第11話 隠す気がないな、本当に
カラムーナの町の中心地、広場の奥に診療所はある。ギルドの建物から程近く、メンバーたちがよく利用しているところだ。そこへツバキはアーバンを連れてきた。
出てきた看護師に説明するとアーバンは連れていかれた。診察室へと通されたのを見送って少し、彼の悲鳴が上がる。治療の痛みだろうなとツバキはその悲痛な声に少しばかり同情した。
ツバキは後はパーティーメンバーに任せればいいだろうと診療所を出ようとすると、エマたちに呼び止められた。
「今回はありがとうございました!」
「いいのよ、気にしないで」
「ご迷惑をかけただけでなく、色々と教えてもらって……」
何度もエマは頭を下げるのでツバキは「大丈夫よ」と返す。他二人も同じなのだから、そこまでしなくともとツバキは困ってしまった。
「あの! お二人って組んでから結構日が経つんですかー?」
「え? いえ、まだ日は浅いけれど……」
「うっそ! すっごい息ぴったりだったのに!」
少女が驚いたように声を上げる。サポートするツバキはパートナーの動きを分かっているように見え、それをイザークは何も聞かずとも理解して戦っていた。息の合ったその動きは日が浅いようには見えなかった。
その言葉にエマたちも頷いている。前線に立つ仲間に魔法を当てないようにしながら、それでいて動きを邪魔せずにサポートするというのは難しいと。
「わたしもアーバンに攻撃当てそうになる……」
「わかる。彼、動きが読みにくいのよね……」
「そうそう、アーバンって動き激しいしぃ」
「動きを読もうとするから難しいのではないかしら?」
エマたちにツバキはそう答える。相手の戦い方を知っているのであれば、その動きに合わせればいい。例えば、動きが激しいのならばその邪魔にならぬように魔物に集中する。落ち着いた動きならば、それに合わせて魔物を攻撃しやすいように誘導するなど。
動きを読みながらサポートをしようとすると失敗しやすいとツバキは話した。それを聞いてエマたちはなるほどと頷く。
「にしても、お二人息ぴったりでなんていうか……」
「お似合いですよね!」
「そうだろう。俺とツバキは相性が良い」
「なんで嬉しそうなのイザーク」
お似合いだと言われて嬉しそうに反応するイザークに、ツバキは突っ込むのだが彼は聞いてはいない。エマたちが「わたしたちもそうなれるように頑張らないと!」とそれを聞いて気合を入れていた。
「やっぱり、恋人とかだと息を合わせやすいのかな?」
「そうかも?」
「あの、私とイザークはそんな関係じゃないけれど」
「え」
「え?」
なんだ、その「え」は。ツバキが彼とはパーティーを組んではいるけれど、そのような関係でないことを説明すれば、信じられないといったふうに見つめられてしまった。
「そうだな、“まだ”そんな関係ではないな」
「なるほど、“まだ”」
「何、その含みのある言い方は」
それはそれは良い笑顔でイザークが言うものだから、ツバキはまた突っ込んでしまった。それに「応援してます!」とエマたちが言うものだから、なんなのだとまた声が出る。
盛り上がるエマたちにツバキが助けを求めるようにロウを見れば、彼はなんとも同情するような瞳を向けてきた。
「ツバキよ、もう手遅れだとワシは思うぞ」
ロウは「あやつ、気持ちを隠す気が無い」と呆れたように言う。ツバキはどうしたものかなと溜息を吐いた。
*
エマたちと別れて、ギルドへの報告を終えた二人は宿舎に戻っていた。ツバキはベッドの上でロウをもふもふしている。長毛なロウの毛は触り心地がよく、癒しになった。
もふっと顔を埋めればそのまま眠れそうだった。ちょっと仮眠を取るのも良いかなと思っていると視線を感じる。ゆっくりと顔を上げれば鎧を脱いだイザークがベッドに腰を下ろしていた。
無言でじっとツバキを凝視しているのがなんとも言えない。ツバキは目を細めて「どうしたの」と、とりあえず聞いてみる。
「いや、可愛らしなと」
「……そう」
「獣と触れ合っている姿は愛らしいなと」
