第二章……彼はもはや感情を隠す気がない

第8話 竜の眼は虫除け以上の効果があるがやりすぎは良くない



 ギルドの建物内はメンバーたちで賑わっている。酒を飲んでは受けた依頼の話や、自慢話、はたまた魔物の情報交換など様々な話題で盛り上がっていた。


 それを横目にツバキは今日も掲示板を眺め、依頼を吟味していた。その側にはイザークとロウがいる。


 イザークとパーティーを組んでから数日が経つのだが、彼は魔物に詳しかった。一人で旅をしていたからなのか、それとも他に理由があるからなのかは分からないが、魔物の特性や戦い方を熟知しているのだ。


 戦い方にも無駄はなく、動きを最小限に的確に急所を狙い倒している。それは熟練された動きに見えて、ツバキは彼はもしかしたら戦うことに関する仕事についていたのではないかと思った。


 見た目はそう騎士そのものだ。黒い鎧は立派なもので、並の人間が手にできるものではない。太刀のような剣も特殊な加工が施されているようだった。


 そこまで把握してもツバキはイザークに問うことはしなかった。旅をしていた理由も、その前は何をしていたのかも。誰にだって聞かれたくないことはあるだろうからと。


 ツバキも話さなくても良いのならば、イシュターヤの地に来た理由は言いたくはない。幼馴染に裏切られて婚約者を寝取られて、婚約破棄をされて、家を追い出されて自害したなど聞いても面白くはないものだ。


 イザークもツバキとロウのことを詳しく聞くことはなかった。それはツバキと同じように思ったのかもしれないし、興味がなかったからかもしれない。けれど、ツバキは聞かれないことをいいことに黙っていることにした。


 いくつかの依頼に目星をつけてツバキはイザークにどれがいいのかと相談する。



「これはロウが探せると思うのよね」

「彼の鼻は効くからな。しかし、魔物の住処は危険だ」



 魔物の住処の特定の依頼を手にツバキが言えば、イザークは住処というのは危険なのだと話した。


 魔物が住まう場所、種類にもよるが群や番いをなす場合は危険度が上がる。数に圧されることもあるが、魔物のテリトリー内というのは不利に働く。勝手がわかっている相手に有利に働く条件で戦うというのは、慣れた者でなければ怪我だけでは済まない。


 ツバキはそんな場所で戦ったことはないので、イザークが前線に出るとはいえ彼に負担を強いるかもしれないなと話を聞いて考える。


 ただ、今回のは住処の特定だけなので深入りさえしなければ良いのではないのかとも思うのだ。



「特定だけなら問題ないと思うの。戦わずに状況を確認するだけでいいし」


「魔物に見つかった時のことを考えるとあまり勧められないが」

「イザークよ。心配する気持ちもわかるが、過保護にしても育たぬぞ」



 イザークの心配にロウが苦言する。心配する気持ちはわからなくもない。けれど、戦わずにしては、経験していかなければ人というのは成長しないのだ。何でもかんでも危険だ、難しいと避けさせては何も覚えることはできず、ギルドのメンバーとしても育つことはない。


 ロウは「多少の危険も経験させねばならん」と言う。それによって多くのことを学び、自身の力量を理解できるのだと。そう言われてはイザークも言い返せない。ツバキはギルドのメンバーとして活動しているのだから、戦いや調査などの経験は積むべきなのだ。



「ワシとそなたでフォローすれば良いだろう」

「……そうだな、わかった」



 どうやらロウに諭されてイザークは納得したようだ。ツバキはじゃあと依頼の紙を掲示板から剥がす。それをイザークが取ると「俺が受けてこよう」と受付の方へと向かった。


 ツバキもそれについて行こうとすると「ねぇ、お嬢ちゃん」と声をかけられた。振り返るとすぐ側に男が立っている。


 短い白金の髪に軽鎧を着こなす男は、爽やかな笑みを見せながら「新人だろう」と話けてくる。グリューンランクに上がったとはいえ、まだ入りたてであることには変わらないので、ツバキはそうですねと返す。



「オレはアンセルムって言うんだ、君は?」

「私はツバキだけれど……」

「ツバキちゃんか! 可愛い名前だね。どうだい、オレのパーティーに入らないかい?」



 入りたてだとまだ分からないこともあるだろうと、アンセルムは人良さげな顔で提案してくる。あっちにオレのパーティーメンバーがいるんだと指さした場所には、女が四人ほどテーブル席についていた。


 どの人も可愛らしかったり、美人だったりと顔の良いギルドのメンバーだった。ツバキは女性しかいないということが引っ掛かり、ロウをちらりと見遣る。彼はじっとアンセルムを睨んでいた。



「ごめんなさいね。私はもう他の方と組んでいるの」



 ロウの様子に近寄ってはいけない人種だろうと判断して断る。それに今のところはイザークと二人で組んでいくつもりだったので、他のパーティーに入る理由がなかった。


 けれど、アンセルムは「いいじゃないか」と引き下がらない。



「ツバキちゃん可愛いし、一人だと危険だよ」

「いえ、一人ではないので気になさらず」

「オレ、ロートランクだし君を守れるからさ」



 ロートランクというとかなり上のランクだ。それは凄いなと彼の胸に付けられた赤い宝石のついたバッジを見る。


 ロートランクに認められたのだから実力はあるのだろう。とはいえだ、なんとも馴れ馴れしいく、ツバキはこういったタイプが苦手だった。断るのだがなかなか諦めてはくれない。



