第22話 勝負にならない勝負をした結果
ギルドはいつものように賑わっていた。依頼書を手に相談しているメンバーや、依頼帰りで休息をとっている者たちでテーブル席は埋まっている。掲示板の方にも何人か立っていおり、どれにするかと選んでいる様子だ。
朝食をとってギルドを訪れたツバキはイザークに依頼の完遂を頼み、レイチェルと共に掲示板を覗きにいった。二人がくると、先に見ていたメンバーが依頼書を数枚剥がしてテーブル席の方へと戻っていく。
それでもまだまだ依頼は残っており、掲示板を埋めていた。レイチェルと「これとかどうかしら」と相談する。
「レオナルドさんまだヴァイスランクだけど、グリューンランク三人だしいけるかなって。それに彼、騎士団員だったから腕は立つでしょうし」
「そうですねぇ〜。これとかも良さげ〜。素材集めで面倒な魔物狩りですしぃ」
いくつかの依頼を確認しながら相談していると、「ツバキちゃん」と呼ばれる。その呼び方に覚えがあったツバキは眉を寄せながら振り返る。そこには笑顔を向けるアンセルムが立っていた。
この男は諦めが悪いなと思いながら、「何かしら」と分かってはいるけれど問う。アンセルムは「オレとデートしない?」と誘ってきた。
「お断りしたいのだけど?」
「そう言わずにさぁ。どうよ」
「また、イザークさんに威嚇されたいんですの、アナタ」
レイチェルに言われるアンセルムだが、「竜人なんて怖くないね!」と胸を張った。
「竜人ってだけで大した男じゃないだろ!」
「……ほう」
どんっと低い声が響く。イザークが腕を組んでアンセルムを睨んでいた。威圧がひしひしと伝わってくるというのにアンセルムは「やんのか!」と喧嘩腰だ。
それに慌ててディアラがやってくる、いい加減にしなさいよと。耳を摘まれながらも諦めないアンセルムに、なんと面倒なやつだろうかとツバキはげんなりとする。
「あんた、力じゃ敵わないんだからやめなさい!」
「うっせー、知識ならオレの方がぜってー上だね!」
「それなら私が問題を出題しようか」
そう言ったのはヴァンジールだった。言い争う声に気づいて仲裁にやってきたようだった。彼は「ここでの喧嘩はご法度なんでね」と言って。
「そこまで言うのならば私が問題を出そう。それに勝てば証明になるはずだ」
「おー! いいぜ、ツバキちゃんを好きにできる勝負をしようじゃねぇか!」
「待って、私は商品扱い?」
ツバキの突っ込みなど何のその、アンセルムはやる気だ。そんな様子に他のメンバーたちが面白そうに声を上げる、どんどんやれと。
イザークはイザークで引く気を見せないので、彼もやる気なのだろう。レオナルドは「アホか」と呆れたように額を押さえている。レイチェルは面白そうにしているし、ロウは「喰っていいか」と少々、お怒り気味だ。
そうこうしているうちにヴァンジールが問題を出す。
「先に二問正解した方が勝ちだ」
「おう!」
「では、一問目。ヴィーヴルとは何か」
その問いにアンセルムが「簡単じゃないか」と答える。
「ドラゴンだ、大型のな」
「特徴は?」
「はぁ、だから大きくて……」
「ヴィーヴルは蝙蝠の翼に宝石の瞳を持つ大型のドラゴンだ」
イザークがそう答えるとヴァンジールは「それで?」と問う。それに彼は「様々な伝承があるが、雌の個体しかいないと言われている」と答えた。
「ヴィーヴルは雌の個体しかいない故に、半人半竜の美女になり人間の男を惑わすとも言われている。あるいは、雌の個体同士で繁殖ができるとも」
表に出てくることはそうないが、住処を荒らされると怒り暴れ回る。退治するのであれば熟練の騎士などが集まって対応するべきだ。イザークの回答にヴァンジールは「その通りだ」と頷いた。
「ヴィーヴルはそう表に出てくることはない、住処を荒らしさえしなければな。竜種であるのはギルドメンバーなら誰もが知ってるだろう。私はそれが聞きたかったわけではない。知識というのならば、生態を答えるべきだ」
ヴァンジールの指摘にアンセルムはむっと口を尖らせる。そんな彼の様子にディアラははぁと溜息をつく。彼女には勝敗が見えているようで、「呆れるわ」と呟いていた。
一問目の勝負はイザークの勝利だった。続いて二問目に入る、ヴァンジールは「聖獣についての問いだ」と問題を出した。
「聖獣とは何か」
「聖獣はあれだろ、奇跡を起こす力があるっていう。希少で滅多に人前には出ず、人を見る。聖獣を殺せば奇跡の力は呪詛に変わり、相手を呪うってやつだ」
アンセルムの回答にヴァンジールはそうだなと頷く。けれど、彼の求める答えではなかったようだ。それ以外に何があるというのだと言いたげにアンセルムは眉を寄せる。
次にイザークが答えた、聖獣は奇跡を起こせるが条件があると。
「奇跡はそう簡単に起こせるものではない。彼らは自分達への信仰心を力に変えることができる。それがなくては奇跡を起こすことはできなし、起こしたとしても連発できるわけではない。見極めた人間にしか力を見せず、悪しき者には罰を下すとも言われている」
聖獣は一度、奇跡を起こすと二度目はそう簡単に起こせないと言われている。それは再び信仰心を集めなければならないからだ。それに奇跡といっても種類は様々で、聖獣の個体によるし、世界を救うほどの力はない。
