さっきの困った顔はきっと説明が不安だったんだろう。

「話を戻すけど並行世界は元の世界と離れすぎると剪定されてしまう。俺たちの仕事はこの世界が剪定されないように、小さな誤差を無くすことなんだ。」

分かった?と聞かれる。

「...話はよく分かりました、分かったけどそれって僕がしなくちゃいけないことですか?結局なんでここに連れてこられたか分からないし、もう家に帰らなきゃ。」

思わず大声になってしまう。よく分からないところに連れられていきなり仕事をしろなんて言われたって、はい分かりました。と僕は言えない。怒りやら不安やらが爆発して泣きそうになってくる。

「...君には悪いけどここにいる時点で、もう家には帰れない。理由がなきゃここには来れないから。この仕事をずっと続けるかは君が決めることだけど、一人前になるまでの期間は働いてくれ。仕事をやっているうちにこれまでのことも思い出せるはずだから。」

頼む。と言って宮野さんは頭を下げる。なんか、やるせなかった。きっと僕も宮野さんもどっちも悪くないんだろうということが分かった。...そして今の僕がやるべきことはきっと仕事をすることなんだろう。



「じゃあこれからの仕事について話していくよ。割り切れないとは思うけど、切り替えていこう。...まずはこの先俺と一緒に何件かの仕事をしてもらう。ものすごい重要って仕事ではないからそんなに緊張しないで。仕事内容は毎回違うだろうけどやってるうちに、ここにくる前のことも思い出せるから。何件か仕事して特に問題がなかったらこの仕事を続けるか聞く。その時にどうするか君が決めて。」

ここまで話して大丈夫?と聞かれ、はいと答える。宮野さんが安心したように笑い続ける。

「今回の仕事は猫を助けること。とある場所で車が事故を起こしてしまう。幸いなことに巻き込まれたものはいなかった。はずなのだが、この世界ではなぜか猫が巻き込まれ亡くなってしまった。これを解決するのが今回の仕事だ。」

「仕事内容は分かりました。けれど猫を助けるってどうすれば...?」

「それは実際に行ってみないと分からない。けどなるようになるから。」

そう言って宮野さんはまた笑う。本当にノープランな感じだが、なんとかできるのだろうか?...いや、なんとかするしかない。巻き込まれてしまった猫のためにも。

自分の頬を軽く叩いて、気合いを入れる。宮野さんも居るしきっと大丈夫、だいじょうぶ。

「覚悟決まった?よし、初仕事頑張ろう。分からないことはその都度教えてくから。」

宮野さんは奥の豪奢な扉に向かい、何らかの操作を行う。

すると扉が自動で開いていく。その先は真っ暗でよく見えない。

「この扉を通った先は仕事場所の近くにつながっている。最初は目眩とかあるだろうけど、頑張って耐えてね。」

そこまで言って僕を先に促す。けれど真っ暗な闇が怖くて、思わず後ずさる。後ろを見ても宮野さんは笑って立っているだけ。...もう行くしかない!勢いに任せ僕はついに一歩を踏み出した。

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