【十一限目】女の子3人に男1人は……肩身が狭すぎる
──かりかりかりっ。
耳の奥で響く、心地良い音。
好き嫌いは分かれるが、俺は高速耳かき音が好きだ。耳奥を引っ掻き回すようなこの音は、現実世界と自分の間を引き裂いてくれる。
現実逃避には持ってこい……ついでに聴いてるとだんだん眠くなってくるので一石二鳥。不眠症の人は皆、これを聴けばいいんじゃないかって思うぐらい。
「ちょっとー? お兄ちゃん。ASMR聴いてないで、次行くよー?」
「あ、はい」
妹の咲にイヤフォンを外されて、外の喧騒が耳の奥に響き渡る。いい感じに眠気が来てたのに、現実に引き戻されてしまった。
今、俺がいる場所は大学から徒歩20分ほどのところにあるデパートだ。デパート内には飲食店やレジャー施設、玩具屋、服屋など様々な店舗が入っている。
このデパートでは大概のものを買い揃えることができるので、大学から比較的近いこともあり、来客の中には学生が多かったりもする。
咲とデパートで買い物をする事になった俺は彼女たちの荷物持ちをさせられていた。
彼女たち、とは妹以外に誰がいるのか。
俺の幼馴染、柊月美とその姉、柊日向である。
「いやー、荷物持ってもらってごめんねー? 結構な量買い物しちゃってさぁ。光太郎くん達に会えて良かったよー」
ひな姉が気安く俺の肩を叩く。「別にこのぐらい大丈夫っすよ」と笑顔で答えるが、俺は心底呆れていた。
(結構な量って……どんだけ買うんだよ。柊姉妹の買った服だけで大袋三つ分なんだが?)
しかも先程チラッと値段を見たが、一着一万円ぐらいするものばかりで、苦学生にとってみれば羨ましい限り。
どんだけ金持ってるんだよ、荷物持ちの駄賃で一万円ぐらいくれないかなと思ってしまう。
「お礼なんていいですよぉ、ひな姉! どーせ、お兄ちゃんはあたしの荷物持ちだったんで」
咲があっけらかんと笑いながら言う。
そんな事を了承した覚えはないし、ふざけんなとも思うが口には出さない。相手は女子3人に対して、こちらは男子1人なのだ。
俺は勝てない戦いはしない主義だった。
「──コウくん、無理してない?」
細くて白い指で肩をつつかれて、視線を横にずらせば申し訳なさそうな顔をした月美がいた。
「なんか、ウチのお姉ちゃんがごめんね。荷物、重いよね? 私、持つよ?」
「ははは、こんくらい大丈夫だ。それに荷物持ちは男の宿命みたいなもんだしな」
そんな月美の顔を見て、俺は両手に持った荷物を「軽い、軽い」と持ち上げる。
……はい、もう自分から言っちゃいましたー。荷物持ちは男の宿命って。認めましたよ、こんチクショウ。
でも、そんな申し訳なさそうな顔をした幼馴染に上目遣いで見られたら強がるしかないじゃん。だって、男の子だもの。
「そ、そう? ……ありがとね、コウくん」
少し安心したようにはにかむ月美。強がった意味はあったようだ。
まぁ、女子3人対男子1人のアウェー状態かと思いきや、実は味方が1人いましたと考えれば、まだ居心地がいいというもの。
──しかし。
「…………………」
「…………………」
先日のお見舞いの件もあり、めちゃくちゃ気まずい。会話が全然続かない。
今だって、向かい合っているのに視線は合わないし、何故か互いに沈黙している。
ひな姉と咲は近くで談笑していてこちらの様子に全く気付かない。しれっとその談笑に参加するなんて陰キャには無理だし、「早く次の買い物に行こうぜ」なんて自分から言うなどもっての外だ。
(……いつもどういう話を月美としてたっけ?)
以前なら自分の好きなASMRの話とか、月美の好きなゲームの話とか。それこそ互いに好きなものを、お互いが全てを許容してたから延々と話ができていたのだが。
……あれ? よくよく考えたらお互いに好きなものを一方的に話していただけじゃね? という割と今更な事実に気づきかけるが、頭の片隅に放り込む。
そんなわけあるか。俺は今、真剣に気まずい状況にある幼馴染とどう会話をすればいいか悩んでいるんだ。
実はお互いに会話らしい会話をした事がないんだから、いつもみたく好きなものを一方的に話せばいいんだよ、とか絶対に認めるものか。
「──おーい、2人とも。なぁに、突っ立ってんの? 置いてくよー?」
声のする方を向けば、ひな姉と咲が歩き始めていた。次のお店に向かうようだ。
「だってさ、月美。ほら、俺たちも行こうぜ」
「あ……うん」
歩き始める俺と月美。
ナイス、タイミング。敵から塩を送られた感じだが、マジ感謝。きっと、かの武田信玄もこんな気持ちだったのかも知れない。
しかし、その感謝の気持ちは瞬く間に消え失せた。
「……マジですか?」
次のお店は女性の下着専門店だった。しかも、多くの女性客で賑わっている。パッと見て、20代ぐらいの女性が多い。おそらく同じ大学の生徒もいるだろう。加えて、制服姿の女の子もいる。女子高生だ。
(むりむりむりーっ!? 完全アウェーじゃんか、俺!?)