信仰心があれば誰でもいいというわけでもなく、見極めた人間にしか力は見せないし、貸さない。国王であろうと誰であろうと、聖獣が認めた者以外は相手をしない。
悪しき者には罰を下し、その身を喰らうとも言い伝えられている。一部の地域では祀られており、それによって信仰の力を得ているとされていた。イザークの回答に「そうだな、そう言われている」とヴァンジールは返す。
「それ故に聖獣を連れているものは認められた存在として、聖獣使いと称される。彼女がそれだ……回答の差がひどいな」
ヴァンジールに目を向けられて、アンセルムは「なんだよ!」と眉を寄せる。
「いや。知識に自信があるようだったのだが、あまりにも回答が貧弱すぎてな」
「そ、それはだな」
「ごめんなさい、知識役はわたしがやっているのよ」
ディアラがそう言ってアンセルムの頭を押さえた。どうやら、彼のパーティーではエルフの彼女が知識を貸しているのだという。
アンセルムはディアラから聞いた薄らぼんやりとした内容を覚えているだけだった。それにはヴァンジールも呆れた様子だ。
「勝負にならんな、それでは。これは竜人の勝利だ」
「何でだよ!」
「どう見てもそうでしょうが!」
ディアラに突っ込まれてアンセルムはむーっと口を尖らせる。よく勝負を受けたものよと彼女は怒っていた。
「あんた、力は強いけど知識はわたし頼りでしょ! ほんっと、仕事はちゃんとこなすのにどうしてだらしないの! って、いうか、わたしがいるでしょうが! いい加減にしなさいよ、この女ったらし!」
「だって、ツバキちゃん可愛いしぃ」
「エルフの娘よ、その小僧を喰らってもいいか?」
「許可したいけど、そうしちゃうと困るから我慢してちょうだい」
ロウの申し出をディアラは丁寧に断る。喰われてしまうのはギルド側も困るので、ヴァンジールも「それはやめていただきたい」と止めていた。
ディアラはくどくどとアンセルムを叱っている。あんたは昔からそうよねと、これでもかと言う彼女にアンセルムはうげっと顔を顰めた。
「あんた、わたしとあの子どっちがいいの」
「それは、だな……」
「答えによってはわたし、パーティーから抜けるけど?」
にっこりとディアラが笑めば、アンセルムは焦ったように表情を強張らせた。彼女に抱きつくように「お前だって!」と答える。
「いつでもお前が一番だって!」
「へー、そう? そうかしらねぇ?」
「本当です、離れないでください! 知識役のお前がいないとパーティーが困るの!」
泣きつくアンセルムにディアラは「最初っからそう言いなさい」と彼の頭を叩いた。
エルフである彼女の力というのは強いのだろう。知識もあるのならば尚更、パーティーから外れるのは困る。アンセルムは必死にディアラの機嫌をとっていた。
その様子に周囲は「面白くねー」と愚痴り、興味を無くしたように見向きもしなくなる。ツバキも「私、もうここにいなくてもよくない?」と口に出ててしまう。
「ごめんなさいねぇ。彼の醜態見せちゃって」
ディアラはにこにこしながらアンセルムの耳を掴んでツバキに謝る。ツバキは付き纏われさえしなければいいので、「気をつけてくれればそれでいいから」と返す。
ディアラは「気をつけるわ」と言って、嘆くアンセルムを引きずりながら、待機していたパーティーメンバーを呼んでギルドを出て行った。流石に醜態を晒してしまったので長居はしたくなかったようだ。
それを見送ってからヴァンジールも「騒ぎがおさまったのならば」と受付の奥へと戻っていく。やっと解放されたツバキははぁと溜息をついた。
「なんか、疲れたわ……」
「もう今日は休みません?」
「それに僕も賛成しよう。休息も時には大事だ」
げんなりとしたツバキの様子を察してか、レオナルドとレイチェルが提案する。イザークも異論はないようで四人は宿舎へと戻ることにした。
「そういえば、勝ったらツバキさんを好きにできるんですっけ」
建物から出て、思い出したようにレイチェルが言う。それにレオナルドが「あれは相手が勝手に言ったことだろう」と返した。
そういえば、そんなことを言っていたなとツバキは思い出す。
「じゃあ、私はイザークのお願いを聞けばいいのかしら?」
「ツバキさん、相手が勝手に言ったことだから気にしなくていいだよ?」
「そうかしら。でもイザークには助けられてばかりだし」
彼には助けてもらってばかりなのだから、何かしてあげてもいいのではないか。ツバキはそう思ったので、「何かあるかしら?」とイザークに聞いてみる。すると、彼は悩ましげな表情を見せた。
「変なことを言えば、喰らうぞ」
「ロウの壁が高すぎる」
「えーっと、じゃあ、二人でお茶でもしましょうか?」
ロウはレイチェルに預けてと提案すれば、イザークが驚いたように目を開く。ロウは何でだと言いたげにツバキを見た。
「いいじゃない、少しぐらい」
「ぐぬぅ……少しじゃぞ」
ロウは仕方ないとそれを了承したので、彼もツバキのお願いには弱いようだ。許可が下りたことにイザークが嬉しそうに頬を綻ばせた。
そんな様子にレオナルドは「邪魔したらいけないな」と、今日はレイチェルと共にいることを決めた。
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