第6話 うわっ、強い……(引き気味)
イザークを助けて七日目、彼の体調はもうほとんど回復していた。その治癒力にツバキは驚くばかりだ。彼の鍛え上げられた身体に黒い鎧が身につけられる。兜は元々付けていなかったようだ。太刀のような剣を腰に差すとイザークは振り返った。
見た目は騎士だ。王に仕える騎士団に入っていると言われれば、信じるぐらいには完璧な着こなしだった。
「見た目は騎士様みたいねぇ」
「……それはどういう意味で受け取ればいいのだろうか」
「とてもかっこいいわよって意味で」
素敵ねとツバキが言えば、イザークが言葉に詰まるように黙って視線を逸らす。照れているのかなとツバキはくすくすと笑う。
「キミね……」
「準備ができたのなら、ギルドまで行くわよ?」
イザークの言葉を遮ってツバキは「ほら」と手招きをして部屋を出た。宿舎の受付までやってくると、アリーチェが「あ、回復したんですね!」と声をかけてくる。
「さすが、竜人ですね……あの傷を短い期間で直すとか……」
「アリーチェさんありがとう」
「いえいえー。ツバキさんも大変でしたでしょう。一緒にいるってことは竜人さんもギルドに?」
「あぁ、そのつもりだ」
ギルドに入っておけば依頼受けれますからとアリーチェは「無茶な旅よりはマシですよ」と言う。彼女の言葉に無茶な旅をしているというのが、ツバキ以外にも伝わっていることを知ってかイザークは眉を下げた。
そのまま宿舎を出てすぐ側に建つギルドの建物までイザークを連れていく。大きい扉を押して入れば、受付にいた老年の男が顔を上げた。
「おや、君は七日ぶりぐらいだね……その隣に立っているのは竜人かい?」
「この方のギルド加入の手続きをお願いしたいの」
ツバキは受付まで歩むとそう言ってイザークを紹介した。受付の男は「問題ないよ」と紙を取り出して、イザークに名前と年齢、出身国を聞いていく。彼は二十七歳で出身国はイシュターヤだった。
「二十七歳……」
「どうした、ツバキ」
「いえ、もう少し年上かなと思っただけ……」
「……よく言われる」
ツバキの言葉にイザークは眉を下げて言う。どうやら少し老け顔なところを気にしているようだった。これはいけなかったなとツバキは「ごめんなさいね」と謝る。
「えーっと、いくつか質問していくんだが得意属性を教えてくれ」
「火・土・闇だ」
「ヒュー、さすが竜人だ。三属性なんてエルフと竜人ぐらいだぜ」
三属性を扱える人間はいない、魔力の質と量が足りないのだ。エルフや竜人、或いはそれらの血を引くハーフならばその限りではない。彼らの魔力の質と量は人間の倍以上だ。
言われ慣れているのか、イザークは特に言葉を返さない。そんな態度を気にするわけでもなく、受付の男が「身分証はあるかい?」と問う。彼は「今はない」と答えた。
「あー、もしかして一時期、何処かに身を置いてたね」
「ギルドには加入したことはない」
「そうかい、それなら問題ないね。あとは……」
受付の男の質問にイザークが答えていけば、あとは力量を測るだけとなった。受付の奥からやってきたヴァンジールはイザークを見て「竜人か」と呟く。
「うちでは初めてだな。竜人は大抵、大きな都市に身を置く」
「そうだな、その方が仕事が旨いからな」
「君がここで良いというのならこちらは断る理由はない。手を出してくれ」
イザークが手を出せば、ツバキの時にしたように手のひらに水晶を置いた。それはすぐに反応し、金に近い黄色へと変わる。それを見たヴァンジールが「だろうな」と頷く。
「安定の三属性使い。分かっていたが、君は合格だ」
そう言って白い宝石がついたバッジをイザークに渡す。それを受け取った彼は腰のベルトにつけた。
ヴァンジールはツバキの方を見てから「なるほど」と呟く。それに気づいてなんのことだろうかと首を傾げれば、彼は「深い意味はない」と言われた。
