第八章……ベストパートナーは最強(元)騎士様

第35話 兄たちとの再会



 青く澄んだ空を駆ける一つの影、それは翼をはためかせながら山から降りてきた。鳥たちは影を避け、逃げるように飛んでいく。


 竜の眼で地上を見晴らして、その小柄な身体を翻した。


          *


「ワイバーンが降りてきていると?」



 ヴァンジールは一人のギルドメンバーから話を聞く。彼は山から一頭のワイバーンが降りてきているという情報が入ったのだと言った。


 目撃したのは木こりをしている老夫婦だった。空を駆ける小柄な竜のような魔物が飛んでいくのを見たと。



「他にも見たっていう情報が入っている」

「なるほど。ならば、ギルド側で解決するべきだろな」



 ヴァンジールはどうするかと思案する。ワイバーンは小型ではあるが竜種だ、ある程度の実力があるメンバーがいい。ロートランクか、その下のブラウランクか。



「あの男にも頼めるな」



 ヴァンジールは一人の男を思い出す、彼なら問題ないだろうと。そう思っていれば、ちょうど彼らがやってきた。


          *


 ギルドを訪れたツバキたちは来て早々にヴァンジールに呼び止められた。なんだろうかと受付の方へと近寄ると、彼は「ワイバーンは分かるか?」と問うた。


 ワイバーンは小型の竜種だ。前足が無く、毒針の生えた尾を持っており、知能は獣と変わらない。竜種であるけれど、ドラゴンのような強さは無く、むしろ弱い部類だ。


 だからと言って油断できる魔物ではないため、並の実力がなければ戦闘は任せられないだろう。イザークは「知っているがどうした」と返す。



「実は一頭のワイバーンが山から下りてきたらしい。人に被害が出る前に対処したいと思ってね。竜人よ、君に頼みたいのだが」


「俺たちはまだグリューンランクだが?」


「君たち、この前はマンティコアを倒しただろ。マンティコアはブラウランクが請け負うレベルの魔物だ。それに君たちだけというわけではない」



 ロートランクのメンバーも参加させるとヴァンジールは話す。ワイバーン一頭だけといって甘くは見ないのだと。


 イザークは悩ましげに眉を寄せる。他のメンバーがいるとはいえ、自分達のパーティーで対処できるのかを考えているようだ。



「俺とレオナルドは狩った経験があるが、二人はないだろう」

「そうね、ないわ」

「ワタシもないですねぇ」

「少々、不安がある」



 イザークの返事にヴァンジールは「ならば、サポートをお願いできるだろうか」と返す。


 ロートランクに前線を任せるが、ワイバーンを町に下りさせないように追い込む役をしてくれないか。この近くまで来てるのならば、町までやってくる可能性もあるとヴァンジールは話す。


