狭いミステリー

@aand71

第1話

突如、筋肉に刺す針電極に直接脳を突き抜かれたような強い衝撃が、脳中に奔(はし)まった。

光が視界を疾駆(しっく)して行く。

光視は右目から左目に横断し、速やかに走り消えた。

何があったのだろう。憶えていない。

いいや、いつから俺が俺であったのかさえ、記憶から除外されている。

意識にたなびくものは数えてものの数分しかない、今現在の記憶だけだった。

大海が存在してなければならないはずの記憶は、掴んでもわずかな数滴しかない。

数分前が空白だ。

一体どういうことであろうか。

周囲を見渡してみる。

薄緑の無機質な部屋だ。パイプベッド、窓、開かない扉に取り付けられた小さな開閉口。独房にある、食事を出し入れするための設けられているような。

窓には格子が嵌められており、灰の夜空に遠い月が浮かんでいる。


足元には白い画用紙が散らばっている。

いずれも子供が描いたようなクレヨンによる描き殴りの絵だ。

これは俺が描いたのか。


ノートが棚に置かれてあり、手に取ると、載る文字は年端も行かない子が書いたようなサイズの揃わない子供書体で、ひらがなばかりが並んでいた。


この部屋に俺は居てどうやら閉じ込められている。

とすると、絵やこのノートを書いたのは紛れも無く俺で、つまりどういうことだ。


記憶が無い。記憶がある以前、俺は子供だった。

しかしつやつやの光沢の真新しいノート。最近の産物。

そこから導き出される推測は、”つまり俺は知的障害者であり、幼児程度の知能しかなく、それが急に、突然降って湧いたように、知能が向上した”ということだ。


そうか……。知能が向上した日。つまり先程の一瞬、俺は新しく生まれたと同じか。


これから一つずつ、情報を手に入れていかなければな。

この部屋にいる理由、自分の背景、今後をどうするか。

ベッドに腰を座り直す。


ふと胸元に視線を下ろした。

そこには[田城]と書いてある。



俺の、名前だな。


手に持つノートの裏表紙を翻して見た。



[いのうえ なおや]と書かれている。




!?




俺じゃない……



この子供の名前は俺じゃない!?




ノートの持ち主の……この子供は……この子供はどこにいるというんだ?この閉鎖された狭い部屋の中に、どこに……どこに。


心臓が早鳴る。



こんな狭い部屋にどこにも隠れ場所はない。


あるとしたら……ここしかない。




ベッドのシーツの裾を掴んだ。



「うあっ」




そこには血だまりを作る子供の事切れた死体があった。




どういうことだ……。


どういうことだ!?



この床面積せいぜい7m2程しかない、閉じられた部屋の中、死体の子供と俺しかいない。


この子供を誰が殺し、俺を閉じ込めているのは誰なんだ?



ここが病院だとしたら、”きっと俺は職員で、入院患者の子供を殺し、自ら部屋を閉じた?”


自ら閉じたなら鍵があるはずだ。しかし鍵はない。

とすると閉じ込めた人間だけが別の人間か。





……一つ、気がついてしまった。この血まみれの子供の体のサイズなら、このベッドの大きさはおかしい。



大人用のベッドだ。


これぐらいの子供なら小児用サークルベッドで充分だ。



つまりこの病室の持ち主は”俺で間違いない”。



ということは、俺の病室に、知らぬ子供の死体と子供のノートがあり、閉じ込められている。



ということは、このノートと子供の死体は”俺が作り出した産物だ”。本来存在しないものだ。

本来見えないものを俺は見ている。



子供の死体とノートが跡形もなく消えた。


ほうっと息をつく。



つまり、”俺は見えざるものが見えるがためにここに閉じ込められている入院患者ということか”。




扉に近付き、目を近づけ、開閉口から外を伺ってみる。



!?



外に見える通路は血の海だった。横たわる死体が何体かある。カツンカツンとどこからか足音が聞こえる。



「一人逃げたやつめぇ……今鍵を探しているからなぁ~……」


不穏な男の声。




つまり、”やはり俺は逃げ隠れた先のこの部屋に自分で自分を閉じ込めた”ということか。


殺人鬼は外を彷徨い、予備の鍵を探している。


予備の鍵が見つかれば、この部屋の安全は時間の問題だ。



とするとさっきの子供は、”あの男に殺された幽霊であり、鍵を閉め俺を助けてくれた存在ということか”。




……いや、それも、違う。




戻ってきた彷徨い歩く男は……俺と同じ顔をしている。




「見つけたぁ」




ある部屋から女を引き摺り出し、殺害しようとして反対に刺され殺されている場面が今見えた。

女はそのまま泣きながら逃げた。



とすると俺は、”あの男の魂であり”


“自分が殺した何体もの魂に囲まれていることになるな”。




「は……はは……」





背後を振り向くと血まみれの子供がまた現れ、起きあがり立っていて、扉開閉口からは血に濡れた何本もの腕が伸びていた。









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