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 話はニジェールの北、アルジェリアとの国境付近を進んでいたときだ。アフリカが、こう、こういう感じの形をしていたら、ほれ、ここ、この辺りだ。周囲は完全に砂だけの砂漠だ。サハラ砂漠でも砂だけの場所はとても珍しくてな、大抵は岩やら山やら、少量の木やらが生えていたりする。そこをラクダに乗って進むんだ。ラクダってのはタフだが不快な家畜でよ、気にいらねえことがあるとすぐに噛み付くし、ゲロを吐き散らかして抗議すんだよ。砂漠ってのは、そんなクソ家畜に頼らないと渡れねえ場所なんだよな。

 その日も、ヘソをまげたラクダを何とかなだめて、俺達は砂漠を渡っていた。そしたらよ、トゥアレグの深い青のターバンを巻いたリーダーが「そろそろニクソンだ」と言うんだよ。ニクソン? と俺は訊き返した。すると他のトゥアレグの連中はニヤニヤ笑っている。砂の中を二十分ほど歩いて、白いターバンの下っ端が「ほら、アレがニクソンだ」と指差した。

 指先の向こうには一体のミイラが仰向けに横たわっていた。人間のミイラさ。髪の毛は程々残ってはいるが、眼窩は窪んで中身は消え失せている。不思議なもので、着ているシャツとビジネススーツはそこまで傷んでいなかった。まるで後から着せたみたいだ。膝から下が砂の中に埋もれていて、両手は手首までしっかりとついていた。

 俺が小首を傾げるとさ、リーダーが歩きながら話しはじめんだよ。

この辺りは砂しかない。向こうにある砂丘、今歩いている谷、それらは砂嵐が吹けば消えてなくなる。ここを通るものにとって、太陽と月と星だけが道しるべとなる。だが二十年程前に突然、ニクソンがあそこに現れた。どれだけ嵐がこようとも、何故かニクソンだけは必ず全身が埋もれることなく、あそこにある。今ではニクソンはトゥアレグ達の道しるべとなっている。太陽、月、星、たまにGPS。それにニクソン。とさ。

 リーダーの話では、普通のミイラは乾燥と砂嵐であっという間に風化しちまうらしい。それにまじないや薬として一部を持ってっちまう奴も未だにいる。だがニクソンはこの二十年、ほとんど姿が変わらないという。何でも南に行った辺りで暮らしているドゴン族の魔術師によると、あのミイラはアメリカ大統領だったリチャード・ニクソンという男だと。

 笑っちまうよな。ウォーターゲート事件の、ベトナム戦争の、ニクソンショックのあのニクソンだぜ。元アメリカ大統領がサハラ砂漠の片隅でミイラになって、ずっとキャラバンの道しるべになっていると。

 ああ? なんだ? なんだって? もう一回言ってくれ。

 ああ。ああ、そりゃあ、本物のニクソンなワケねえよ。何であんなとこで元アメリカ大統領が死ぬんだよ。どう考えたってまじない師だかなんだかの適当なたわ言さ。砂漠のど真ん中でスーツ姿のミイラだ。多少話を盛っても学がない連中には通るんだろ。でも本当に大事なことはそういうことじゃねえんだ。

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