 グリューンランクでもできることだと言われて、イザークはそれならばと三人を見遣る。ツバキも問題ないと思ったので、「構わないわ」と答える。



「助かる。ワイバーンの捜索をしているところだからしばらく待機してくれるだろうか?」


「分かった。宿舎の方に戻っているからいつでも呼んでくれ」



 イザークの返事に「ありがとう」とヴァンジールは礼を言って、ワイバーンの対応をするべく受付の奥へと戻っていった。


 ツバキたちは待機となったので、宿舎へと戻ることにして建物から出る。レイチェルは「大変ですわねぇ」と呟く。



「サポートとはいえ、ワイバーン相手ですものぉ」

「無理に前に出る必要はない。ロートランクのメンバーの邪魔になるだけだからな」

「気をつけていきましょうね」



 そう話していれば、ロウが立ち止まる。どうしたのだろうかとツバキは振り返って固まった。



「ツバキっ!」



 駆け寄ってくる人物、短い黒髪に体格の良い男にツバキは見覚えがあった。



「……ムサシ、さん」



 白いコート姿のムサシはツバキの手を握ると「探しましたよ!」と言った。やっと見つけたと喜ぶその様子に、イザークたちは何があったのだと困惑している。


 ツバキも困惑していた。どうして彼が自分を探しているのだろうか、貴方にはもう別の女がいるでしょうと。



「ムサシ。ツバキが驚いているでしょう」

「シロウ殿、申し訳ない」



 その声にツバキの肩は飛び跳ねた。恐る恐るムサシの後ろを見遣れば、見知った襟足の長い黒髪の男がいる。


 端正な顔立ちに映える紅玉のような瞳と目が合って、ツバキは震えた。



「シロウ、兄上様……」



 兄上、その言葉にイザークたちはシロウを見る。その視線に「どうも」と一礼して、シロウは黒いロングコートを靡かせながらツバキに近寄る。



「ツバキ、探しましたよ」

「ど、どうして……」

「それはムサシがどうしても貴女とまた婚約を結びたいと言うからですよ」



 シロウの言葉にツバキは目を瞬かせると、手を握っていたムサシを突き飛ばした。それに周囲は驚いてツバキを注視する。


 ツバキは震える肩を抱えながらムサシを睨みつけた。



「今更、何を言うの!」

「いや、おれは君一筋で……」

「カエデとの仲を私が知らないとでも思っているの!」



 私は知っている、貴方がカエデの元へと行ったことを。全て、そう全て知っているとツバキは吐く。それにムサシは慌てた様子を見せた。


 あれは違うのだ、何もない、してもいない。そう必死に弁解する様子にツバキはますます鋭い眼を向ける。



「ふざけるのも大概にしてくれるかしら? 裏切っておいて、何を言っているの? 私の顔だけでなく父上の顔にまで泥を塗っておいて!」


「クニヒサ殿は知らないし……」


「まぁ、父上は婚約を解消した後のことだと思っているでしょうからね」



 ムサシの呟きにシロウが言う。それを聞いてツバキは自分がいなくなった後はそんなことになっていたのかと知る。


 ますますムサシに嫌悪を抱いてツバキは怒りを露わにした。ムサシは助けを求めるようにシロウを見るが、彼はこうなるのを分かっていたように呆れている。



「ツバキが知らないわけないでしょう。家を出た理由もこれでしょうから」


「シロウ殿、説得を任されているでしょう!」

「私、もともと貴方の味方ではないので」



 シロウは言う、父上に頼まれはしたけれど協力をする気はないと。ついてきたのも妹が何をしているのか気になっただけだ。


 一応は父上からの伝言を伝えるけれどしっかりと説得をする気はない。シロウは「だって、貴方が招いたことでしょう」と言った。



「もともと、私は貴方とツバキの婚約をよくは思ってませんし。あぁ、ツバキ。父上から戻ってきなさいと伝言を預かってますよ」



 シロウたちが家を出る時にツバキの父は伝言を託した。


『何があったか、理由は問わないがひとまず戻ってきなさい』


 それを聞いてツバキは「戻ると思います?」とシロウに問う。彼は「戻らないと思いますよ」と即答した。帰る気などないのは兄であるシロウには分かっていたようだ。



「一応、名家の娘なのですから戻ってくるべきだと私は思いますけど」

「兄上だって自由に生きているじゃないですか」

「そうですね。私も貴方みたいなことをしてみたいですね」



 楽しそうじゃないですかとシロウはそう言って笑う。ここまでの道のりも楽しかったのだと彼は話す、イシュターヤは面白いですねと。


 そんな兄妹の会話にムサシが「おれを忘れないでください!」と割って入る。それに「あぁ、いましたね」とシロウは面倒げに視線を向けた。



「シロウ殿!」

「もう諦めてカエデさんにしておけばいいでしょう」

「いや、おれはツバキがいいんですよ!」

「私は嫌よ、ふざけないでくれる?」



 ツバキにまた睨まれてムサシは一歩、後ろに下がる。これは話が進まないなとシロウは溜息を吐いてから「ひとまず下がりましょう」と言った。



「ひとまず、下がります。また一度、落ち着いて話をしましょう」

「嫌よ」

「そう言わないでくださいよ、ツバキ」



 シロウは「私も困っているんですから」と眉を下げる。それでもツバキが睨むのをやめないので、彼はそれ以上は言わず。ムサシの首根を掴んで「では」とその場を去っていった。


 残されたツバキは二人の影が見えなくなってから、はーっと深く息を吐いてしゃがみ込んだ。肩を抱いて俯く彼女にロウが「大丈夫か」と声をかける。


 とてもじゃないが大丈夫とは言えない。何せ、今はツバキ一人ではないのだ。



「ツバキ、その……」



 最初に声をかけてきたのはイザークだった。顔を上げてみれば、心配そうに見つめる竜の瞳と目が合う。レオナルドやレイチェルも「大丈夫?」と心配している様子だ。


 あぁ、これは話さなきゃならないなとツバキは重い腰を上げて立ち上がった。



「今の人は……」

「シロウ兄上様とムサシさん」

「あのぉ〜婚約とかってぇ……」

「ムサシさんと私、元婚約者だから」



 その一言にイザークは目を見開き、レオナルドとレイチェルは顔を見合わせた。ロウは「これはもう駄目だな」と息を吐く。



「ツバキよ」

「分かっているわ」



 ツバキは「黙っていてごめんなさいね」と謝って、彼らに全てを話すことを決めた。



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