『太陽の子供たち』

 私たちは太陽の子供たち

 燃ゆる旭日の力を受けて

 夜の闇を打ち払わん

 私たちは太陽の子供たち

 輝ける陽光は全てを照らし出し

 日輪に栄光を 大地に慈悲をもたらさん


 私たちは今日も先生と一生懸命歌をうたいました。今日は最後まで上手にうたえた。先生は私たちのことを凄く良く褒めてくれたので、私たちも誇らしくなりました。

 歌の練習が終わったので、私たちは「部屋」へと帰っていきます。地下に隠された長い長いロケットの塔のてっぺん、弾頭の中が私たちの寝床。そう、私たちは太陽の子供たち。世界で一番すぐれている共和国の中でも、とりわけかしこくてすばしこい、むずかしい呪文だってへいちゃらの、選ばれた子供たちなのです。

 私はライカ。太陽の子供たちの中でも一等すぐれていて、みんなの委員長の仕事だって任されています。明くる日も、そのまた明くる日も、私たちはみんなで先生とお歌の練習をします。お歌をうたったあとは、先生がみんなに問題を出して行きます。


『みなさんのお仕事はなんですか?』

『はい!ロケットに乗って飛んでいって、悪い人たちを懲らしめることです!』

『みなさんの武器はなんですか?』

『お歌を歌うことです!』

『そう、この歌をきちんとうたえるようになったら、みなさんは太陽みたいに光り輝くことができます。これは、あなたたちにしかできないことなんですよ』

『おひさまみたいになれるんですよね?』

『そうですよ。みんながお日様みたいになれるんです』


 先生はにっこりと笑いました。優しい先生。私たちの大好きな先生。先生は私たちのお父さんでありお母さんでした。ある日の午後、授業が終わったあとに、先生は私たちをこっそり外へと連れて行きました。今日はお部屋に帰らなくていいのかな。私は不思議に思いました。基地に荷物を運び込んで空っぽになったコンテナの前で、先生はすごくまじめな顔をして言うのです。


『いいですか?みなさん。今日はこのコンテナに乗り込んでください。無人トラックがみなさんを運んでくれます。三時間、そう、三時間の間、絶対に外をのぞいたり顔を出したりしてはいけません。待っていたら、外からコンテナをノックする人が来ます。そうしたら扉を開けてください。あとは、その人の言うことをよく聞いてついていってください』


 何でかな?と私は思いました。選ばれて基地に来てから、お外に出られることなんてこれまで一度もなかったから。でも、私たちは大きな返事をして先生に答えました。先生はにっこり笑ってうなずきました。私たちが乗り込んでから少しすると無人トラックは自動で走り始めます。窓も何もないコンテナの中は退屈で、私たちは何をしていいのかわかりません。そこで私たちは歌をうたいました。大昔お父さんお母さんとピクニックに出たのを思い出して、私は楽しくなりました。

 ごとん。突然大きな音を立てて、トラックは傾いて止まってしまいました。


『まだ時間には早いのに、何があったんだろう』

『どうしたんだろう。外を見てみようよ』

『でも、先生は外に出るなって』

『そんなのもう何でもいいよ、外を見てみようよ!』

『あっ、だめ!先生の言うことを聞かないと』


 聞かん坊のデジクは外に飛び出してしまいます。恐る恐る私たちも外の様子を見ると、トラックは道のくぼみにはまって動けなくなっていました。先生はコンテナの外に出てはいけませんと言いつけていたけど、故障してしまったのか、トラックはうんともすんとも言いません。


『どうしよう、ライカ』

『先生は外に出るなって』

『でも、トラックが動かないんだもの、仕方ないじゃない』

『お腹すいた』

『デジク、ムーシュカ、落ち着いて。「何があってもうろたえない」、太陽の子供たちの合言葉だよ』

『でも』

『ベルカも落ち着いて。泣かないのリシチカ。道は一本きり。基地の方角はわかるでしょ?そう、これはちょっとしたピクニックみたいなもの。さあ、みんなでおうちに帰りましょう』


 私たちは足取り軽く基地へと足を踏み出しました。空はきれいに晴れて、日差しは暖かい。野原には花が咲いていました。そうか、先生は、私たちにこれを見せたかったんだな、私はそう思いました。みんなで歌いながら歩きます。