「いいじゃん、おいでよ。君ぐらいならオレが守れ……」

「ツバキを守るのは俺の役目だが?」



 アンセルムがツバキに触れようとしたその手は、イザークによって払い除けられた。イザークはツバキの腰に手を回し、身体を引かせるとその竜の瞳でアンセルムを睨む。


 ぞっとするようなその鋭さにアンセルムは一歩、後ろに下がった。「竜人」と小さく呟く声がして、ツバキはイザークにくっつく形でその様子を眺める。



「ツバキを守るのは俺だ、引け」

「はぁ? 竜人だからって調子に乗るなよ。オレはロートランクだぞ」

「ランクがどうした。ランクだけでは人は守れんぞ」



 力の強さ、判断力、知識。それらがあってこそ、戦うことができ、誰かを守ることができる。ランクが上だろうとそれが欠けていれば意味はない。イザークは「ランクを掲げて偉そうにしているだけでは意味がない」とはっきりと言い放つ。



「偉そうに言いやがって……」

「俺は当然のことを言っているだけだが?」

「こんな偉そうな奴より、オレの方がいいってツバキちゃん」

「気安く近寄るな」



 唸るような声だった。それは威嚇するような、今にも襲わんとする威圧を含んでいた。それにはアンセルムも驚いたのか、肩を跳ねさせる。ツバキはどこからそんな声が出るのだろうかと目を丸くさせていた。


 竜の瞳が細まる、狙いを定めるように。これはいけないのではないか、ツバキが声をかけようとして、遮られる。



「アンセルム、いい加減にしなさい」



 金髪の長い髪を流したスタイルの良い女が歩いてやってきた。彼女は呆れたようにアンセルムを見ている。その耳は尖っていたので、エルフだとツバキは気づいた。


 エルフの女はアンセルムの耳をつねって引っ張ると「ごめんないねぇ」と口元に手を添える。



「この人、可愛い子には目がないのよ。今日のところは見逃してくださらないかしら?」



 エルフの女は笑みを作っているけれど、少しばかり引き攣っている。怒れる竜を前に恐れながらも冷静さを保っているといったふうだ。



「ディアラ、オレはっ」

「黙りなさい、アンセルム。怪我したくないでしょう!」



 ディアラと呼ばれたエルフの女はアンセルムを怒鳴ると再び笑みを作る。



「とりあえず、引き下がるから。彼の機嫌をとって頂戴、お嬢ちゃん」

「え?」



 ディアラはテーブル席にいたパーティーメンバーに声をかけると、アンセルムを引きずりながら建物から出て行った。それはもう早い動きにツバキは声すらかけらなかったほどだ。


 それを見ていたロウが「逃げたな、あれは」と呟く。イザークの覇気にこれ以上は怪我をするだけでは済まないと察知したのだろうと。


 そうだ、イザークとツバキが彼を見れば、まだその竜の瞳は鋭かった。周囲で様子を見ていた他のメンバーもその形相にひっと悲鳴を上げている。



「イザーク、もう大丈夫よ?」



 慌ててツバキが声をかけると、イザークは「あぁ」と返事をした。いつもより少し低い声だったので、まだ何か思うことがあるのかもしれない。ツバキはこの状態でこの場にいるのは周囲を怖がらせるだけだろうと思い、彼の手を引いて建物から出た。


 少し町を歩いて引いていた手を離そうとすると、イザークにぎゅっと握り締められる。



「イザーク?」

「すまない、少しばかりやりすぎた」

「だろうな。あの覇気は少々やりすぎだ」



 謝るイザークにロウが言う、ギルドの建物内での喧嘩は禁止されているぞと。外でやる分には余程のことでなければ咎められはしないが、室内では他のメンバーに迷惑をかけてしまう。そうなれば、ギルドの管理人であるヴァンジールが出てきていたはずだ。



「人が竜人に力で敵うことなど無いに等しいのだから手は出すでない」


「あちらから何かしてこないかぎり、手を出したりはしない。少々、苛立ったんだ」


「それの気持ちはわからんでもない。ワシもあの男はいけ好かないからな」



 軽口を叩き、女を侍らせている男というのに碌な人間はいないのだとロウは言う。ツバキも女癖の悪い男に良い印象はないなとそれに頷いた。



「ツバキ、すまない。怖がらせてしまった」

「まぁ、その、ちょっと驚いただけだから。もう大丈夫よ?」

「それでも……」


「イザークは私を助けるためにやっただけでしょう? ちょっとやりすぎたかもしれないけれど、ちゃんと手は出さずに我慢したじゃない」



 やりすぎたなと反省できるのならば問題ないとツバキは言って、イザークの手を握り返した。


 優しく笑みを見せて「ありがとう」とツバキが告げる。イザークはぐっと喉を鳴らしてその言葉を噛み締めた。



「反則が過ぎる……」

「どうかしたの?」

「ツバキ、深く問うな。イザークなら問題ない」



 片手で口元を覆い呟くイザークを不思議そうに見つめるツバキだったが、ロウからそう言われて大丈夫ならいいかと深く問うことしなかった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る