「君はこの先、少々男に振り回されるだろうと思ってね」
「男に」
「男難の相が濃くなっているので」
ヴァンジールは「まぁ、気をつけていればいいよ」と言って受付の奥へと引っ込んでしまった。なんだ、その忠告はとツバキは眉を寄せる。
男難と言われると思い当たる節がある。婚約破棄されたのも婚約者が幼馴染に乗り換えたからだ。自分を一番責めたのは父だったし、兄は助けてもくれなかった。イザークに関してはまだよく分からないのでなんとも言えないのだがと、彼を見る。
「……否定できない」
「私は別に貴方に関しては特にまだ何も思ってないのだけど」
「迷惑をかけた自覚はある」
「そう……」
なんとも渋い表情を見せるイザークに「気にしていないから」と一応、声をかけてから、掲示板の方へと歩いていった。
まだヴァイスランクであるので受けられる依頼というのは少ない。こつこつとこなして次のランクであるグリューンに上がりたいところだ。ツバキは何が良いだろうかと出されている依頼を眺める。
ロウは鼻が効くので物や魔物を探す類の依頼は解決しやすい。薬草集めもそうだ、匂いを嗅がせれば探してくれる。それらの依頼を見ていると、最近入ったものに目が止まった。
インプと呼ばれる妖精に近い魔物に家畜を奪われたというものだ。家畜の安否確認とインプの退治の依頼だ。
彼らはどういった魔物だったか。確か幼児ほどの体格で悪戯好きだが、家畜に悪さをし、時に喰らうのだと聞いたことがある。魔物を探すのならばロウの鼻が利くなと思い、依頼の紙を手に取った。
「それを受けるのか」
「ロウは鼻が利くから探し物は得意なの。あと、インプぐらいならロウだけでも始末できるかなと」
「小物ならばひと噛みだ」
ロウは今は狼と何ら変わらない姿をしているが、本来は人よりも大きい。その牙ならばインプのような小柄な魔物は頭を噛み砕かれるだろう。それを説明すればイザークは納得したようだ。
「これ受けようと思うけれど貴方は問題ないかしら?」
「特にはない。その魔物ぐらいならば、俺でも対処はできる」
「なら、これにしましょう」
依頼を受けることにしたツバキは受付へと向かった。
***
町から少し離れた牧草地にツバキたちはいた。依頼主の男が荒らされた山羊小屋を見せてくれる。柵はばらばらに壊され、小屋は見るも無惨な姿となっていた。
小さな足跡がいくつかあり、ロウが匂いを嗅ぐと「魔物だな」と呟く。いなくなった山羊は二匹だと男は言う。
「妊娠中の山羊を奪られちまってなぁ」
「なるほど……」
「生きてはいないだろうけど一応、確認頼むよ」
依頼主の男にそう言われてツバキは返事をするとロウの頭を撫でる。それを合図にロウが匂いを嗅ぎながら歩き出した。ツバキとイザークはそれについていく。
牧草地から離れたところには森があって匂いはそこからするようだ。ロウは迷うことなく森へと入っていった。
少し奥へと入るとロウは足を止める。すんすんと鼻を動かしてツバキの方を振り返った。
「すぐ側にいるが、
「仕留められるならば」
ツバキが答えれば、ロウは身体を淡く光らせて身体を大きくさせる。本来の大きさまで戻すとたっと一気に駆け出した。それは風のように早く、目で追うのがやっとだ。
イザークはそれに少しばかり驚いた様子だった。ツバキは遠くを見つめながら「近くってどの辺よ」と呟く。ロウの言う近くというのは人間のツバキには遠くに感じたりもする。
とりあえず、ロウが走っていった方角へと二人は歩いていった。
近く、とは。と、突っ込みたい距離にロウはいた。森深くの場所でロウはその口に幼児ほどの大きさをした醜い魔物が頭から咥えている。噛み砕いたのだろう、血が滴り落ちていた。
周囲を見てみるとばらばらに食い散らかされた山羊の残骸が落ちている。生きている山羊は見渡す限りには見えないので、おそらく喰われてしまったのだろう。
