第10話 魔物を舐めてはいけない



「いいか、ボアコは特殊な動きはしない。彼らの武器は牙と身体だ。その身で突進してくる」



 イザークは森を歩きながらボアコの特性を説明する。


 彼らは少数の群で行動し、攻撃方法は突進がほとんどだ。牙で突き上げられる場合もあるがそれは接近した時のみで、距離を保っていれば回避することができる。


 動きが一定なので行動が読みやすく、突進は回避しやすい。攻撃するタイミングは突進してくる踏み込んだ瞬間だ。額に一撃加えれば動きを止めるので、そこで急所である首根を狙う。



「遠距離魔法が使えるのならば、踏み込む瞬間に額に打ち込めばいい。森の中だ、火属性はやめておけ」


「あたし、火属性しか使えません……」

「森を焼かない自信はあるか?」



 手を上げた少女は首を左右に振った。それを見てイザークは「なら、キミは後方に下がって周囲の警戒に回るんだ」と指示を出す。



「アーバン、キミは前線に立てるな?」

「あぁ、ボアコを倒した経験はあるぜ」


「なら、俺とキミは前線だ。他二人は後方でボアコの額を狙え、キミは周囲の警戒を。ツバキは……」


「貴方のサポートに回るわ」



 ツバキがそう申し出れば、イザークは「わかった」とそれを承認した。ロウには少女と共に周囲の警戒を頼む。こっそりと何かあったら彼女を守ってほしいと伝えて。


 ロウは面倒そうではあったけれど、ツバキの指示に「承知した」と答えた。


 臭いを嗅いで後を追うとロウとイザークが立ち止まる。彼らはボアコの姿を捉えたようだ。イザークが「見える範囲では三頭いるな」と呟く。



「み、見えるんですか?」

「見える。相手もこちらに気づいたな」



 くるぞとイザークは太刀のような剣を抜いた。それにアーバンが慌てて剣を構え、他三人は指示された通りに後方に下がる。ツバキもいつでも対応できるように紅の鉄扇を構えた。


 どっどっどと駆ける足音が響く、それは真っ直ぐこちらまでやってくると茂みから飛び出してきた。勢いよく突進してくるボアコの一頭にイザークは狙いを定める。ぐっと剣に力を込めると淡い光が灯った。


 ボアコがイザークと距離を詰めた時、剣を振るう。風が舞い、地面の土が棘のように打ち出て走る。突然のことにボアコは止まることができず、その土の棘に貫かれた。


 一撃で倒し、次の標的へと剣を向ける。その迅速な判断にアーバンたちは目が離せない。



「よそ見をするな! 前を見ろ!」



 イザークの大声にはっと我に返ったアーバンがボアコに剣を振るう。身体を切り裂くことはできたけれど、息の根を止めるほどではなかった。



「俺へのサポートはいい! 彼に集中しろ!」



 イザークの指示にエマたちはアーバンのサポートに回る。水球がボアコの額を捉え、弾けると身体が地面に叩きつけられた。その隙にアーバンは急所である首根に剣を突き刺す。


 イザークは二頭目のボアコを難なく倒したところだった。周囲を警戒していた少女が「また来ます!」と声を上げた。


 振り返ればさらに三頭のボアコが走ってきていた。イザークは剣を構え、魔力を流す。また淡く光が灯り、風が吹き抜ける。一頭のボアコに目掛けて剣を振り上げた。


 突風が吹き抜け、それが刃のようにボアコの身体を切り裂いた。血を飛び散らせながらどさりと地面に落とされる。



「危ない!」



 少女の声にイザークが顔を上げれば、別のボアコが飛びかかってくる瞬間だった。彼が剣を振る前にそのボアコに雷が降り注ぐ。



「貫きなさい」



 ツバキは紅の鉄扇を掲げて魔法を放っていた。光属性から派生する雷の魔法はボアコを貫き、心臓を痺れさせ焦がす。彼女のサポートにイザークは素早く切り替え、別の個体へ攻撃を移した。


 ツバキはイザークが戦いやすいようにボアコを雷で追い込んでいく。そのサポートを活かしてイザークは確実に倒していった。


 彼とパーティーを組んでツバキは二人での戦い方を学んだ。前線を得意とするイザークのサポートは彼にとって戦いやすい状況を作ることだと。あえて、敵を追い込んで逃げ道を一つにすることで攻撃を回避しにくくしていた。


 ツバキのサポートはイザークにとって戦いやすいようで確実に一撃を打ち込んでいる。



「きゃー!」



 最後の一撃を打ち込んだ時だ、悲鳴が響き渡る。声がした方へと振り向けば、そこには別の魔物がいた。


 たてがみに緑色のいぐさを生やした立派な馬がエマの服を咥えていた。それはそのまま地面を蹴り上げて走っていってしまう。



「ケルピーか!」



 イザークは走り抜ける馬にそう叫ぶ。エマを咥えたケルピーは止まることなく駆け抜けていった。



「すまぬ、少女を守れたがあの娘までは守れんかった」



 ロウはそう言って咥えていた少女を下ろした。どうやら先にロウが気づいたらしいく、狙われていた少女を咥えて助けたはいいものの、ケルピーはすぐにエマへと狙いを変えたのだという。


