メーキャップ
王生らてぃ
本文
「はーい。できたよー」
「すごーいめっちゃキレー!」
「アナタにはね〜そういうフレッシュな感じの色が似合うと思ったんだぁ。アレンジするなら、反対色の青系のスパンコールとか使うといいかもよぉ」
「ありがと〜!」
千代はいつも、クラスのみんなの人気者だ。いや、クラスのみんなだけじゃなくて、他のクラスとか、他の学年からも、千代を目当てに色んな人がやってくる。
とにかく千代はファッションのセンスがいい。
髪型ひとつから、ネイルやお化粧まで、校則違反ギリギリのラインを熟知していて、みんなに最適なメイクアップを施し、アドバイスを振りまく。「有志」の女子の手によって整理券が配られることもあり、その人気は留まるところを知らない。
美人だけど男っ気がないことで有名だった古文の真田先生が最近結婚したのも、千代がメイクを伝授してオシャレに目覚めさせたから、というのが定説になりつつある。
「…………、」
当然、好きな人がたくさんの女子に囲まれていて、チヤホヤされているのを見て、いい気分なわけがない。
「わたしにも……してよ、メイクとか」
「やだ」
何度頼んでも、千代は一言で切り捨てる。
「なんで? わたしが……かわいくないから?」
「逆。かわいいから、ヘンにいじったりしたくないの」
「なにそれ……」
鏡を何度見ても、自分がかわいいなんて思えない。
顔色は良くないし、目も大きくないし、爪の形も不揃いだし、どんな髪型も似合わない。
「千代はわたしのことなんて嫌いなんでしょ。他のキレイな子にチヤホヤされて、嬉しいんでしょ。わざわざ、毎日、昼休みのたびに、わたしの目の前で、見せつけるみたいにさ。惨めな気持ちになるのよ……!」
「そんなつもりじゃないよ、何言ってるの」
「じゃあわたしのこともきれいにしてよ!」
放課後、わたしは千代の家に誘われた。
千代の家に来るのは初めてじゃないけど、その日はなんだかドキドキした。うれしかった。わたしのために千代が時間を使ってくれるのが幸せだった。
千代の部屋は、壁紙もカーテンも、じゅうたんも、そんなに凝ったものはないけど、棚いっぱいに並べられたメイク道具が目を引く。専門のお店に来たみたいだ。
小さなテーブルの前で座って待っていると、千代がティーセットを手に戻ってきて、わたしのすぐ隣に座った。
お茶を飲むのもそこそこに、急に肩をぐいっと引き寄せて、わたしの髪の毛に顔を押し付けて息を荒くする。
「はー、いい匂い……。ね、シャンプー何使ってるの?」
「別に、普通の……安いやつだよ」
「それでこんなにいい匂いしないよ、ふつう」
それから手を取って、指をひとつひとつじっくり眺めた。
「細いし、爪の形も……色もキレイ。それに唇も、キレイな色。まつげも……」
「ウソだよ」
「ウソじゃない、ほんとに……」
「ウソ!」
わたしは千代を両手で突き飛ばしていた。
テーブルがガタンと揺れ、飲みかけのお茶がこぼれてじゅうたんにしみこんでいく。
「そうやっておだててもダメ、わたしなんかがかわいいわけないんだから、こんな……髪の毛だってちゃんと整えてないのに」
「ちゃんと整えなくても、そんなにキレイなんだから、それはすごいことなんだよ!」
「やめてよ」
「ねえ、何度も言ってるじゃない。なんで分かってくれないの……?」
「キレイにしてよ」
「ねえ……」
「わたしのことも、キレイにしてよ! みんなみたいに、千代が……メイクアップしてよ! ネイル塗って、カラコンつけて、お化粧させてよ!」
数日経って、わたしは、クラスの人から喋りかけられることが多くなった。
「小原さん、めっちゃキレ〜!」
「雰囲気変わった?」
「ねえ、そのネイルの色、めっちゃかわいい! どこのやつ使ってるの?」
この間は、知らない男子の先輩に告白されたりもした。驚いたので振ってしまったけど、悪い気はしなかった。
それまでクラスの中でも一番目立たない存在だったわたしも、ようやくみんなの輪の中に溶け込めた気がする。
「ありがとう、千代。わたしのこと、こんなにかわいくしてくれて……」
「話しかけないで。アンタの顔なんか見たくない」
千代はそっぽを向いたまま、聞いたこともないくらい冷たい声で切り捨てた。
「千代、わたし本当にうれしい。千代と一緒にいても、恥ずかしくないくらい、キレイな女の子になれたかな……?」
「アンタなんか大嫌い。もう知らないから」
千代は立ち上がって教室を出て行った。
「なに、あれ。最近千代のやつ、感じ悪くない?」
「小原さん、気にすることないよ! 一緒にお昼食べよ?」
「てか、下の名前で呼んでいい?」
わたしは千代のことしか見てないのに、なんで、アナタはわたしのことを見てくれないんだろう。
つきまとってくるクラスメイトが鬱陶しい。
こんな煩わしい思いをするために、キレイになったわけじゃないのに……
メーキャップ 王生らてぃ @lathi_ikurumi
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