ロウはペッとインプを吐き出す。頭を噛み砕かれて脳髄が飛び出たその姿にツバキは眉を寄せた。
「始末したが、どうするのだ」
「……一応、証拠だから見せたほうがいいのかしら」
とりあえず、見せるかとツバキがロウにまた咥えさせようとした時だ。ロウとイザークが同時に森の奥へと視線を向けた。
竜のような瞳が鋭く何かを捉え、ロウの耳が音を感じ取る。
「ツバキ、下がれ!」
イザークの声に慌ててツバキは下がるとロウが前に出て牙を剥く。イザークは太刀のような剣を抜くと構えた。
何かが駆け飛ぶような木々の枝葉を折る音がした瞬間だ、大きな影が飛び込んできた。あれは何か、ツバキが姿を視認する前にイザークが剣を振り、その影を勢いよく弾き飛ばす。
木に投げつけられたそれはめきりと軋む音を鳴らして地面に落ちる。それは獅子の身体に山羊のような厳つい角を生やした魔物だった。
「レーヴァキメラ」
その魔物は確か、レーヴァキメラと呼ばれていた。森深くに生息し、番で行動するのではなかっただろうか。倒れるレーヴァキメラは首を的確に狙って弾き飛ばされており、折れ曲がっていた。即死だ。
(え、あの一瞬で急所狙ったの?)
ツバキがそう声に出そうとするよりも先に、咆哮が響いた。はっと前を向けば、本来の大きさのロウと張るぐらいのレーヴァキメラが姿を表す。
彼らは番で行動する、おそらくこのレーヴァキメラが雄だ。番を殺されたことで怒っているのか、牙を剥き出し唸っていた。
ツバキはゆっくりと後ろへと下がる。今、自分が前に出るのは得策ではない。戦う力がないわけではないけれど、前に出ているイザークの邪魔になるかもしれないからだ。
イザークとレーヴァキメラが睨み合うも数秒、魔物の方が先に動いた。だっと地を蹴り、飛びかかる。イザークは太刀のような剣に力を込めると、刃に紫の炎が灯り、包んだ。
牙が、爪がイザークに当たる瞬間、剣を振るった。
それは呆気なかった。剣がレーヴァキメラに触れ、その身体を真っ二つに引き裂いた。溢れる血が噴水のように降り注ぐ。肉塊となった残骸がぐちゃりと地面に落ちて音を立てた。
瞬きをしただけでそれは終わった。ツバキは一瞬、何が起こったのか判断できなかったものの、すぐに事が片付いたのだと理解する。
「……うわ、つよ……」
ツバキの第一声はそれだった。なんだ、一撃で全部仕留めたぞと。そんな彼女に気づくことなく、イザークが振り返る。頬がそれはもう見事に赤く染まっていた。
魔物の血を目の前で浴びたのだから血だらけにならないわけがない。その見た目もだが、竜の瞳がぎゅっと細まっているのが少しばかり恐怖を駆り立てる。
ツバキは若干、引いていた。竜人の力というのは聞いていたがこんなにも強いのかと。全快していればあれぐらいの魔物ならば手こずることはないようだ。
「ツバキ、無事か」
「無事というか、無事でしょうね」
ツバキが何かするよりも早く全てを終わらせたのだ、無事なのは当然だ。ツバキがじっとイザークを見つめる。それに彼は「どうした?」と首を傾げた。
「無傷よね?」
「あぁ、怪我はしていない」
「……つよっ」
この間、数分といったところか。ツバキはイザークの強さを実感しつつ、手拭いを取り出すと彼の頬につく返り血を拭ってやる。
「血が凄いついてるわよ」
「あぁ、すまない……」
「……屈むのはいいけど自分で拭きなさいな」
ツバキが拭いやすくさせるためか、身体を屈めるイザークにそう突っ込むと、彼は「ダメだろうか」と眉を下げた。
なんだ、その頼みは。しゅんと落ちたように子犬の如く見つめる様子に、ツバキは仕方ないなと息を吐いてそのまま拭ってやった。
そうするとイザークが嬉しそうに微笑んだので、彼に尻尾がついていれば勢いよく振っているだろうなとツバキはそんなことを思ってしまった。
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