【十限目】突然やって来た姉が面倒臭い件について。
「う〜、あ〜〜〜」
土曜日の朝。風邪が治ったにも関わらず、私はベッドの上でうめき声をあげ、右へ、左へと転げ回っていた。
何でそうなっているのかと言うと、先日、幼馴染のコウくんが風邪になったというので看病しに行ったのだが……なんか、色々してしまったのだ。
お粥を作ってあげて、「あーん」とか。
汗でべとべとになった体を拭いてあげたりとか。
膝枕して、耳かきをしてあげたりとか。
(いや、もうそこなんだよね! 何でそんな大胆な事できたのかな、私っ!?)
頭が沸騰しそうになる。普段の私であれば考えられない事だった。
そりゃあ、コウくんの事は大好きだ。いつも触れたいなって思うし、触れてほしいなとも思う。いっぱいお話ししたいし、いっぱい名前を呼んでほしい。
だけどそれを表に出してしまうと、コウくんに迷惑をかけてしまうかもしれないから……あくまでお友達として、幼馴染として振る舞っている。
(なのに、あの時はなんか変なテンションになっちゃって……)
たしかに、看病という大義名分のもと、コウくんのお部屋に合法的に上がれるというだけでテンションは上がりまくっていたわけだが。
それにしたって、舞い上がり過ぎてたとは思う。
(というか、原因は絶対アレなんだよね……)
耳の奥を掻き回すような、蠱惑的な湿った音。
いわゆる、耳舐めと呼ばれるASMRを聴いてから自分はおかしくなってしまったのだと思う。
(いや、本当にアレはダメだよ……脳を食べられちゃうかと思ったもん)
なんかもう、未知の体験だった。だって、耳を舐められるなんて事はそうあるものじゃないだろう。
痒いところに手が届いたというか、知らなかった自分の弱点? いや、気持ち良いところが見つかった、みたいな……。
(んんっ? あれ? 私、アレが気持ち良かったの?)
なんか、知りたくなかった事実を目の当たりにしそうになったので、考えるのをやめる。
一人でいると、考えなくてもいいような事ばかり考えてしまう。
(……せっかくの土日だし。どこか出かけようかな)
スマホの画面を開く。そうだ、せっかくの休日なのだ。家で一人、悶々としてるなんて勿体ない。
こういう時は気分転換に出かけるに限る。コウくん……とはまだ気まずいので会えないけど、大学の女友達を誘ってショッピングにでも行こう。
そう思って、友達にメッセージを送ると速攻で「いいよー」と返事が返ってきた。私は着替えて準備でもしようとベッドから出ようとした時、家のインターホンが鳴った。
「ん? 誰だろ?」
何か注文していた覚えもないし、家に誰かが来る約束もしていない。業者さんかな? と思いながら首を傾げてるとガチャガチャっと、ドアの鍵が開く音が聞こえた。
「────はっ?」
突然の事に、硬直する。
え、なんで家の鍵が開いたの? まさか、不審者? いやでもここ女性専用のマンションだし、マンションの入り口は管理人さん常にいて関係者の人しか通れないようになってるはず。
ドアが開き、ドタドタと駆ける音がする。
(え、え? 不審者さん、遠慮なさすぎじゃないっ? ていうか、本当に誰? やだ、怖い、怖いっ!?)
