第20話 夜の依頼
夜も更けてそろそろ寝ようかとツバキは隣のベッドを見遣る。レイチェルはなんとも眠そうに枕に顔を乗せていた。あと少しすれば完全に眠りに落ちるのではないだろうか。
それをしばし眺めて、少し喉が渇いた感覚に喉元を押さえる。まだアリーチェが起きてるのならば水を貰いに行こうとツバキは立ち上がった。
「ちょっと水を貰いに行ってくるわ」
「あーい、いってらっしゃーい」
もう殆ど寝ているのではといったふうにレイチェルは返事をする。戻ってくる頃にはもう寝ているだろうなと、思いながらツバキはロウを連れて部屋を出た。
受付の方へと下りていくとアリーチェが片付けをしているところだった。ツバキは「ごめんなさいね」と声をかける。
「お水ってもらえるかしら?」
「大丈夫ですよー」
アリーチェはツインテールに結われた髪を揺らしながら、食堂にも使っていホールへと駆けていく。それに着いていくとコップに水を注いでくれた。
コップを受け取って「ありがとう」とお礼を言うとツバキは水を飲む。冷たさが乾いた喉を潤していく感覚にふっと息を吐いた。
ホールにはまだ人がちらほらといた。皆、酒を飲んでいる様子で話も盛り上がっている。いつになったら寝るのだろうかとその様子を眺めていると、アリーチェから「もう少ししたらみんな部屋に戻りますよ」と教えてくれた。
「流石に深夜まで呑み騒がれては困りますから」
「それはそうよね」
「あれー、ツバキちゃんじゃーん」
アリーチェと話をしていると声を掛けられた。振り返れば、いつだったか絡んできた男だった。確か、アンセルムだったか。ツバキは若干、顔を顰めてしまう、それほど面倒だなと感じたのだ。
彼も酒を飲んでいたようでほんのりの頬が赤い。酔っ払っている様子に相手にはしたくないと思いながらも、近寄ってくるので無視することもできなかった。
「何かしら?」
「どうよ、オレと組む気になった?」
「いえ、別に。もうパーティーは組んでますから」
「あんな竜人よりもオレがいいってー」
ぐいっと近寄ってきてどうよと決め顔を見せるアンセルムに眉を寄せる。何が良いのだろうかと失礼ながら思ってしまう。断っているのだから、大人しく引き下がってほしい。
ロウはこういったタイプの人間が嫌いなのだろう。睨みつけながら小さく唸っていた。牙を剥き出しにしていないのでまだ良い方だが、あんまりにも酷くなればそうなるだろう。
「ツバキちゃん、可愛いから歓迎するよぉ」
「お断りしているのだけれど……」
「大丈夫だって」
「何が大丈夫なんだろうな?」
それはそれは低い声がした。途端に場の空気が変わり、遠目から様子を眺めていたギルドメンバーたちがびくりと肩を振るわせる。それはアンセルムもで、大袈裟に身体を跳ねさせると振り返る。
イザークがその竜の瞳を細めながら睨みつけていた。その眼だけで人を恐れされる威力がある。それの視線を真っすぐに受けるアンセルムだったが、酒も入っているからなのか引かなかった。
「あぁ? 別にいいだろうが」
「ツバキは嫌がっているように見えると俺は思うのだが違うか?」
「嫌ね」
「と、言ってるのだが?」
イザークはツバキの側まで近寄ると、アンセルムの肩を掴んで距離を取らせるように引き離す。その力は強く、アンセルムの身体をよろめいた。
一歩、イザークが前に出たのでツバキは彼の後ろに隠れた。それでも「誰を誘おうと自由だろうが」とアンセルムは言う。それはそうかもしれないが、相手が断ってるのならば引き下がるべきだ。そうツバキは思うのだが、彼はそうではないらしい。
「可愛い子を誘うことが悪いってか!」
「ツバキは確かに可愛いが、嫌がっている相手に無理強いするのよくないだろう」
「さりげなく言い寄ったな、こやつ」
ぼそりとロウが呟く。ツバキも可愛いとかは今は関係ないなと思うも、突っ込む余裕があるほどの空気ではなかった。
またイザークが威嚇する前にどうにかしないとなとツバキが思案していると、「イザーク」と声をかけられる。彼の様子にレオナルドがホールの方まで慌ててやってきた。
「いきなり部屋をでてったと思ったら、これか」
「レオナルド、少し黙っていてくれ」
「落ち着け、イザーク」
イザークはレオナルドの制止など聞かず、アンセルムを睨みつける。相手も睨み返しているのだが明らかに空気が重くなっていた。それに気づいてか、「アンセルムいい加減にしないさい」と叱る声がした。
彼のパーティーメンバーであるエルフのディアラがやってきた。アンセルムの耳を掴んで捻りながら「命知らずも大概にしなさいよ」と呆れたように言う。
「あんたが竜人に敵うわけないでしょう。この子は諦めなさい、いい加減に」
「だって、ディアラ! ツバキちゃん可愛いし……」
