第21話 パンプキンゴーストと女の子
カラムーナから少し離れた場所に墓地はあった。大小様々な墓石が並んでおり、その側には家が一軒ぽつんと建っている。あそこに墓守が住んでいたのだとヴァンジールが教えてくれた。
ツバキたちと共にヴァンジールも来ていた。彼は「領主からの依頼だからな」と灰髪を撫でながら言う。
月夜に照らされる墓場の奥にぼんやりと淡い光が舞う。カタカタと音を鳴らす骨の姿も見えた。渋面を少々顰めながらヴァンジールはその様子に息を吐く。
「墓守の家に逃げ込んでいてくれればいいのだが……」
「少し、距離があるな」
「周囲を探しながらゴーストとスケルトンの処理を頼む」
ヴァンジールは新緑のコートを翻して墓地へと入っていく。彼についていくようにツバキも敷地へと足を踏みれた。
途端にゴーストたちが反応し、スケルトンが振り返る。それらがわっと道を塞ぐように襲ってきた。
ツバキは紅の鉄扇を開き、掲げる。魔力を込めればぱっと光が放たれた。その光にゴーストたちが苦しみ、逃げ惑う。場が乱れたのを合図にレオナルドとイザークがスケルトンへと攻撃を仕掛けた。
光を纏わせたレオナルドの剣に切り裂かれ、イザークの闇の炎によって薙ぎ倒されていく。二人にスケルトンを任せ、ツバキとレイチェルはゴーストの相手をする。
光の魔法によってゴーストたちが浄化されるように消えていった。アンデッドを処理しながら周囲を探すが、子供の気配はない。
「ツバキとレイチェルは家の方を見てくれ。こちらの処理は俺がしておく」
「分かったわ」
イザークの指示に二人は家の方へと向かった。家のドアには鍵がかかっているようで開く様子がない。ノックをして声をかけてみるけれど返事はなかった。
家の裏はどうだろうかとツバキがレイチェルと共に覗いてみると、何かがいた。なんだろうかと目を凝らすと橙のカボチャを被ったゴーストだった。幼児と変わらぬ背丈のそれにツバキが「小さいわね」と呟く。
「あら、パンプキンゴーストじゃないですかぁ」
レイチェルは珍しげにゴーストを見る。パンプキンゴーストはカボチャ畑のあるところに出るらしい。悪戯好きなだけで力は大してないのだという。
パンプキンゴーストは二人を見てわたわたと慌てている様子だ。けれど、何か必死に訴えているようでツバキは首を傾げる。
「何を言いたいのか分からないけれど……この子、どうしようかしら?」
「ゴーストの処理を任されてますしぃ……倒します?」
「ピーーーーっ!」
パンプキンゴーストはレイチェルの一言に悲鳴を上げる。手をブンブンと振って何かを訴えてるのだが、言葉が分からないので言いたいことが分からない。
どうしたものかと顔を見合わせると、たったと駆ける音とともにパンプキンゴーストの前に誰かが立った。
背の低いまだ幼い女の子が両手を広げてパンプキンゴーストを庇うように立っている。
「このこはわるいこじゃない!」
女の子はそう言って泣きそうになっている瞳をツバキに向けた。いなくなった子供というのはこの子のことだろう。ツバキは彼女に視線を合わせるように屈む。
「私は貴女を迎えに来ただけよ?」
「このこ、たおそうとした!」
「それはゴーストの処理を任されてたからぁ〜」
「わるいこじゃないの! あたしをたすけてくれたの!」
女の子は言う、この子は助けてくれたのだと。どうやら、女の子は母の墓参りをしようと墓地に訪れたのだが、そこでこのパンプキンゴーストと出会ったらしい。
パンプキンゴーストに誘われるままに遊んでいたら時間を忘れてしまったのだと。気がついたら夕方をすぎており、スケルトンやゴーストが湧いて逃げ場を失った。パンプキンゴーストが慌ててここまで避難してくれたのだと話した。
話を聞いてますますどうしたものかと二人は悩ませる。悪い子ではないのだろうけれど、ゴーストを放っておくこともできない。レイチェルとどうしようかと相談していると、「どうしたんだ」とイザークに声をかけられた。
スケルトンの処理はもう済んだようで、レオナルドとヴァンジールも何があったと覗き込んでくる。
