第7話 フラグを立てたが本人は気づいていない(ロウの溜息)
「いや、これ大物のレーヴァキメラだからね?」
ギルド裏の素材加工場にツバキたちはいた。レーヴァキメラのような魔物というのはその角や牙、爪などが素材となる。それをギルド側が買い取ることもしており、ツバキはせっかく倒したのだからと持ち帰ってきたのだ。
素材の加工などを担当しているドワーフの男は「ここまで一撃で仕留めてるのは見ないよ」と驚きよりも呆れが見えていた。
ギルド側ではレーヴァキメラというのは下級クラスではあるけれど、中の下といった位置付けらしい。ヴァイスランクには頼めない、グリューンランクが請け負うレベルなのだと教えてくれた。
それにイザークが倒したレーヴァキメラは大物の部類に入るものだった。ドワーフに呼ばれたヴァンジールがふむと顎に手をやる。
「分かっていたことではあるけれど、竜人にはヴァイスランクは軽すぎたな」
ヴァンジールはこうなることを予想していたようだ。二人の情報が記載された用紙にすらすらとペンを走らせると、ポケットから緑の宝石がついたバッジを取り出した。
「君たち二人をグリューンランクへ昇格させよう」
「彼はいいとしても、私もですか?」
「君は二属性使いだ。それに聖獣を従えているので近いうちにランク昇格するだろうと思っていたのでな。ついでだ」
それにパーティーを組んでの依頼はというのは、そのパーティー全体の評価となる。受け取れと渡されるバッジを二人は手に取って、つけていたヴァイスランクのバッチをヴァンジールに返した。
ヴァンジールは「君たちの活躍に期待しているよ」と言って、ギルドへと戻っていった。その背を見送ってからツバキはバッジを身につけると、ロウのもふもふの胸元にバッジを固定する。
ドワーフは魔物を解体して、査定を終わらせたようで「ほら、持ってけ」と袋を差し出す。中には硬貨が入っており、そこそこの金額だった。
もう行ってもいいようなのでツバキはイザークたちを連れて加工場を出た。そこで彼の宿舎の手配がまだったことを思い出す。
「貴方、まだ宿舎の手配ができてなかったわね。今から行きましょう」
「それは構わないのだが、一ついいだろうか?」
「何かしら?」
「名前で呼んでほしいのだが……」
名前で。そう言われてそういえば呼んでいなかったような気がする。ツバキは「ごめんなさい、気づかなかったわ」と口元に手を添えた。全くの無意識でやっていたことだ。名前を聞いておいて、呼ばないとは失礼なことをしたなと詫びる。
イザークはそれほど気にしているというわけではなかったようで、「謝ることではない」と返した。
「えっとイザークさ……」
「呼び捨てで構わない」
「年上の方には敬意をと躾けられたのだけれど……」
ツバキは和国ヒノハナの令嬢だ。目上の人間や年上の特に男性には敬意をはらえときつく躾けられていた。呼び捨てなど論外、例え婚約者であっても、夫であってもそんなふうに呼んではならないと。
なので、イザークに「俺は気にしない」と言われてもツバキは気になるのだ。男性を呼び捨てにした経験などない。兄のことだって兄上様としか呼んだことがないのだ。
どうしたものかと悩ませていると、イザークがまたしゅんとしたふうに眉を下げる。その子犬みたいな仕草はなんだとツバキは突っ込みたかったけれど、無自覚そうだったのでやめておく。
「イザーク、で良いかしら?」
初めて呼び捨てにして少しばかり緊張したけれど、イザークはそれでいいと嬉しそうに目を細めた。まだツバキは慣れてないのだけれど、呼び続ければ気にならなくなるだろうと思うことにする。
*
「宿舎利用の手続きね、それはいいのだけれど……ちょっと部屋がね」
宿舎へと向かい、イザークの宿舎利用の手続きをアリーチェに頼むと彼女は手続き用の用紙を取り出しながら困ったような表情を見せた。
「何かあったのかしら?」
「今、一人部屋の空きがないのよ。増築中ではあるんだけど、ツバキさんは聖獣さんが一緒だから二人部屋がいいかなって案内したの」
ここ最近、加入者が増えて一人部屋の空きがなくなったのだという。増築中ではあるが、完成するまでにもう少し時間がかかるのだとアリーチェは話した。
「二人部屋も残り少なくて……」
「俺はツバキと同じで構わないのだが」
「はぁえっ!?」
イザークの言葉にアリーチェは変な声を上げる。持っていた用紙をはらりと受付のテーブルへと落とした。
ツバキはそれもありかと思ってしまった。二人部屋ではあるけれど、ロウはツバキの側で寝るためベッドに空きがある。一人で二人部屋を占領するよりは良いのではないかと。
「まぁ、効率は良いわよね」
「ま、待ってください! 看病中は仕方なかったとはいえ、彼はもう元気ですよ!」