男性客が周りにいない事も確認し、俺は内心絶叫した。
それに同じ大学の女生徒がいるかも知れないっていうだけで気まずいのに、女子高生までいるとは。なんかもう側に近づくだけで犯罪者認定されそうで怖いんですけど。
チラチラと周りの女性客から見られているのも分かる。
「コウくん? 顔が真っ青だけど、大丈夫?」
俺の異変に気付いた月美が、心配そうに覗き込んでくる。
俺は努めて笑顔を作って応えた。
「あ、あぁ。大丈夫だ……いや、大丈夫じゃないな。なぁ、月美。俺、『こいつ、痴漢です』って言われない? もし言われて警察に捕まってもお前は味方でいてくれるよな? な?」
「どうしたの、急に!?」
心配そうな顔から一転。月美の顔が驚愕へと変わる。
「いや、だってここ下着売り場じゃん。女性専用車両じゃん。男性不可侵領域じゃん。俺、男性じゃん……犯罪者にならない?」
「ならないよっ? コウくん、どれだけ男性に厳しい世界線に住んでるの?」
「……あと、女子高生がいる」
「そ、そりゃあ、女子高生もいるよ。だって下着売り場だし」
「見ただけで、犯罪──」
「ならないよっ!」
みなまで言わせず、月美は否定した。
「ていうか、コウくんも3ヶ月前までは高校生だったよね? 普通に女子高生の隣を歩いていたよねっ?」
「ば、馬鹿野郎。女子高生の隣を歩いたり、見たりできるのは男子高校生までだ。それ以上の年齢の奴がそんな事をしたら、即ブタ箱行きだぞ?」
「コウくん、偏見が強すぎないっ? 過去に何かあった!?」
月美に全否定されるが、そんなはずはない。
世の中は厳しいのだ。俺のようなASMR好きの陰キャには特に。
間違いを刺されぬよう、慎重に生きなければ。
「2人とも、何話してるの〜?」
俺と月美の間に割って入るように、唐突にひょっこりとひな姉が顔を出す。
「い、いや、別に……」
俺は顔を背けて、はぐらかした。
さっきの話を俺は真理だと思っているが、『そう考えてる奴はキモい』という自覚もあるので、ひな姉には聞かれたくない。
月美も察してくれたのか、俺に合わせてくれた。
「ふ〜ん? まぁ、いいけどぉ……」
ひな姉も特に興味が引かなかったのか、追求はしてこなかった。よかった。
「あ、それよりもさぁ。月ちゃん、あたしこんな下着見つけたんだけど、めちゃ似合いそうじゃな〜い?」
そう言って、ひな姉は持っていた下着を月美の身体に合わせるように出した。「えっ」という月美の驚きの声に引かれて、視線が移る。
──黒を基調とした、薔薇の模様が刺繍されたブラジャーとパンツ。薄緑のフリル付き。
ちょっと大人っぽくて、反射的に「あ、ちょっとエロい」と思ってしまった。
「え……っ?」
「ん……?」
月美と目が合う。訂正。どうやら口に出てしまっていたようだ。
彼女の顔がみるみる紅く染まっていく。
対する俺は、みるみる血の気が引いていく。
「お、コウくんもそう思う? だよね〜。やっぱり月ちゃんはちょっとエロい感じの下着が似合うよね。あ、ちなみにコウくん。これ、見せブラじゃないから。見れてラッキーだったねっ」
のほほんと、のんびりとした口調でひな姉がそんな事を教えてくれる。見せブラが何かは分からないが、とりあえず見ちゃいけないものを見てしまったという事は分かった。
ひな姉の後ろで、咲が「……うわぁ」とドン引きと憐れみの目でこちらを見てくる。
やめろ、そんな目で俺を見るな。あと、俺は悪くねぇ、と言外に目で訴えた。
周りからくすくすと笑い声が聞こえた気がした。あと、憐れみの視線も感じる。
「……どうしてこうなった」
さめざめと、誰にも届かないそんな呟きが漏れた。
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