 イザークも気付くのが遅れたこともあってか、ロウを責めることはしなかった。



「ケルピーは川や湖にいることが多い。近くにあるな、川が。そうなると、ボアコに住処を荒らされて怒っているのか」


「ケルピーって、人間を食べるっていう……」



 少女の言葉にアーバンが「エマが危ない!」と駆け出していった。慌ててイザークが止めに入るも、彼は聞く耳を持たずいってしまう。


 イザークは「焦っては元も子もないというのに」と呟いて、彼を追いかけていく。それにツバキたちもついていった。


          *


 駆ける馬の速度に着いていけるわけもないのだが、森を抜けた先に川が流れていた。アーバンは息を切らしながら周囲を見渡してケルピーを探す。



「いやー!」



 叫び声がして、アーバンは声のした方へと走る。


 川のほとりにエマはいた。ケルピーが喰らわんとその服を引きちぎっている。アーバンは「やめろ!」と声を上げて剣を構えると走り出した。


 それに気づいたケルピーが反応して、アーバンが近寄ってきた瞬間に後ろ足でその身体を蹴り上げた。勢いよく吹き飛ばされて、アーバンは地面に叩きつけられる。腹部に入ったその攻撃に呻いた。


 ケルピーは唸り声を上げるとアーバンの方へと駆ける。彼が動くよりも先にその歯が掛かりそうになった。



「散りなさい!」



 無数の雷がアーバンの周囲を取り囲む、それに驚いたケルピーが動きを止めた。ツバキが鉄扇を掲げれば雷がケルピーの足へと駆け巡る。


 逃げるように後ろへと下がるケルピーを土の棘が襲う。突き上げられ、ケルピーは悲鳴を上げるも態勢を変えて地面に着地した。イザークが前に出て剣を構える。



「ロウ、彼女を!」

「承知!」



 たっとロウがかけ飛び、エマの服を咥えて彼女を持ち上げると駆けた。それに気づいたケルピーが追いかけようとするも、イザークが前に出てそれを剣で受け止める。


 弾き返されたケルピーは怒りを表すように鳴き声を上げて、イザークへと突進してきた。イザークがもう一度、魔力を剣に籠めて振り上げる。土の棘が迫るも、ケルピーはそれを飛び越えてイザークを蹴り飛ばした。


 剣でその足を受け止め、その勢いに後ろへ下がったが、イザークは前に出て剣を構え直す。


 ツバキは冷静に状況を観察する。今、戦えるのはイザークとツバキだけだ。他二人にはエマとアーバンを見てもらわねばならず、ロウも彼らの守りに回ってもらったほうがいい。


 イザークには戦いに集中してもらわねばならない。ツバキはすぐにそう指示をして、彼らを後方に下げさせた。


(あの素早さをどうにかしたいわね)


 ケルピーは素早く、軽快に動き回る。あの素早い動きをどうにかできれば、隙を生み出せば戦いやすくなるだろう。ツバキは鉄扇に力を籠める。


 ケルピーはイザークを蹴り上げるが、剣で受け流される。イザークは魔力を籠めながら一撃を与えるタイミングを測っていた。



「舞え、光よ」



 ぱっと地面に雷が流れ、ケルピーの足を捕らえると弾けた。



「捕らえよ、いかずちの鎖よ!」



 鉄扇を大きく掲げれば、雷が鎖のように巻きつきケルピーの全身を流れた。悲鳴を上げて動きを止めるケルピーにイザークが動く。


 魔力の籠められた剣に淡い紫の炎が纏い、イザークは剣を大きく振るった。駆け巡る紫の炎がケルピーを包み込む。


 炎の中でぐちゃり、ぐちゃりと切り裂かれ、内臓が、血が飛び散っていく。ぱんっと弾けたかとおもうと、炎はすっと消えた。地面に散らばる残骸にケルピーの面影はない。



「すごい……」



 一部始終を見ていたエマたちが言葉を漏らす。ツバキはふっと息を吐いて鉄扇を閉じてエマたちの方へと近寄る。



「大丈夫かしら?」

「はい、大丈夫です」



 エマの返事にツバキがアーバンの方を見ると、彼はなんとも申し訳なさげにしていた。まだ痛むだろう腹部を押さえている。



「キミは理解しているのか」



 イザークの低い声がアーバンにかけられる。彼は黙って頷いた、自身が勝手に動いて窮地に陥ったことに。


 叱られると思っているのか、ぎゅっと目を瞑っている。ツバキもこれは怒られても仕方ないなと思った。仲間を助けたかったとはいえ、勝手に行動してしまったのだから。



「助けたい気持ちはわかる。だが、無鉄砲に向かっていくのは得策ではない。分かるな?」


「はい」


「それが分かっているのならもういい。急いで町へ戻って医者に診てもらいなさい」



 イザークはそう叱るとそれ以上のことは言わなかった。ちゃんと理解しているのであれば、言うことはないということなのだろう。ツバキはそう解釈してから、アーバンに「歩ける?」と問う。


 アーバンは立ちがろうとするが痛みで思うようにいかないようだ。ツバキはその様子にロウに「大きくなって」と指示を出した。本来の人よりも大きいサイズにロウが変化すると、その背にアーバンを乗せた。


 もちろん、アーバンだけでなくエマたちも驚いていたのだが、説明をするのも面倒なので「ロウはこういう生き物なの」と言っておいた。



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