第108話 発展

 次の日、トアンとライアンは隠れ家に帰ってきた。彼らの傷はもう綺麗に再生していた。


「ただいま~!」


 やけに機嫌のいい声で言ったトアンを、ミラベッラが迎えた。


「おかえり」


 そっけなく言った彼女だったが、トアンは気にせず、そのまま彼女の頬に口づけた。


「おはよう、マイディア」


 トアンはそのまま居間に行ったが、一連の流れを見た他の班員(ライアンも含め)は仰天して、その場で固まってしまった。一方、ミラは顔を真っ赤にしてぶつぶつ怒った。


「ね、ちょ、こんないきなりはさすがにないでしょ?! ほらみんな困惑してるって!」


「大丈夫、すぐ慣れるさ」


「ふざけてんの?!」


 ミラベッラは小言を続けた。恥ずかしさからくる反動であった。


「なーんかあったんだな」


 ルーカスは口笛を吹いた。


「まあ、めでたいことじゃない!」


 ライラは目を輝かせて言った。ローザはライアンのところへ行き、腕が大丈夫か尋ねていた。いつもの朝だった。


「やっと平和になったねー」


 ソファで周りを見ながら、キャサリンは微笑んだ。


「そうだな、俺たちもそろそろ三班へ帰るときが来たんじゃないか?」


「ね! 早く日向さんたちに会いたい!」


「キャサリン!」


 そこで少女はミラベッラに呼ばれた。彼女の声のトーンが真面目だったので、自分がなにかをやらかしたのではないかと焦りながら、キャサリンはすぐ彼女のもとへ行った。

 だが、相手は声と違って優しい表情をしていた。


「今日、体を借りれるか?」


「……は?」


 言われた言葉に、キャサリンは戸惑った。


「今日暇だろう。おいで」


 キャサリンはミラベッラの部屋に連れられた。部屋にはたくさんの服を作るための道具があり、壁には有名ファッションのだと思われる服の写真が飾ってあった。


「ここに立ちな。まっすぐだよ」


 ミラベッラはメジャーで、素早く少女のあちこちを測った。


「んー、茶髪にも金髪にも似合う色がいいな」


 ぶつぶつ言いながら、ミラベッラは作業を始めた。





「……遅くないか?」


 夕方になっても出てこないキャサリンとミラベッラを、翔は心配した。そんな彼に、ライアンは肩をすくめた。


「諦めな。お前知ってるだろ。ミラはファッションに命を懸けているんだ。一度始めたら完成させるまで終わらない。フロスト社はパーカーとジーンズしか提供しないし」


 ライアン自身も今は鉛筆を持って、スケッチブックに絵を描いていた。幼い頃から彼の画力が素晴らしかったことを、翔は思い出した。確かライアンの母親が画家を目指していたのではなかったか。


「……ゲームでもやろっかな」


 翔が呟くと、ライアンが顔を上げた。


「いいじゃん。一階のこっから見える二番目の部屋がパソコン室だよ」


「どうも」


 彼が立ち上がってその部屋に向かおうとしたとき、突然二階からミラベッラがキャサリンを連れて、バタバタと降りてきた。


「できたぞ、翔! どうだ!」


 ミラベッラは興奮で目をギラギラさせながら、キャサリンを困惑していた少年の目の前に立たせた。

 彼女は濃い青のドレスを着ていた。ミラベッラの手作りであった。丈は膝が隠れるくらいで、裾部分はふわりと膨らんでいた。胸の部分には銀の糸で、綺麗な雪の結晶を模した刺繍があった。袖がないので、キャサリンの白い綺麗な腕が露わとなっていた。