「わたしがいると思うのだけれど? あんた、女にだらしないのどうにかしなさいよ!」
ディアラは「それで何回失敗したと思ってるの!」と怒鳴る。それに離れた場所にいる他の女パーティーメンバーがうんうんと頷いていた。その様子を見るだけでアンセルムがどれほど女性関係で失敗したのか分かってしまう。
ディアラに叱られながらもアンセルムは「でもー」とまだ何か言っている。本当に諦めが悪いな、この男はとツバキは呆れてしまった。
「ヤダァ〜、女ったらしの人じゃん〜」
こそっとツバキに喋りかけたのはいつの間にかやってきたレイチェルだった。寝たと思っていたのだが、ツバキがなかなか戻ってこないので様子を見にきたようだ。彼女も声をかけられたらしいのだが、「面倒そうだったので、やめたんですよねぇ〜」と舌を出している。
「ロートランクって聞いてるけどぉ。なんてー言うか、自分勝手ぽかったからぁ」
「そう見えてしまうわね」
レイチェルの言葉に確かにとツバキは頷いた。しつこいところなどから自分勝手そうな雰囲気が出ている。
イザークはレオナルドに押さえられているけれど、アンセルムを睨むのをやめていない。ディアラに叱られているアンセルムもまだ何か言っている。これはどうしたものかとツバキは頭を悩ませた。
「そこ、言い争っているところ申し訳ないが今いいだろうか?」
低く落ち着いた声に皆が振り返る。声の主はヴァンジールで、ランプを持って立っていた。アリーチェが「ヴァンジールさん!」と慌てて近寄る。
「ど、どうかなされましたか!」
「あぁ、少しな。今、動けるメンバーで光属性または闇属性使いはいるか?」
そうヴァンジールに問われ、ツバキが「私は光属性を使えるけれど」と手を挙げる。それにレイチェルやレオナルドも「使える」とつられるよに言った。
イザークも闇属性なので「こちらも使える」と返す。ディアラも「使えるわ」とアンセルムの耳を掴んでいた手を離した。それ以外はいないようで顔を見合わせている。
予想していたことらしく、ヴァンジールはふむと考える素振りを見せる。何かあったのだろうことはそれだけで理解できた。
「光属性と闇属性は扱える人間が少ないからな。こうなるのは分かっていたが、他のメンバーは別の依頼で出ている……。仕方ない」
ヴァンジールはイザークの方を向いて「依頼を頼めるだろうか」と言った。
「そこのエルフは別のパーティーだね?」
「えぇ、竜人とは別よ」
「ならいい。竜人とそのパーティーメンバーよ。ゴーストおよびスケルトンの処理に協力してくれないだろうか?」
ヴァンジールはそう言って話し始めた。
カラムーナから少し離れた場所に共同墓地がある。そこはカラムーナの民たちが眠る墓だ。墓守が守っているので普段はスケルトンが湧くことはない。たまにゴーストが浮遊するぐらいなのだが、今回は違っていた。
管理をしていた墓守が病気で亡くなり、次の墓守を呼んでいる途中でスケルトンが沸いたのだという。それによってゴーストも活発に悪戯をするようになってしまい、墓が荒らされていた。
「朝になれば大人しくなるが、始末しないことにはまた夜になって暴れる」
「彼らアンデッドは光と闇の魔法が効果的だからか」
「あぁ。あと問題が起きてな」
ヴァンジールは頭を悩ませるように眉を寄せて言った。
「子供が一人、いなくなった」
カラムーナの子供が一人、いなくなった。最後に見たという証言をした町民の話によると、「墓場の方に行ったぞ」ということだった。
その証言が正しいのならばその子供は今も墓にいる可能性が高い。何処かに隠れているといいが、危険であることには変わらない。早急に対応しなくてはいけないとヴァンジールは話す。
「領主からの依頼としてこちらは受理している。子供の安否にも関わるので早急に対応したい」
「それならば急いだ方がいいわ」
ツバキの言葉にイザークも頷いた。他の二人も依頼を受けることに問題はないようだ。それにヴァンジールが「助かるよ」と言って、ディアラの方を見る。
「君はどうする?」
「……わたし一人でしょう? 手伝ってあげたいけれど、パーティーのチームワークを乱す原因になりかねないわ」
いきなり別のメンバーが入ってきてはパーティーのチームワークを崩しかねない。それにディアラはアンセルムのメンバーだ。彼らに自分たちの印象が悪いことは理解している。
「……そうか、なら竜人たちに頼もう」
ヴァンジールは「急いで準備をしてくれ」と言って宿舎を出た。ツバキたちが急いで部屋へと駆けていくのをアリーチェは見送って、「そろそろお開きにしてください」とホールにいた他のギルドメンバーに声をかけた。
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