第5話 何故か彼と組むことになる
「聞いてはいたけれど、竜人の治癒力って高すぎないかしら」
ツバキは包帯を片手にイザークの腹部を凝視していた。彼の傷は完全に塞がっており、うっすらと傷跡が残っている程度だ。
彼を助けてから四日目の昼に入るのだが、普通の人間ならばまだ傷は治っていない。竜人の自然治癒力を目の当たりにして、ツバキはぺしぺしと傷跡を叩く。
「そう、凝視されて触られると困るのだが……」
「あぁ、ごめんなさい。竜人の噂は聞いていたけれど実際に見るのは初めてだから。にしても、すごいわね」
傷跡を見てもう包帯は必要ないなとツバキはベッドから腰を上げて、テーブルに置いてある薬箱の中に仕舞う。
「それなら湯浴みできそうね、入ってきたらいいわ。話は通してあるから大丈夫よ」
ギルドの宿舎の風呂は温泉が湧いていて、深夜帯以外であればいつでも入浴が可能だ。ツバキは事前にアリーチェからイザークが入浴する許可をとっていた。
はいとタオルを差し出せば、イザークはいいのだろうかといったふうにツバキを見つめてくる。
「許可取ってるから問題ないわ。ロウ、案内してあげて」
「分かった」
隣で寝そべっていた狼サイズのロウが起き上がる。イザークは渡されたタオルと着替えを手に部屋を出ていった。
さてとと、ツバキは彼の寝ていたベッドを見遣る。汗を吸っているだろうシーツを剥がして、枕を手に取る。土に汚れた髪のままだったこともあってか埃や土が付いていた。
窓を開けて枕を叩いて土埃を払ったら、ベッドのシーツを変えた。枕を置いて剥がしたシーツを畳むと籠に入れる。使ったシーツなどは各自で洗濯する決まりなので、後で洗濯場を借りようと決めてツバキは椅子に座った。
テーブルに置かれた薬箱に薬を仕舞いながら、この後のことを考える。
四日ほど、ギルドに顔を出していない。イザークの看病をしていたこともあって依頼を受ける時間はなかった。まだ資金に余裕があるとはいえ、依頼をこなして慣れていきたい。
「彼がどうするかなのよねぇ……」
完治したのならば後は彼の自由だ。また旅に出るのであれば止める必要はないのだけれど、無茶をするのではないかという心配がある。だからと言って、止める理由がツバキにはない。
ひとまず、イザークがどうするのかを聞いてから次のことを考えようと決めて、ツバキは昼食を頼むために部屋を出た。
*
テーブルに食事の乗ったトレーを置くと、椅子に座ってパンを千切って口に放る。もぐもぐと咀嚼していると部屋のドアが空いた。
ロウとイザークが戻ってきたようだ。ロウはすたすたと歩いてくるとツバキの足元に寝そべった。イザークは肩にかけたタオルで髪を拭いている。目が合ったので前の席をツバキは指すと促されるままに彼は席についた。
「食事が食べれそうなら食べて」
まだ食欲があるか分からないがイザークの分もツバキは昼食を貰ってきていた。彼は少しの間、トレーに乗っている料理を見ていたが、スプーンを手にしてスープに口をつけた。食べ進める様子に食欲は戻っているのだなとツバキは安堵する。
そのまま彼を観察をする。すっかりと元気を取り戻したように瞳には活力が戻り、湯浴みをしたばかりだからか、肩にかかる長いワインレッドの髪は水分を吸って少しばかり重そうだ。
壮年よりも少し若く見える整った顔立ちでは年齢が把握できない。自分よりは年上だろうなということしかツバキには分からなかった。
「その、」
「どうしたの?」
「いや……キミはギルドのメンバーなのだろう。パーティーを組んでいたりするのではないかと」
パーティーを組んでいるのならば、仲間に迷惑をかけてしまったのではないか。イザークの問いにツバキは数度、目を瞬かせる。
そうか、ギルドではパーティーを組むこともできるなとそこでツバキは気づいた。彼は女一人だとは思っていないのだろう。だから、ツバキは「私とロウだけだけど」と答えた。
「……一人だと、いうのか?」
「えぇ。貴方を拾った時にこの町に着いたの。まだ新米でパーティーなんて組んでいないわ」
「……年齢を聞いてもいいだろうか?」
「二十歳だけれど?」
ツバキの返しにイザークはなんとも言い難い表情を見せながら額に手を当てる。何かおかしなことを言っているだろうかと不思議そうに彼を見ていれば、「危機感を持ってくれ」と言われてしまった。
「キミはまだ若い。いくら聖獣がいるとはいえ、一人は危険だ。新米なら尚更だ」
「そうね、それはそうだわ。でも、ここまで私とロウで和国から来たのよ。誰かと組むべきだと言われても困るわ」
他のギルドのメンバーに声をかければいいのだろうが、ツバキは人付き合いが良い方ではない。一人でできるのならばそっちの方を選んでしまうタイプだ。
イザークはそれを察したのか、指摘しても無駄だと判断したようだ。
「俺が悪人だったらどうするつもりだったんだ。襲われる可能性も考えたほうがいい」
「そんなことをすればワシがその喉笛を噛み切るぞ」
ガルッとロウが喉を鳴らす。それにイザークが一瞬、引くも忠告だと気づいて「そんなことはしない」と返した。
「例えばの話だ」
「でも、貴方は優しいわね。こうやって注意してくれるのだもの」