 キャサリン自身の顔は真っ赤で、まともに翔を見れないでいた。


 一方、少年はかたまっていた。瞬きもできないでいたので、ライアンが小突いて「なんか言えよ」と我に返らせた。

 翔はライアンのほうを見てから、もう一度正面を向いた。そのとき翔はとても珍しい表情をした。頬が赤くなり、恥ずかしそうに目を背けたのである。


「と……とても似合っていると……思う……」


 キャサリンはその言葉よりも表情に驚いてしまい、目を見開いた。セレドニオがどっからともなく来て翔をからかったが、キレられて耳を引っ張られてしまった。


「あら、とても綺麗じゃない!」


 ローザは称賛し、キャサリンの髪に白薔薇を挿した。

 ガブリエラが、古いが優雅でゆっくりとした曲調のダンスミュージックを掛けた。するとトアンがミラベッラをダンスに誘い、彼女はそれに応えた。

 ルーカスは黙々とスケッチし続けていたライアンからノートを奪い、ローザのところまで押した。ローザは不思議そうな顔で見つめ、ルーカスの意図を察した金髪の少年はどぎまぎして顔を紅に染めた。だが、彼は勇気を出した。


「い、一緒に踊らない……?」


 ローザは一瞬驚いたが、微笑んで快く承諾した。

 それを見たキャサリンと翔は顔を見合わせ、また真っ赤になりながら顔をそむけた。だがライアンに負けてはいられないと思った翔は、手を少女に向かって差し出した。


「あの……」


 翔は言葉を紡ごうとしたが、うまくいかなかった。キャサリンはただ笑い、その手を取った。

 二人はゆっくりと踊った。そして同じ感情を感じた。「楽しい」


 踊らない人たちははやし立てたり、歌ったりした。ロサンゼルスは平和になったのだ。




「そういえば、逃亡した雷の技を使っている子って大丈夫なの?」


 次の日、帰る準備をしていたキャサリンはトアンに尋ねた。


「ああ、また暴れても俺たちだけで始末できるよ。もう仲間はほとんど片づけたし」


 彼はそう言ったが、キャサリンには不安の気持ちがあった。彼女は風月ヴァントーズ本体よりも、狡猾でずる賢いように見えた。だが二班なら大丈夫だろう。


 昼過ぎにマダーがやってきて、翔とキャサリンは二班に別れを告げた。楽しい明るい班であった。








「できた」


 廃墟で、一人の少女がバイクを作る作業を終えた。彼女は黒髪の短い髪に、眼鏡を掛けていた。能力は炎だが、得意技は電気系のものだ。

 キャサリンが襲ってきたときから、勝てる可能性は低いのではないかと少女は推測していた。自分のボスは女たらしで、頭がいいとは言えなかった。だから彼女は闇の能力を持った仲間が罠を壊してくれた後、さっさとずらかったのだ。

 そして風月ヴァントーズが殺され、彼女の予想は当たったこととなった。

 とはいえ、もう仲間はいない。特攻することくらいしか、できることはないだろう。


 ならば_____


 安保隊への復讐だ。本部だ。直接本部を襲撃するのが一番いい。風月ヴァントーズのちょっとした攻撃でさえ、あんな被害を出したのだ。自分もなにかできるだろう。向かう先は決まった。ニューヨークだ。


 少女は手作りのバイクのエンジンをかけた。




 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


 第二部一章はここで終わりになります! 約25話という長い章になってしまいましたが、ここまで付き合ってくださりありがとうございます!

 次からはニューヨークに舞台が戻ります!


 ここで宣伝のようなものとなってしまいますが、皆様はFariesに外伝があることをご存じでしょうか?


 題名は「手のひらで踊る」です! 全12話という短いものです。

舞台は2010年のスイスで、キャサリンがペストとなる13年前の話となります。

 本編からの登場人物は全くでてきませんが、のちのちこの外伝からの人物が本編に登場する形になります。

このタイミングで読むのが一番いいと思うので、書かせていただきました! 「神の僕」についてのヒントもありますので、ぜひご覧ください!


第一話

 https://kakuyomu.jp/works/16817330663715262629/episodes/16817330663715321814










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