「この子がね」
ツバキが女の子から聞いた話をすると、イザークはヴァンジールの方を見た。彼は「あぁ、なるほど」と頷いている。
「そこのパンプキンゴースト、お前は墓守に可愛がられていたな?」
ヴァンジールは前の墓守の名前を言えば、パンプキンゴーストはうんうんと頷いた。それを見て、「やはりな」と彼は腕を組む。
「墓守の遺言でパンプキンゴーストには手を出さないでほしいと言われている」
どうやら、このパンプキンゴーストは迷い込んできたゴーストらしい。悪戯好きではあるけれど、人に害するようなことをしないことから前墓守はこの子の面倒を見ていた。いずれ天へと昇れるかもしれないと。
「だから、そのパンプキンゴーストには手を出さないでくれ。彼には何の能力もない」
ヴァンジールにそう言われてそれならばとツバキは頷いた。女の子はパンプキンゴーストが助かったのだと知ってか、泣き出してしまった。安堵したからなのかもしれないなとツバキは「大丈夫よ」と女の子を抱きしめてやる。
よしよしと頭を撫でてあやしてやれば、女の子は落ち着きを取り戻した。涙を拭いながらツバキを見つめている。
「しかし、このパンプキンゴーストをこのまま置いとくのも危ないだろうな」
「と、言うと?」
「次にくる墓守はゴーストが嫌いでな。パンプキンゴーストの面倒は見てくれないだろう」
教会からくる次の墓守はゴーストが嫌いだ。見つけ次第、浄化をするといった徹底ぶりでとてもじゃないがパンプキンゴーストの面倒は見てくれそうにない。
ヴァンジールはどうしたものかと考える。それを聞いてまた女の子が泣きそうになっていたので、ツバキが「大丈夫」とあやす。
「……パンプキンゴーストはカボチャを被っている分、多少の光なら平気だったな」
「何か思いついたのですか?」
「宿舎のアリーチェに預けようかと」
宿舎内であればギルドにも近く、誰かしらギルドのメンバーがいる。悪さをすれば対応ができるだろう。ヴァンジールもすぐに駆けつけられる場所だ、悪くはない。
問題はアリーチェがそれを受け入れてくれるかだ。ヴァンジールは大丈夫だろうと言ってるが、いくら無害とはいえゴーストを側に置くと言うのはどうなのだろうか。
そう思わなくもないのだが、とりあえず女の子とパンプキンゴーストを連れて町へと戻ることにした。
*
女の子を家に送り届けてから宿舎へと戻るとアリーチェは受付で作業をしていた。ツバキたちが帰ってきたことに気づいて顔を上げる。
「あ、お帰りなさい」
「アリーチェ」
「何でしょうか、ヴァンジールさん」
「これの面倒を頼めないだろうか」
ヴァンジールが足元にいるパンプキンゴーストを指さす。アリーチェはゴーストを視認して目を瞬かせた。驚いたようにパンプキンゴーストとヴァンジールを交互に見ている。
どういうことだと説明を求められて、ヴァンジールは簡潔にパンプキンゴーストのことを話した。それを聞いて納得したのか、アリーチェはゴーストを見遣る。
パンプキンゴーストはヴァンジールの足元でじっと様子を窺っている。幼児ほど背丈しかないので見上げるようにアリーチェへ視線を向けていた。
「まぁ、悪さをしないのならいいですけど」
「何かしたら言ってくれればこちらで対処する」
「わかりました。えーっと、パンプキンちゃんおいで」
アリーチェが手招きするとパンプキンゴーストは、ヴァンジールの足元からひょこひょこと彼女の方へと歩いていった。
パンプキンゴーストはアリーチェア側で面倒を見ることに決まった。ヴァンジールは「君たちもありがとう」とツバキたちに礼を言う。
「報酬は明日、支払おう。ギルドに来てくれ」
「分かったわ」
「夜分にすまなかったな」
ヴァンジールはそう言って宿舎を出ていった。ツバキたちも部屋に戻ろうとアリーチェに声をかける。彼女は「お疲れ様でした」と笑みを見せて手を振る。それを真似するようにパンプキンゴーストが、ひょこひょこ跳ねながら手を振っていた。
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