「隠す気ないわね?」
指摘されてイザークは黙って頷いた。それにロウもツバキも素直だな、この人はと思う。
「いや、隠そうとしたのだが」
「したのだが?」
「無理だ。キミの行動が反則過ぎる」
「そう、なの?」
「隠すべきことではないのではと思うことにした」
「少しは隠してくれないかしら。まだそれほど付き合いがあるってわけじゃないのだけど」
ツバキの冷静な返しにイザークは「それはそうなのだが」と口元を手で押さえる。
下心があると思われるのは相手への印象を悪くすることもある。それは理解しているし、それだけでパーティーを組んでいるわけではない。ツバキを手助けしたいという気持ちは本心からだ。けれど、どんな感情を抱くかは別であるとイザークは話す。
ツバキは彼の話をひとまず聞くことにした。言っていることは分からなくもないし、仕事はしっかりとこなしているので今のところは問題ないからだ。
「むしろ、隠していては気持ちは伝わらないのではないか?」
「……それはそうね」
「なので、隠す気はない」
「はっきりに言うわね」
なんともはっきりと言うものだから、ツバキは突っ込むのも疲れるといったふうに眉を下げる。
どうやら、彼に好意を寄せられているらしい。いくらツバキでもそれぐらいは気づく。どうしてそうなったのか、きっかけらしいきっかけは思いつかないのだが、彼の中にはあったのだろう。
誰かを好きになるのをとやかく言うつもりはないのだが、自分のこととなるとなんとも複雑な心境だ。何せ、ツバキは婚約者を寝取られている。決められた婚約とはいえ、信じていた相手の裏切りを経験しているのだ。
イザークのことが嫌いだとか、恋愛対象ではないとかそういったことではないのだが、気持ちを受け取れるかと問われると何とも言えない。
まだ、彼のことを知る段階であるので判断ができないのだ。なので、ツバキは「私はまだ分からないのだけれど」と答える。
「私が貴方の気持ちに答えるかは分からないけれど」
「それは理解している。今すぐとは言わないが、諦めない」
「そこ、強調しなくてもいいわ」
どうやら諦める気はないようだ。ツバキは突っ込むのを止めて、ロウを抱きしめながら撫でた。
「ワシはツバキの意思に任せるが、そうでないのならば全力で阻止するからな」
「信用がないのは仕方ないとはいえ、心にくる」
「下心あるのだから仕方ないでしょう」
「俺にも常識はある」
同意なしに手を出すようなことはしないとは言うけれど、ロウはじろりと疑いの目を向けている。彼に対する信用はあまりないようだ。
ツバキはふむと考える。イザークに関して知らないことはまだあるが、少なくとも彼が悪い人でないという印象を持っていた。人の話はちゃんと聞くし、冷静に指摘をし、判断する能力もある。
アーバンの時もだが、相手に対して指摘をした上でちゃんと注意している。放っておくこともできるだろうにそれをしなかった優しさがあった。
「悪い人ではないとは思うけど……」
「ツバキ、男はよく見るべきだぞ。平気で他所の女の誘惑に負けるからな」
ロウの指摘にツバキは元婚約者のことを思い出す。幼馴染による誘惑に負けたのだ、あの男は。確かによく見るべきだよなと頷く。
「俺はツバキ以外に興味はないのだが……」
「口だけではどうとでも言える」
「ロウの壁が高いな……」
ロウは「寝込みは襲えないと思え」と牙を見せながら言った。それにイザークが「そんなことはしない」と眉を下げる。ロウに高い壁を感じているようで、少し困っていた。
「まぁ、私はイザークを見ていくしかできないのだけれど」
イザークの気持ちに応えられるかは彼を見て判断するしかない。どういった考えを持っているのか、想いの強さなどそれを感じ見ることしか。
「見ていてくれ、俺を」
そう言うイザークの竜の瞳は強く真っ直ぐで。嘘を見せないその眼にツバキは意志の固さを感じ、目を細めて「そうするわ」と返した。
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