【十二限目】悲報。耳かきASMRに耐性ができてしまった、だと……?

「うーん……?」


 ベッドに寝転んだ俺は首を傾げながらこれは違う、これも……違うとスマホの画面に映る再生ボタンを押しては止めて、押しては止める。

 時刻は深夜。バイトから帰り、貰った賄いを食べてお風呂に入り、さっぱりしたところで耳かきASMRでも聴きながら寝ようと思ったのだが……今日のお供が見つからない。


 幼馴染もの、妹もの、ナース、保育士、娘、ヤンデレ、監禁、ツンデレ──などなど。様々なシチュエーションのものを聴いてみるが「これだ!」というものが見つからない。

 単純に耳かき音だけのものも色々と探して流してみるが……やはり物足りなさを感じてまた違うものはないかと探してしまう。


(……今までこんな事はなかったんだけどな)


 俺、雨宮光太郎にとって耳かきASMRは癒しであり、酸素であり、水分だ。定期的に摂取しなければ発狂して「耳があぁぁぁぁぁ、耳があぁぁぁぁぁぁ」と両耳を押さえながら、のたうち回りかねない。

 ──まぁ、つまるところ耳かきASMRが無ければ寝れないのだ。


(ここは一度、原点に帰るべきか?)


 このまま耳かきASMRを探し続けても今日のお供は見つからない気がする。どうしてそうなのか原因は分からないが、このままでは寝れずに徹夜コースになりかねない。明日も学校があり、バイトもあるのでそういうわけにはいかない。

 ならば、とりあえず自分が耳かきASMRを知るきっかけになったもの──『耳舐め』からも今夜のお供を探そうと考えた。


「……いや、待て。あれはダメだ。多分、逆効果になる」


 思わずそう漏らして、首を横に振る。

 数ヶ月ほど聴いてはいないが、『耳舐め』は俺にとっては黒歴史であり禁忌だ。

 いや、『耳舐め』自体は良いものなのだ。

 ぴちゃぴちゃという湿った音。時々聴こえる演者の息使い。ねっとりと、そして時には激しく──脳を直接犯されるような音。

 シチュエーションの全てが、幻想で魅惑。世の中の陰キャたちが「そんなこと現実にあるわけないやん(笑)」と思いつつも、想像力が掻き立てられ、どこまでも行けるような──R18指定の世界。

 それが俺にとっての『耳舐め』だ。

 いや、もうあれマジですげぇぞ。音だけで妄想が止まらねぇもん。もはや一種の麻薬。どっぷりハマっていた時なんかは、どれだけお世話になったか分からない。

 というわけで、『耳舐め』に頼るのは悪手だ。

 眠るどころか、目が覚めてしまう。

 万策尽きたな……と、ため息を零しながらも何とか今日のお供を見つけようと動画を探す。

 そんな時にスマホの着信音が鳴った。画面がすぐに切り替わる。


「ん? 月美?」


 こんな時間に電話とはどうしたのかと首を傾げる。電話に出ると、月美の申し訳なさそうな声が聞こえた。


『あ、夜遅くにごめんね。コウくん。寝てたかな?』


「いや、まだだけど。どうした?」


『そっか、よかった〜……あのね、すごく申し訳ないんだけど明日提出するレポートの要項が書いてあるプリント送ってもらえないかな? 私、すっかり忘れてて、プリントも無くしちゃったみたいで』


「あー、あれか。いいよ、今すぐ送るわ」


 俺は起き上がってバッグからファイルを取り出し、その中にあったプリントを写真を撮って送った。


『ありがとう、コウくん! すごく助かるよ〜』


「はは、いつも助けてもらってるからな。これぐらいいいよ。にしても、今からレポート書くのか?

めちゃくちゃ大変じゃね?」


『ん〜……多分、大丈夫。これぐらいの内容だったら2時間くらいあればできるだろうし。それに明日の講義は2限目からだしね』


 俺が6時間ぐらいかけて準備したレポートを月美は2時間で終わらせれると言う。高校時代、3年間学年トップを取り続けただけの事はある。俺は苦笑した。


「さすが頭いいなぁ、月美は。羨ましいわ」


『ふふ、褒めても何も出ないよ? ……ところでコウくん。何かあった? なんか元気なくない?』


 そんな事を唐突に聞かれて「ん?」と首を捻る。そんな気は全くなかったが、月美からすると自分は落ち込んでいたらしい。

 まぁ、原因は明白なのだが。


「あぁ、ちょっと今日のお供を……もとい耳かきASMRを探してたんだけど、中々良いのが見つからなくてな。俺、コレを聴きながらじゃないと寝れないのに」


 月美から『あ〜……』と曖昧な返事が聞こえる。耳かきASMRを聴いている事を知っているとはいえ、こんな事を言われても月美だって困るだろう。

 彼女は耳かきASMRを聴かないし。


『……あのぉ、コウくん』


「ん? なに?」


 ふと、月美が遠慮がちな声を上げる。


『これは私の予想なんだけど……耳かきASMRを聴くのに耐性が出来ちゃってるんじゃない?』


「…………は?」


 月美の言葉に、俺を目を丸くした。


『いや、さ。あるじゃん、そういうの。鎮痛剤を飲みすぎるとその薬の効きが悪くなったりとか』


「いやいや。でも俺は耳かきASMRを好きで聴いているんだぞ? そんな、耐性とか……」


『好きなものでも、ずっと続くと嫌な時ってあるでしょ。例えばコウくんはカレーが好きだけど、朝昼晩、毎日カレーは流石に嫌でしょ?』


 確かに。カレーは好物だが、流石にそれは嫌だ。

 たまには違うものを食べたいと思う。


「え…………俺、マジでか?」


 衝撃の事実に、俺は呆然とするしかなかった。


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耳かきASMR好きな俺が、幼馴染と至高のASMR動画を作るまで。 灰猫 @urami

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