10
俺は窓の外を眺める。寒い冬。暖房の効いた室内で、さっきまで手に持っていた鉛筆を机に置き、疲れが溜まった体を伸ばす。イスから立ち上がり、窓の近くまで行く。庭に出るためのその窓を俺は思い切って開ける。暖房の効いていた室内に、冬の冷たく澄んだ空気が入り込む。後ろから「ちょっとー、寒いんだけどー」と文句が聞こえてきた。俺は窓を開けたまま
「俺たちさ、今日みたいな冬の日に出会ったんだよな」
と言う。早く閉めて、と圧のある声が聞こえたので、自分を大事にしたい俺は「はいはい」と言いながら窓を閉め、イスに座る。
彼女は出会った時のことなどもう忘れてしまったのだろうか。数年前の事なんだけどなー、と思いつつ、色鉛筆を掴む。と同時に彼女は「ちょっと来てくれる? 」と俺に言う。俺は色鉛筆をもう一度置き、彼女のいる机まで行く。「どしたの」と聞くと、彼女は「できた」とだけ言い俺に、先程まで彼女が使っていたパソコンの画面を見せる。そこにはこうあった。
数秒それを眺めていると段々と頬の筋肉が緩んでいくのを感じる。
「これ、あの時のことがモデル? でも何でそっちが眠っていた間の俺の行動まで知ってんの?」
「想像。これでも小説家だから。それに君の行動なんて大体予想がつくよ」
そこには、現在小説家として再び有名になった彼女の新作が表示されていた。『喉が焼けるように痛む。重たいだけの体を起こし、洗面所へと向かう。』という文章から始まる全九章構成の短編。これは、今度公開される彼女の小説を、原作とした映画の特典として執筆したもの。もちろんまだ世に出ていないもの。
「これ、ちょっと読ませてよ」
そういうと、自分から人に見せておいて恥ずかしくなったのか、耳を赤くさせて
「だめ」
と言って、俺の手元からパソコンを奪う。残念そうな顔をする俺を見て、彼女は「そのうち映画館で配られるでしょ……」と小さな声で言った。
ニヤニヤする俺を見てさらに恥ずかしくなったのか、耳だけじゃなく頬まで赤くなりながら「ほら、そっちも早く仕事する。今年こそはクリスマスと正月の予定空けるんだから」と俺をキャンバスの前に追いやる。俺は「そうだね、『不思議さん』?」と言いながらイスに再度座り色鉛筆を握りなおす。当の本人は軽く俺の背中をはたいてから自身の机に戻っていった。
最近、インターネットに絵をアップしたり、彼女の本のカバーを描いたりしたおかげか、俺の絵の認知度が上がり始めている。以前にテレビで少しばかり取り上げられそこから一気に仕事の依頼が増えた。最近は主にデジタルでの作業が多くを占め、アナログで絵を描くことは少なくなった。だが、アナログでもそれなりに人気があるようで時々描いてはネットオークションで売っている。ただ、今描いているのものはオークション用ではなく、先程の彼女の小説のカバーとなる絵のアイデアだ。
俺は色を塗れなかったあの頃を克服し、経済的にも余裕が生まれた。
あの激安カップラーメンを買ったこと。そして彼女との出会い俺の人生のターニングポイントだった。本当に人生何が起こるか分かったもんじゃないな、としみじみ思う。俺は彼女を見て、今はただ、彼女との出会いを無駄にしないよう日々を必死に生きていこう、と思った。
君の 色を描き 心を書く 冬気 @yukimahumizura
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