「そうだけど、二人部屋も空きが少ないのでしょう?」
「いや、まぁ……そうなんですけども……」
一人部屋と二人部屋は人気だ。四人部屋というのはパーティーメンバーが多いギルドメンバーしか使わない。けれど、アリーチェは色々と突っ込みたいようで、ツバキに「大丈夫なんですか!」と言う。
「男性ですよ!」
「そうね。でも、私一人ってわけじゃないし」
そう、ツバキには聖獣であるロウが一緒にいる。彼女の側に付き従っているため、何かあれば容赦しない。ロウは「まぁ、喰らうけども」と言う。
「ツバキに同意なしに何かあれば喰らうけども」
「待って、喰らうのは不穏すぎません!」
「全力で喰らうほかないだろう。娘のように可愛がっているのだぞ」
「それはそうですね、仕方ないです」
信用がないのはまだ会ってから日も経っていないので仕方ない。とはいえ、多少は傷つくのかイザークはなんとも寂しげだ。
ツバキはロウがいるから大丈夫かなと思っているのだが、これは危機感がないと言われても仕方ない気もした。ただ、パーティーを組む以上、イザークを信用しなくてはならない。
試すつもりというと酷い言い方になってしまうが、彼がどういった竜人なのかを知るにはちょうど良い機会だと思ったのだ。
「まぁ、こちらとしては部屋を空けられるので助かるのですが……」
「ちなみに何かあった場合、多少壊しても良いだろうか」
「聖獣さん、何するつもりですか……まぁ、多少ならいいですけども」
「それは助かるな。竜人と戦うとなるとそうなるだろうから」
「戦う気でいないでくれ、ロウ。聖獣相手に俺は戦いたくはない」
ロウの言葉にイザークが困ったように返す。彼の強さならば聖獣相手でも立ち向かえそうなのになとツバキが思っていると、「聖獣の呪いはタチが悪い」と言われた。
聖獣とは奇跡を起こせる力を持っているだけあり、寿命や不慮の事故のような死に方以外、例えば殺された場合にはその力を呪詛に変えて相手を呪う。
死ぬよりも苦しく、悲惨な人生を歩むことになるため、聖獣に手を出すものはそういない。そんなことをするのは余程の命知らずぐらいだ。
「なるほど、それなら大丈夫か」
それを聞いたアリーチェが納得したように頷く。誰も呪われたいとは思わないだろうし、ましてや聖獣の呪詛など悲惨な結果しか待っていないようなものを好き好んで受けないだろう。
アリーチェは用紙に同室であることを記載して鍵をイザークに渡した。「無くしたら作り直すのにお金かかりますからね」と注意する。
「それでは、気をつけて」
「ありがとう」
アリーチェに見送られて二人は充てがわれた部屋へと戻る。やっと戻ってきたなとツバキがうーんと背伸びをした。腰に差していた短刀をベッドサイドに置いてからベッドに座るとロウを呼ぶ。
呼ばれたロウがベッドに乗って寝そべった。ツバキはそのもふもふな毛を撫でる。白狼であるロウはもっふもふのふわふわな毛触りで触っていて飽きない。抱きついてよしよしと撫でていると視線を感じたので顔を上げる。
鎧を脱ぎながらじっとイザークがその様子を見つめていた。なんだろうかと見つめ返せば、なんとも羨ましげだった。
「どうかしたの、イザーク」
「……いや、別に」
なんだ、その含みのある言い方は。と、突っ込んでやりたかったのだが、イザークが隣のベッドに腰を下ろしたので言うタイミングを逃した。
なんだったんだろうなとロウをもふもふしていると、また視線を感じたので見遣ればイザークに観察されている。
「……何」
「いや、特に」
ツバキはふむと考える。ロウを撫でてると彼は見つめてくるので、それが関係しているのかなと。
「撫でる?」
「それは別に」
「じゃあ、撫でてあげましょうか?」
冗談っぽくそう言ってみると、イザークが少しばかり動揺したように目を泳がせた。それはもしかして、そういうことかとツバキは感じとる。
よっとベッドから立ち上がってイザークの前に立つと、ほれと頭を優しく撫でてやった。
「イザークは強いのね。あれは凄かったわ」
イザークを褒めながら微笑めば彼は目を見開いて暫く固まる。その反応に違ったかなとツバキが撫でるのをやめようとすると、腰に手を回されて抱きしめられた。
「キミ、それは反則だろう……」
「何を言っているのかよくわからないのだけれど」
胸に額を当てて抱きしめてくるイザークにツバキは彼の肩をぽんぽんと叩く。けれど、離れてはくれなかったので、ツバキは仕方ないなとまた頭を撫でた。
それから暫くそのままだったのだが、ロウから「いい加減にしろ、竜人」と体当たりされてツバキは解放された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます