第56話 めでたしめでたし

「ひぃ……」


 ぎろり、と俺が睨むと魔王は小さい悲鳴を上げた。エイヤレーレも俺に背中を見せて椅子の背もたれにしがみついて恐怖の表情を浮かべている。


 おれは、にこりと笑みを浮かべた。


「じゃ、話の続きをしてもらおうか」


 椅子からずり落ちそうになっていた魔王とエイヤレーレは姿勢を正して着席した。


「続けて」


 俺は笑顔で対話の続きを促す。


「ああ……いや……」


「そ、そうね……どこまで話したかしら……ハハ」


「何が可笑しい」


「あ、いえ」


 俺の何気ない言葉にエイヤレーレは顔をこわばらせる。


「まあ、色々あるは、あるんですけども……」


 魔王がおずおずと口を開く。


「その、ボクもちょっと……頑なだったかなあ? ってところはあると思うんで……」


「あ、いえ、私も……」


 妙に恐縮した語りの魔王に、エイヤレーレも同様に恐縮した口調で話し始める。


「私が、嘘を言ってるつもりはないし、自分の見てること、聞こえてることに間違いはないって確信は持ってるんですけど……その、魔王さんが言ってることは、到底受け入れられないって言うか、まあぶっちゃけ妄想だと思うんですけど……いや、絶対妄想だと思います!」


「それで?」


 自然と語気の強まってきたエイヤレーレの顔を覗き込むようにして俺は尋ねる。エイヤレーレは一瞬ビクッとして、そして落ち着いて話を続けた。


「だ、大丈夫です、冷静です。あの……一旦冷静になって考えてみてですね。私の見えてる物、聞こえてる物も、他の人から見るとこんな風に見えてるのかな……って」


 それだ。そういうのが欲しかったんだ。


 この世界では専門の精神科医もいないし、薬物で統合失調症の幻覚や幻聴を抑える方法はない。それができない以上、自分が『感じた』ものに対して一歩立ち止まって冷静になって考えてくれれば、攻撃的にさえならなければ自然回復をゆっくりと待つこともできる。


「魔王さんはどう思った?」


「あっ、同じッス」


 これでいい。これで解決だ。何が解決したのかいまいちよく分からないけれども。少なくとも人間と魔族が大規模に正面衝突して無駄な血が流れるという最悪の事態だけは免れたんだ。カルナ=カルアの貴重な犠牲と引き換えに。


