第23話 喉元まで出ているこの感情は何だろうか



「とはいえ、何を話したらいいのかしらね?」



 町のカフェのテラス席で果実水を飲みながらツバキは言う。イザークと二人でお茶をすることにしたはいいものの、何を話せばいいのかわからなかった。


 ロウが一緒だったとはいえ、二人で過ごしてきた時間はあるので話は結構してきている。



「俺はツバキと一緒にいられるだけで構わないが」

「そう?」



 ツバキは「聞きたいこととかないのかしら?」と問うと、イザークはなんとも悩ましげな表情を見せた。少なからず聞きたいといったことはあるようだ。それでも問わないというのは、ツバキがあまり触れてこなかった部分のことだろう。


 和国からわざわざ聖獣を連れて隣国イシュターヤまでやってきた理由など、聞きたくないかと問われると聞きたい部類に入るのではないか。ツバキでも思うのだから、彼もそう感じているかもしれない。


 けれど、イザークは問わない。ツバキが言いたくないことは聞かないということのようだ。優しいなとツバキは思った。


 嫌な思いをさせたくはない、思い出させたくもない。その気遣いにツバキは優しさを感じた。



「ツバキは本当にもう国に戻るつもりはないのか?」



 イザークは遠慮げに問う。なるべく来た理由には触れずに、けれど聞きたかっただろうことを。


 国に戻るかと問われると、ツバキは戻りたくはないというのが答えだ。父や兄には申し訳ないけれど、裏切った婚約者と幼馴染がいる場所になど帰りたくはない。


 だから、ツバキは「戻るつもりはないわ」と答えた。



「会いたくない人がいる場所に戻るつもりはないの」


「そうか。その、すまない」

「いいのよ。それぐらいなら平気だわ」



 ツバキは「私こそごめんなさい」と謝る。話せないことへの申し訳なさに眉を下げれば、イザークは「気にしていない」と返す。


 誰にだって言いたくはないことがある。それを無理して聞くことはしないとイザークは言った。彼なりの気遣いにツバキはまた申し訳なくなった。彼にならば話してもいいかもしれないとそう思って。


 けれど、婚約者と幼馴染に裏切られたことを話せるほど、彼らのことを自分はまだ許せてはいなかった。この話をして気分を悪くさせることも、気を遣われることも望んではいない。だから、ツバキは話せなかった。



「貴方のような方ならもっと良い人がいるでしょうに」

「ツバキ、俺はキミにしか興味はない」

「はっきり言うのね」



 なんとなしに言った言葉にイザークが強く返す。はっきりと言われたその言葉にツバキは少し目を開いて、瞬きをした。



「キミからしたら、その、突然だっただろう。助けた男に惚れられたのだから」


「まぁ……そうね。驚いわ、うん」

「正直、俺も自分の心境に驚いている」



 恋にあまり興味がなかった。騎士団時代にいろんなタイプの女性に声をかけられた経験はある。それは本当のことなので嘘はつかない。けれど、美人であろうとスタイルがよかろうと、惹かれることはなかった。


 御令嬢と呼ばれる存在や、同じ騎士の女性でもそれは同じだ。竜人だから惹かれるという人もいたし、その力に興味を持つ者もいた。好きになった訳を聞くと皆、見た目や竜人であることを答える。


 もちろん、中身について例えば優しいだとか気遣いができるだとか言われたこともある。それでもやはり惹かれはしなかった。もう誰かを好きになることはないのだろうなと思ってしまうぐらいには興味がない。



「そう思っていたというのに、キミに助けられて心が動かされた」



 放っておけないからと助け、竜人だと知っていても特別扱いするでもなくただ看病をして。何を気にすることもなく、訳も聞かず。接し方が恐るでも興味を持つでもなく、温かくて。媚を売るでもない綺麗な笑みに見惚れた。


 初めてだった、そんなふうにしてくれたのは。子供をあやすように頭を撫でてくれた温もりが、心配してくれている優しさが心に染み込んだのは。放ってはおけない、手を貸したいと思った。



「何だろうな、上手く言葉にできないが、キミのそんな心に惹かれたんだ」


「私、貴方が思っている以上に性格悪いかもしれないじゃない?」



 ツバキが「竜人の力を利用しただけかもしれない」と言ってみれば、彼は「キミは利用していないだろう」と即答されてしまった。


 パーティーを組んでからしばらく経つが、力を利用するようなことはされていなし、依頼も最近ではこちらが決めている。どこに利用している様子があるのかと。それを言われてしまってはツバキも「それはそうだったわ」と苦笑する。



「それに性格の悪い人間に聖獣は懐かない」

「ロウは性格の悪い人間が嫌いなのよ」

「彼はそう言った人間には冷たいだろうからな」



 性格が悪いと思ったことはないとはっきり言われて、ツバキはその信頼に何だか不安になる。自分だって何か思うことはあるのだ。


 裏切られたことを未だに許せないこと、彼が聞かないことをいいことにイシュターヤへと訪れた理由を言わないこと。これは性格が悪いという部類には入らないのだろうか。そう問いたかったけれどツバキは黙った。



「それに俺はツバキの笑顔が好きだ」



 花を咲かせたように朗笑した時、優しく微笑む時、その笑顔が可愛らしくて好きだ。イザークは恥ずかしげもなく言う。


 彼は素直で正直に感情を表してくれる。それが良いところであって、少しばかり羨ましい部分だ。気持ちを正直に伝えられるというのは。


(好きなところ、ね……)


 ツバキにもイザークの好きだと思うところはあった。何度か思ったことだが、彼の嬉しそうに頬を綻ばせる表情は好きだ。竜の瞳は宝石のように煌めいて綺麗だと思うし、頭を撫でて喜んでいる姿は甘やかしたくなる。


(こうやって素直に気持ちを伝えてくれるところも嫌いじゃない)


 気がついてみるとイザークの好きなところが色々とあった。一緒にいて気が楽だと思える人というのはそういないなと。ツバキは彼のことを信頼していた。



「貴方のその気持ちは嬉しいのよ」



 好きだと言っていくれるその気持ちは嬉しくて、でも想いに応えられるかまだよく分からなかった。


 イザークの好きなところはあって、信頼もしている。不思議と一緒にいて気が楽だと思えるこの感情は何だろうか。喉に突っかかってなかなか出てこないこの想いが答えなのかもしれない。


 ツバキはそうは言わずに、「まだ分からないのよ」と伝える。それでもイザークは「構わない」と言った。



「ツバキの気持ちがはっきりするまで俺は待とう」

「ダメかもしれないわよ?」

「俺は諦めが悪いんだ」

「あぁ、そういえば言ってたわね。諦めないって」



 イザークは諦めないと言った。きっと一度、振られたぐらいでは引き下がらないということだ。それはそれでどうなのだろうかと思わなくもないのだが、彼の意志は固そうなのでツバキは「頑張って」と言っておく。



「ロウの壁は高いかもしれないけれど」

「彼の壁は高いが頑張ろう」



 ロウの壁は高いとイザークは困ったように言う。それでも諦めないのだから本気なのだろうなとツバキは思って。悩ましげにしている彼の様子に小さく笑みを見せた。


 そんなツバキの笑みにイザークが不意を食らったように瞬きをして、口元を押さえる。



「キミは本当に不意打ちだな」

「よく分からないけれど」

「いや、そのままのキミでいてくれ」



 そう言われてツバキはよく分からなかったけれど、「わかったわ」と返事を返した。




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