第9話 竜の瞳を持つ彼は彼女の頼みを断れない



 カラムーナの町から東に行った先に山へ繋がる森がある。樹海とまではいかないものの、広いその森の側に集落のようにぽつぽつと家が建っていた。


 ギルドへと依頼した男はここ最近、農作物を食い荒らされているので魔物が近くにいるのではないかと思ったらしい。けれど、確証というのがないのでその調査をしてほしいというものだった。


 もし、魔物が近くに巣を作っているのならば、追加で依頼をするとのこと。ツバキは話を聞いてその荒された畑へと向かった。


 畑はまだ荒らされたばかりのようで、その痕跡がまだ残っていた。壊された柵は応急処置のように板で固定されている。土を掘り起こしたような跡がいくつもあった。


 獣の足跡があったので、荒らしたのはこの足跡の主だろう。あちこちに点在していることから複数体いるのではないだろうか。


 ロウが足跡の匂いを嗅いで「獣臭いな」と呟いた。



「魔物じゃない?」

「魔物の匂いもする。獣類だろう、恐らく」

「荒らし方を見るにボアコだろうな」



 掘り起こされた土に触れてイザークが言った。ボアコとは猪のような姿をした魔物のことだ。黒毛で瞳は赤く、鋭い牙を持っている。下級魔物の一種で、獣系に分類されるものだ。


 農作物を食い荒らすこともある害獣であることから、よく駆除依頼が来るらしい。この現状を見るにそれが一番、可能性が高いだろうということだった。



「山から降りてきたのだろうな」

「まだ森にいるかしら?」

「大食らいのやつは残っているかもしれない」



 ボアコは個体よってはよく食べる。意地汚いものならばまだ残って荒らす機会を待っているかもしれない。住処は山の中だろうが、一時的な休息場はあるはずだとイザークは言う。



「なら、探しましょう。ロウ」

「承知した」



 くんくんと臭いを嗅いでロウが歩き出す。予想通りに彼の足は真っ直ぐ森へと向かっていた。


 獣が通ったように草木が折れている。ここを何者かが通っていったのは見て取れた。踏みしめられてできたその獣道を歩くロウに二人は着いていく。


 生い茂る木々の隙間から日が溢れ、小鳥の囀りが響く。時折、吹く風に枝葉が揺れて鳴いていた。周囲に魔物の気配というのは無く、静かなものだ。それでも警戒を解くことなく前へと進む。


 それから暫く歩いた頃、もう随分と奥へと入っていたがロウが足を止めた。そこは少し拓けていて、見てみれば草花が踏みしめられており、寝床のように見える。



「ここで間違いなさそうだ」



 くんくんと臭いを嗅ぎながらロウが言う。ツバキは周囲を見渡してみるも、ボアコの姿も気配もない。イザークは踏みしめられて作られた寝床に触れ、観察する。



「まだ、新しいな」

「なら、近くにいるのかしら?」

「その可能性はある。あまり長居はしない方がいいだろう」



 ボアコの数にもよるがこの場で戦うのは得策ではない。イザークの判断にツバキは狭いこの空間ではそうだなと納得する。


 駆除するにもその依頼を受けていないのだ。まずは調査依頼を完遂することが先なので、ツバキはひとまず戻ることを提案した。それにイザークが了承し、ボアコの休息場から離れる。


 来た道を戻っているとイザークとロウが立ち止まった。彼らは同時に同じ方向を見ると警戒態勢へと入る。それを見て、ツバキは何かあったのだろうとイザークの後ろに下がって目を向けた。


 耳を澄ましてみる。静かな風に揺れる枝葉の音とは別の、そう走るような足音がしていた。


 ざっざっざと草を踏み、枝を折る音がしたかと思うとそれは飛び出してきた。黒毛の猪のような見た目をしたそれが駆けてくる。イザークは素早く太刀のような剣を抜くと構える。


 それは目の前のイザークに突進する勢いで迫ってきた、その刹那。血を噴き出して倒れた。魔物が反応するよりも早く、イザークが剣を振るったのだ。


 無数に切り裂かれて地面に倒れるそれはボアコだ。見えなかったけれど、おそらく土属性の派生で風を扱った魔法を剣に籠めたのだろう。ツバキはその速さと技に驚く。



「あー、ごめんなさい!」



 声がしてボアコから視線を逸らせば、明るめの茶色の髪を三つ編みに結った女が駆けてくる。黒いローブに杖を持った彼女は、ずれる眼鏡を押し上げて二人の前に立つと頭を下げた。