 基地に戻ると、憲兵さんたちと先生が私たちを迎えました。先生は悲しそうな顔をしています。先生は両脇を憲兵さんに掴まれて、私にたずねました。

『あなたたち、どうして戻ってきたの?』

 私は答えました。

『ここが私たちのお家だから』

『ここはあなたたちのお家なんかじゃないのよ』

 先生は吐き捨てるみたいに叫びました。

 後ろから憲兵さんが銃で先生の頭を殴りつけます。

『先生!』

 先生の頭からは血が流れています。

『連れて行け』

 憲兵さんは表情を動かさずに言いました。

『憲兵さん、先生にひどいことをしないで』

 私はお願いしました。若くてきれいな青い目をした憲兵さんは、私を見つめると、少し考え込むような顔をしました。

『そういうわけにはいかないんです。お嬢さん。これは国家に対する反逆なのですから』

『反逆?私たちをお外に散歩に連れ出したことが?』

 憲兵さんはじっと私の目をのぞき込んで、聞きました。

『先生のことを、あなたはどう思っていますか?』

『はい、いつも私たちのことをいちばんに考えてくれる、やさしくて立派な先生です』

 憲兵さんは私を見つめたまま、少しの間黙り込みました。何かに悩んでいるようなそぶりでした。

『そう、いい先生だったんですね。手荒な真似をして、すみません。でも、先生はこれから裁判にかけられます。いいですか?他の人に、今したような話をしてはいけませんよ』

『どうして、どうしてですか?』

『どうしても、です』


 憲兵さんはポケットからチョコレートを取り出して、私たちの手に丁寧にそれを握らせました。


『都のお菓子です。みんなでお食べなさい。これで嫌なことを忘れられます』

『こんなのいりません。先生を返してください』

『規則です。それはできないことなんです』


 ため息をついて、憲兵さんは目を伏せ、そのまま先生と一緒に出て行きました。私は取り残されて、手元のチョコレートをじっと見つめました。少し考えたあと、包み紙を開いてチョコレートを口の中に入れました。甘くて、でもひどく苦い味がしました。


『うそつき。何も。何も忘れられないよ』



 先生はそのまま帰ってきませんでした。私たちも、先生のことをなるべく考えないようにしていました。悲しい時は歌をうたいました。でも、もう褒めてくれた先生はいません。

 そんなある日のことでした。先生よりももっと偉い、基地司令の人から命令の放送がありました。第一種戦闘体制。弾道弾全弾発射準備。これは訓練ではない。繰り返す。これは訓練ではない。サイレンが鳴り響きます。私たちは自分たちの「部屋」で待機していました。フロギストン燃料点検よし。打上前チェック、全て異常なし。秒読み、開始。10、9、8、私たちは「部屋」の中で衝撃にそなえました。 5、4、勢いよくサイロの蓋が開きます。3、2、1……0!

 耳をつんざく大音響とともに、地下サイロからロケットが打ち上げられます。物凄い加速で、弾頭の中で横になっている私たちはシートにぎゅうぎゅうと押し付けられました。『こわいよ、ライカ』『ライカ、たすけて』泣き虫のチャイカとリシチカが私に呼びかけます。大丈夫、大丈夫だよって声をかけて、不安な二人をなだめます。



 ブースターが切り離されました。撹乱のために、私たちの乗った「バス」からいくつものダミー弾頭が放出されます。その影に隠れて、何人もの「太陽の子供たち」もバスを下車して一斉に軌道上を駆け抜けて行きます。先行している「衛星殺し」たちも私たちの道を切り開いてくれたはず。でも、何かがチカッと光りました。『うぅヴァ』『ひぃあぁ』それはチャイカとリシチカが撃ち落とされた悲鳴でした。生き残った敵の早期警戒衛星術士たちが弾道弾の迎撃を始めたのです。ダミーたちが私たちをごまかしてくれるはずでした。でも、思った以上に敵は手強くて、すり抜けられたのはせいぜい半分くらいみたい。


 デジクは、ムーシュカは、ベルカは、チャイカやリシチカみたいに撃ち落とされず、ちゃんと再突入コースに入れただろうか?きちんと仕事を果たせるだろうか?離れてしまった子供たちのことを私は心配していました。



 大気圏への再突入が始まります。断熱材がジュウジュウ言いながら蒸発していく音が聞こえる。物凄い熱。まるで生きたまま火葬されるみたい。おばあちゃんのお葬式で、火をつけられた棺桶がパチパチはぜていたのを思い出します。

 急に私はこわくなりました。私は、こわい。ひとりぼっちで、棺桶の中で、あんなふうに燃え尽きて全部終わってしまうのが。でも、もう引き返す道なんてありはしないのです。叫び出したくなる気持ちをこらえて、私は歌をうたいはじめます。終端誘導開始。私は目を見開き、目標の都市の走査をはじめました。大きな街。とてもにぎやかな街。お祭りでも開いているのだろうか。私は観測の解像度をぐんぐん上げました。お母さんと手をつないで、色鮮やかな風船を持ったかわいらしい男の子の姿が見えます。男の子は空を見上げました。


 あってはならないことだったのだと思います。私は男の子と目が合いました。男の子はにっこりと笑って私を指さします。まるで真昼に流れ星でも見つけたみたいに。どうして。そんな。


 ほっぺたに熱いものが流れます。でも、私はまだ歌いつづけました。歌うことを止められなかったのです。歌うこと以外に何をしていいのかわからなかったから。起爆まではあとわずか。私はとうとう終わりの一節を歌い始めます。


 私たちは太陽の子供たち

 燃ゆる旭日の力を受けて

 夜の闇を打ち払わん

 私たちは太陽の子供たち

 輝ける陽光は全てを照らし出し

 日輪に栄光を

 大地に慈悲をもたらさん


 私たちは太陽の子供たち

 今この時をもって、私たちの身は太陽となる

 私たちは太陽の子供たち

 でも、どうしてこんなに悲しいんだろう

 私たちは太陽の


 思考はそこでぷつりと途切れた。


 彼女の命と引き換えに放たれた火球と熱線は、都市の隅々までを綺麗さっぱりと焼き払った。何十万もの命を道連れに。

 ねえ、私たちは、どこに行くんだろう?

 ねえ、私たちは、どこに帰るんだろう?

 静まり返った死の大地の上を、乾いた風が吹き抜けていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

連作短編・『星になりたいもの求む』 江戸川殺法 @Werth

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