「それは……」
「心配してくれているのだものね」
その気持ちは嬉しいわとツバキが微笑む。その笑みにイザークは見惚れたように固まった。少しばかり開いた瞳に本当に竜のようだなとツバキは見つめる。
少しして我に返ったイザークは口元を押さえて視線を逸らす。
「そういうことでは……」
「それはいいとして、貴方はこれからどうするの?」
明日にもなれば彼は身体を動かしても問題ぐらいには回復しているだろう。完治したとは言わなくとも、また旅に出ることもできる。ツバキはこの後はどうするのかと問う。
「……キミはどうするんだ」
「私? 私はロウと一緒にギルドで依頼をこなすけれど……」
「一人でか!」
「ロウがいるわよ?」
一人というわけではないだろうとツバキは思うのだが、彼はそうではないようだ。聖獣を甘く見ているつもりはないらしいが、「獣の姿をしている彼にはできることが少ない」と言った。
ツバキが倒れたとしてもロウだけでは看病ができないのだ。それはそうだなと指摘されてツバキは頷く。それにはロウも「ワシにもできることは限られているな」と呟いた。
「そうね……誰かとパーティーを組むのも考えないといけないわね。でも、面倒を見てくれる人なんてそういないような……」
新人の面倒を見たがる人がギルドメンバーにいるのか。ツバキはまだ交流を敷いていないので分からない。できれば気の合う人の方がいい、面倒なタイプは避けたいものだ。
ツバキが考えていれば、イザークが「キミは」と遠慮げに問う。
「その、竜人に関して何か思うことはあるか?」
話が逸れるようなことを問われてツバキは不思議そうにイザークを見つめる。彼は黙って返答を待っているようだった。それにツバキがうーんと顎に指を乗せる。
竜人のことをツバキは知ってはいるけれど、そう詳しくはない。そもそも、竜人という種族は希少であまり多くはないのだ。
その力の強さを買われて騎士団に入っているものや、王都など大きな都市のギルドに所属しているという話を聞く。彼らは人間や他種族に対して深入りするようなことはせず、自分の思うままに生きるらしい。
「別に何か思うことはないけれど?」
そこまで思い出してからツバキは答えた。彼らがどのように生きようが自由だ。それに自分が関与することはないし、強いて思うことがあるならば力が強いのだろうなといったぐらいだ。
ツバキは思ったままのことを言う、他種族の生き方もその生態も気にしないと。それが意外だったのか、イザークは少しばかり驚いていた。
「珍しいわねってぐらいでしょう? そんなこと言ったら和国からわざわざこのイシュターヤまで来た私も珍しいのではなくて?」
和国ヒノハナの民はあまり土地を移動することはしない。生まれ育った土地を大事にしていく民族性があるからだ。他国へと移住することもそうないので、このイシュターヤでは珍しい部類に入る。
それを言われてイザークはそれはそうだなと頷く。聞き慣れない名前に珍しいと思ったようだ。
「まぁ、それを聞くってことは貴方も何かとあったのでしょうけど。私は特に何か思うようなことはないわ」
「そうか……」
「えぇ。貴方に思うことって優しい方ねって感じかしら?」
危険性を説明して心配してくれるのだから、多少の優しさがある証拠だろうとツバキは言う。
「誰かに心配されるのって久々だったから、嬉しかったわ」
花を咲かせたように朗笑するツバキに、イザークはぐっと小さく喉を鳴らした。噛み締めるようにその笑みを見て、何かを決意した瞳を見せる。
「まぁ、それはそれとして依頼はこなすのだけど……」
「そのことなんだがっ!」
だっと立ち上がるイザークに驚いてツバキか身体を引く。何事だと目を瞬かせれば、彼は「キミが良ければなんだが」と前置きをしてから言った。
「俺がキミとパーティーを組むのはどうだろうか?」
「……貴方が?」
突然の申し出にツバキは何故なのかと理解できない様子を見せる。イザークは「俺は行く当てもなく旅していた」と話し始めた。
行く当てもない旅だ。何か目的があったわけでもない、何もない旅に未練はない。助けてもらった礼ができるのであれば、キミの手助けをしたいのだ。そう言われて、ツバキはそこまでしてもらわなくてもいいけどなと思った。
お礼が欲しくて助けたわけではない。目の前で倒れていたからただ助けた、それだけだ。そう言うのだが、手助けをさせてくれと強く押される。律儀な人だなとツバキはイザークを見た。
「別に気にしなくてもいいのよ? 私はロウと一緒だし……」
「俺がキミの手助けをしたいんだ」
力強い竜の瞳にツバキは言葉を飲み込む。有無を言わさないような圧を持ったそれに思わず頷いてしまった。
あっと気づいたのも遅く、イザークはそれを返事と受け取って目を細めて安堵したように笑みを見せる。それがなんだか綺麗に見えたものだから、ツバキはまぁ、彼と組むのもいいかなと考えるのをやめた。
そんな様子を黙って見てたロウは何となく察したけれど、口に出すことはしなかった。ツバキが決めたことに口は出さないと言うように。
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