「害獣駆除してる最中で一匹逃げちゃって……ごめんないさい!」



 どうやら別の依頼主からボアコの駆除を依頼されたギルドメンバーだった。彼女の他にも三人いて、四人でパーティーを組んでいると話してくれた。


 ヴァイスランクが三人のグリューンランクが一人からなるようで、今回のような害獣駆除の依頼は初めてのようだ。それを聞いてイザークは「少々舐めすぎではないか」と苦言する。



「ボアコは確かに下級魔物の中でも弱い。ヴァイスランクでも請け負える部類なのだろうが、少数の群で動く。一体ずつ倒すのと複数体同時に戦うのとでは勝手が違う。こうやって逃してしまっているということは手こずっているのだろう」



 イザークの指摘に彼女は何も言い返せず、「はい」と頷いた。


 パーティーを組んだのはつい最近で戦闘経験はほとんどなく、チームワークというのもうまくできていなかったのだという。それでは例え下級魔物であっても手こずるだろうとツバキも思った。



「おーい、エマ、無事か!」



 エマと呼ばれた彼女は振り返ると、そこには軽鎧を着込む金髪の男が女二人を連れてやってきた。「アーバン」とエマは彼に駆け寄る。


 アーバンはイザークを見て「竜人っ!」と驚いたように声を上げた。彼の竜の瞳を見れば誰でも気づくことではあるのだが、毎回こう反応されるのも大変だなとツバキはイザークを見遣る。


 イザークは特に気にしている様子は見せず、アーバンに「キミがこのパーティーのリーダーか」と問うた。彼が返事をすれば、イザークはエマに言ったように「舐めすぎている」と話す。


 話を聞いてアーバンも言い返せず、頷いていた。側にいた女二人も「もっとしっかりすべきだった」と反省している様子を見せる。



「経験を積まぬ以上は戦い方を覚えられない。だから、依頼を受けるのを止めはしないが、作戦や連携の仕方はしっかり決めるべきだ」


「その通りだ、すまない……」



 迷惑をかけたとアーバンは謝罪した。それにツバキは「気にしてないから」と答える。イザークが倒したのでツバキにもロウにも被害は出ていない。彼も怪我をしたわけでもないのだ。反省しているのであればそれ以上、責める必要はない。


 ツバキは「次からは気をつけて」と声をかける。ロウは「少し優しすぎる気がするがな」と呟くが、ツバキにこらっと叱られて黙った。



「あの、二人はグリューンランクってことは同じギルドだよな?」

「この周辺だとカラムーナのギルドが一番、近いからそうなるだろう」


「よかったら、手伝ってくれないか?」



 実は狩り損なったボアコが残っているのだとアーバンは申し訳なさげに話した。エマが心配でこっちにやってきたのだと。それを聞いてイザークは眉を寄せる。



「四人いるのならば、二人は他のボアコの見張りに当てるべきだろう。前にはでず、物陰から隠れて様子を見ることはできるはずだ。それに一匹相手ならばヴァイスランク二人がかりで倒せなくはない。全員で来てはどこに逃げたのかすら分からない」


「……その通りです、すみません」


「二人でも無理だと判断すれば撤退もできる……と、今言っても無駄だな」



 なんともお粗末な行動にイザークは溜息を吐く。四人はへこんだように俯いているのを見て、ツバキが「ロウなら追えるわ」とロウの頭を撫でた。



「この子なら匂いで追える」

「手を貸すというのか、ツバキ」

「だって、困っているのに放っておけないじゃない」



 同じギルドのメンバーなのだ。助け合うのは当然だろうと言うツバキにイザークは渋面を見せる。


 ツバキの言い分は分からなくはない。ギルドというのは個々に依頼を受けていくことがほとんどだが、協力する場合もある。助け合うことで知り合って仕事に繋げることも大事で、言い方は悪いが恩を売っておくことで情報提供や協力を要請しやすくなるのだ。


 ツバキはそれもあるが困っている人を放ってはおけないという感情もあった。それをイザークは察しているのだろう。何か言いたげにしているけれど、諦めたように小さく息を吐いた。



「ツバキが手伝うというのなら、手伝おう」

「ありがとう、イザーク」



 ふっと笑みを見せてツバキは礼を言うと、ロウに「お願いね」と伝える。ロウは仕方ないなといったふうに臭いを嗅ぎ始めた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る