「生きてるんですけど」


「俺から提案がある」


 何か雑音が聞こえた気がするが、俺は魔王とエイヤレーレ、そしてペカとラムに話しかける。


「国境地帯に非武装地域の収容所アサイラムを建設して、そこで魔王とエイヤレーレに共同生活をして療養してもらう」


「えっ!?」


 全員が驚愕の表情になった。しかし俺にはこれが現状ベストの選択だと思ってる。魔王とエイヤレーレが互いを客観的に見ることで、自分の行動を振り返ることができるからだ。


「ちょ、ちょっと待て! 大規模な衝突が無いとはいえ人間と魔族は敵対してるんだぞ!? そんな提案に乗れると思うか?」


 カルナ=カルアが反論する。生きてたのかコイツ。


「そして、収容所の所長は、ラム、君に任せたい」


「ちょっと待てやああぁぁぁ!!」


 カルナ=カルアが語気を強めて反論する。


「こんなメスガキに任せられるか! 四天王筆頭は俺だぞ! 俺を差し置いて……」


「そういうとこだぞ」


「えっ、な、何が?」


 はぁ、と、俺はため息をついた。


「お前すぐ感情的になる上にプライド高いじゃん。あと、前世でのいろいろな行動から察するに忠誠心も高くないし。平たく言うと信用できないんだよお前」


「おま「でもいいのか? ケンジ。人間の女王もいる施設の所長が魔族で。もしラムだったら、心配で納得できないのだ」


「人間側からの提案だからな。そのくらい譲歩するさ。もちろん俺も二人の症状が良くなるまで一緒に暮らして付き合うつもりだ。エイヤレーレとペカはそれでいいか?」


 二人の方に視線をやりながら訊ねる。エイヤレーレはすでに恐怖の色は顔から消え、穏やかな、何か悟ったような表情で答えた。


「ケンジは、初めて私の話を馬鹿にせずに聞いて、真正面から受け止めてくれた、いわば恩人だ。その恩人の言うことなら、私は反論はない」


 詰めるところはいろいろとある。しかしまあ面倒くさいところは全部宰相アグンに丸投げすりゃいいや。


「ケンジ♡♡♡」

「わっぷ!?」


 一息つこうと思った時、急にペカが抱き着いてきた。


「魔王まで統失って分かった時は正直もうぐだぐだ過ぎてどうにもならないって思ったのに♡ こんな方法で解決なんてしちゃうなんて、しゅごいいぃぃ♡♡♡」


「ちょ、ちょっと落ち着いて! 皆見てるよ!」


 人目もはばからず俺の顔に頬ずりしながら抱きしめてくる。急にデレやがった。まあ、この鮮やかな問題解決手腕を見て俺の凄さと自分の未熟さを分からせられたのだから仕方ないか。


「分からせられたようですね……」


「え? なに?」


 エイヤレーレが柔らかな笑みを浮かべてそう言った。何なの急に。


「メスガキの傲慢さとは即ち女が独力で何者にも負けぬという矜持。メスガキ勇者にとって男に完膚なきまでに『分からせ』られたのならば、その者を殺すか、若しくは結ばれるしかないのです」


 仮面の下を見られた女聖闘士セイントかな?


 まあでも、悪い気はしない。今回俺は、初めて魔王を倒し……てはいないけど、問題を解決したんだ。なんかいまいちすっきりしないけど。俺の旅も、ここでおしまいだ。


 俺は、優しくペカの体を抱きしめて、彼女にプロポーズした。


「ペカ、こんな俺でよかったら……一緒に」俺は光に包まれた。



――――――――――――――――



「おめでとう」

 パチパチパチ


「おめでとうございます」

 パチパチパチ


「うス」

 パチパチパチ


「え? なに? なにこれ?」


 光が消えると、俺は再び事務所に戻ってきていた。やっさんとベアリス、それにサブが満面の笑みで拍手をしている。


 いったい何が起きたんだ。俺は無事にホリムランドの問題を解決して、ペカと結ばれて末永くあの世界で幸せに暮らすはず……それが何故また事務所に?


「いやぁ~、見事やったで、ケンジくん。君はやると思っとったよ!」


 バンバンとやっさんが俺の背中を叩いてくる。すごい力だ。


「悔しいけど、やっぱりやっさんのサポートは流石ですね。的確なアドバイスに、心配り。勉強になりました!」


 ベアリスも笑顔でそんな事を言っているが、しかし俺には何が何だか分からない。ペカは? ホリムランドは?


「うス」


 お前はそれしか喋れねぇのか。


「よし! ほんじゃ次、いこか」

「え? ちょちょちょっ、待ってください!」


 次? 次ってなんだ? 異世界の問題を解決したらそこで末永く暮らしていいはずじゃ?


「なんや、テンポ悪いなぁ、ケンジくん。この問題、全部解決してくれるうたやないか」


 やっさんがバサバサと紙の束を振る。あれは、確か異世界リスト。



「……え?」


 いや……そんな話したっけ?


 確かに、やっさんは笑いながら「この問題、全部解決してもらおか」なんて言ってたような気もするけど、俺、それに何も返事なんか返さなかったような気がするけど……


「うふふ、人が悪いですね、ケンジさん。おどかさないで下さいよ。やっさんの言葉に笑顔で応えたらしいじゃないですか」


 ……あの時、俺は確か、半笑いで……いや、何も答えは返さなかったと思うけど? え? 笑っただけで、肯定したってこと? んなアホな!


「サブ」

「うス」


 ゴッ、という鈍い音とともにやっさんの拳がサブの顔面にめり込み、サブの体はもんどりうって床に倒れ込んだ。


「ひっ!?」


「いつまでお客さんに立たせあああっじゃああぁごるるるぁあぁぁぁ!!」


「うス、すいません、アニキ……」


 サブはそう言うと、のそのそと這って、俺の後ろに四つん這いになった。


「ま、とりあえず座ってくれや、ケンジくん♡」


 サブの上に?


「あ……いや、イスは……いいかな……? ハハ……」


「お、なんや。休憩も入れずに次行ってくれるんか、熱心やなあ。ケンジくんは」


 タスケテ ペカ ベアリス…… モウ イヤダ


「おりゃあ!」


 俺は、光に包まれた。

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転生先の環境が気に入らないから6回チェンジしたらヤクザが来たでござるの巻 @geckodoh

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