未知への恐怖に震え、とりあえず入ってきたら顔面に投げつけようと枕を構える。
そして、目の前の扉が開く。
「はっろー! 月ちゃんっ。お姉ちゃんが看病に──ふがっ!?」
扉を開けるなり、私に向かって飛び掛かってきた女性──の顔面に私が投げつけた枕が突き刺さる。
女性はそのまま床に叩きつけられるように落ちた。幸い、顔面は枕のお陰で強打せずにすんだようだ。
「いったぁーい!? ちょっと月ちゃん、いきなりお姉ちゃんの顔面に枕投げるのは酷くないっ?」
女性──
「いや、ごめん……不審者かと思って。というか、お姉ちゃん。来るなら連絡ぐらいしてよ」
安心と呆れで、思わずため息をこぼす。
柊日向は五つ上の姉だ。茶髪のゆるふわボブカットで、目尻が下がって愛らしい顔立ちをしてる。私よりも身長が低いから、私の妹だと勘違いされる事も多々あった。
「ごめん、ごめん。ついうっかり忘れちゃってたよ」
てへっと悪戯っぽく舌を出し、頭を小突く日向。その仕草がちょっとウザい。
日向が「でもまぁ、それよりも」と口を開く。
「元気そうでよかったよぉ〜。ママから月ちゃんが風邪引いたって聞いてたからお姉ちゃん、心配してたんだよ?」
「う……それはまぁ、心配かけてごめん……」
本気で心配そうな声で頭を撫でられて、少し恥ずかしくなる。基本的にちょっと絡みがウザい姉なのだが、こういう時だけ『ちゃんとした姉』っぽくなるので、ずるいと思う。
「……よし! じゃあ遊びに行こっか!」
「ん? どーして?」
あまりの展開の速さに私は頭を傾げた。
「え、だって風邪治ったんでしょ? ならもうあたしと遊ぶしかないでしょ?」
同じように首を傾げる日向。なんだ、その意味不明な理論は。
「いや、私、今日は大学の友達と遊ぼうと──」
「じゃあ、あたしも一緒に行くよっ」
「いやいやいやいや。何で友達と遊ぶのに姉が付いてくるの? 謎すぎるでしょ」
仮に付いて来られたとしたら、私は友達に何と説明すればいいのか。というか、友達に気を遣わせてしまうだろうし、こっちも気まずい。
気分転換のために出かけるというのに、それでは本末転倒だろう。
「いーやーだーっ。あたし、月ちゃんと遊びたーいー!!」
いやいやいやと、日向が床を転げ回る。
年齢を考えろ、とツッコミたくなるし、こんな姉を友達に紹介なんて絶対にしたくない、と思ってしまう。
「あ〜〜。なんか私、体調悪くなってきたなぁ。やっぱり今日は家で休もうかなぁ」
私はそう言って額を抑えて、体調が悪そうな演技をする。姉が面倒臭すぎる。嘘でもついて、さっさと帰ってもらったほうが早いだろう。
「えっ! 体調悪いの? しょーがないなぁ〜。じゃあお姉ちゃんが看病してあげるよ〜〜」
何故か妙に嬉しそうに起き上がった日向がトートバッグの中から聴診器やゴム手袋、綿棒などその他様々なものがゴトゴトっ! と音を鳴らしながら出てきた。
「え、お姉ちゃん……何これ?」
「何って、看病するために買ってきたやつだよ〜」
「あ、ふーん……ちなみに、このオイルは?」
「それは塗ると身体が温かくなるやつっ! 風邪引いた時は汗を出して、悪いものは外にに出さなくちゃだからね」
「……このドリンクは?」
「元気が出て、身体が熱くなるやつっ! 体の内側は冷えちゃうと良くないからねっ」
「……あとなんか、手錠とかあるんだけど?」
「……大丈夫。優しくするからっ」
「絶対変なことする気じゃん! 嫌だよ、私っ!?」
作戦変更。体調不良はだめだ。看病という大義名分のもと、姉に何をされるか分かったものではない。
「はぁ〜〜。もう分かったよ、お姉ちゃんと一緒に出かけるよ」
「本当に? やったぁ! 月ちゃん、大好きっ」
満面の笑みを浮かべて、日向が抱きついてくる。私よりも大きなその豊満なバストに押し潰されそうになる。
「あーっ! もうくっつかないで! 今から準備するからっ」
「はーい」と、機嫌良さそうに返事をして離れる姉を尻目にため息をこぼす。とりあえず、承諾してくれた友達に謝って、今度埋め合わせをしなくてはならない。
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