四_093 知らぬを許さぬ_1



 ミドオムは迷わなかった。

 ヤマト達に向けて力を見せると宣言したラボッタ。その言葉が終わらぬ呼吸で踏み込み掌打を放つ。

 ラボッタの顎と腹に向けて左右。


 無手でもミドオムは無力ではない。

 踏み込む速度も影が走るような速さだが、仕掛ける呼吸がまるで読めなかった。視界に入れていたはずのヤマトが驚くほど。


「手癖のわりい」

「あぁ?」

「まずひとつ、だな」


(なんだこれ?)


 ヤマトの目に映る光景が、不自然に緩急を変える。

 顎を狙ったミドオムの掌打が勢いを弱め、反対にラボッタが加速した。

 まるでミドオムが加減をしたかのように遅く。


「ぐへぇっ!」


 普通、蹴り足と掌打なら手の方が速い。

 ましてラボッタの方が後手だったのに、顎に迫ったミドオムよりも速く回転し迎撃の廻し蹴り。


 腹に受けたミドオムが吹っ飛んだ。

 治癒術士の光弾も腹に受けていた。その痛みもまだ癒えていなかっただろう。


「これが離力・・ってやつだな」

「ぶ……っそ、だろ」


 建物の壁に叩きつけられ呻いた声は、演技ではない苦しさがあった。


「寝てろや二の使い。お前に用はねえ」

「う、べっ……」


 一撃でミドオムを沈めて、何事もなかったかのように。



 強いとわかっていたはずだが、想像を超える。

 今のミドオム以上の速さで攻撃を仕掛けることはヤマトにも出来ない。

 猛烈な速度で殴り掛かったところでのカウンター。

 迫ってくるミドオムの拳を何らかの力で遅くした。魔術の一種だとは思うが今まで見聞きしたものとは全く違う。


 離力、と言ったか。

 斥力のことなのか。引力と逆の力なんて見たことがない。

 いや、引力を使う魔術があると聞いた記憶はあった。だとすればその逆作用を使える可能性は十分にある。実際に今やってみせたのだから。


 魔導師ラボッタ・ハジロ。

 一瞬の攻防でその力を示して、ヤマトの足を止めた。ヤマトだけでなく仲間の誰もが息を呑む。銀狼のグレイでさえ。



「片方だけよ!」


 アスカの声に我に返る。


「一度に使えるのは一方だけ!」

「なんでわかるんだかなぁ嬢ちゃんよ」


 万能ではない。

 そうだ、魔術は何でも出来る万能な力ではない。

 全方位に同時に効果があるわけではないと見たアスカの言葉を、当のラボッタが認めた。


 廻し蹴りだったのは、腹を狙った方の掌底を躱しながらだったから。

 突き放そうとする見えない力の影響を受け遅くなったのは、顎を狙った手だけだった。

 目にした事実から直感で答えを導く。妹はやはり天才だ。



「上だヤマト!」

「わかってる!」


 びりりと肌が震えるのを感じて槍を振るった。

 遠隔魔術。

 予備動作がないのはカリマと同じだが、空気の中の電気の動きを感じ取れた。

 僅かだがカリマの技よりも雑で、余計な力を放出している。


 先にカリマのそれを見て知っていたから。

 見たことのないものと違い、経験がヤマトの糧になっている。

 頭上から放たれた光弾をヤマトの槍が薙ぎ払った。



 ぴく、と。

 ラボッタの眉が動いた。


「魔術を散らすってなると……やっぱりその槍は、あれか」


 知識があるのはヤマト達ばかりではない。ラボッタも当然多くのものを知っている。


「龍槍メロルカノール。似てるだけじゃねえな」

「……なんで知ってるの?」


 アスカ、フィフジャと一定の間隔を空けながら、お互いの死角を補いつつラボッタと対峙した。

 やや後方にグレイとクックラ。全体をグレイが見てくれる。

 クックラは建物の壁の隅に小さくなって、頭を黄色のヘルメットで守っていた。


「お前らも見たんだな、あれを」


 ヤマトの問いを受けてラボッタが納得したように頷く。


「近づいたら問答無用で攻撃されるはずだが、同じ槍を持ってりゃ違うのか?」


 ラボッタも目にしている。深緑卿の御苑の奥にいた槍に貫かれた精霊種を。

 その言い分からすれば攻撃を受けたということになるが。


 あれにはヤマトも危険を感じた。

 けれど直接攻撃を受けたわけではない。

 ラボッタの言い様を信じるなら、素材が同じ槍を持っていたからということか。



「どうして僕の槍が龍の角だって言い切れる?」

「見た目が似てるってだけじゃねえさ」


 さっきと違い、今度はヤマトに指を向けた。

 撃ち出される超速の光弾を槍で打ち払うと、光弾は空に消えてなくなる。


「いくら坊主の力が強いったって、俺の魔術を簡単に払えるわけがねえだろ」


 こんな時でも講釈を垂れるのはラボッタの性分なのだろうか。

 いや、彼自身も確認したいのだ。考えを言葉にして、誰かに聞かせて確認している。


「普通なら鉄板の盾でもひしゃげるんだぜ、その一発で」

「……」

「異界の龍ってやつなら人間の使う魔術を散らすのもあるんじゃねえか。あれも精霊種みたいなもんだろ」


 神のような異質な力を持った存在。

 父たちはこの槍の丈夫さについて不思議がっていた。

 ラボッタのような男に言われて納得するのも癪だけれど、たぶんこれが正解だ。


 地球から迷い込んだ伊田家と、異界の龍の残した槍。

 そう考えれば入手したのは偶然ではなかったのかもしれない。この世界に転移してきた日に伊田家に託された遺物。



「ひょっとしたら、うちの馬鹿弟子は本当に龍を沈めたりしたわけか?」


 伝説の龍の角と共にズァムーノ大陸から戻ったフィフジャ。

 龍を沈めるか、世を枯らすか。

 そんな予言の日に産まれた彼を、予言の子だと見ていなかったラボッタだが。


 こうして材料が揃ってみて、予言と重なるところがないでもない。

 もともと曖昧な予言だ。予言なんてどれもあやふやなものかもしれないけれど。


 符合するのなら興味を示す。

 ラボッタは過去の魔導文明などのことを研究しているのだった。今の世の中で知られていないことなら彼の関心の対象になる。アスカのように。



「もう弟子じゃない」


 フィフジャが吐き棄てるように言った。


「さっきあんたが言ったんだ。俺はもうあんたの弟子じゃない」

「ああ、まあいいじゃねえか」


 自分で捨てる宣言をした弟子に向けて、舌の根も乾かぬうちに。

 挑発しているわけではない。本当にこの男はまるで気にしていない。


「お前が本当に例の予言の子だってんなら、俺だってもうちっと丁寧に扱ってやるって。少しはわがまま聞いてやってもいいぜ」

「あんたは……」


 怒りではなく、心から呆れ果てたというフィフジャの声音。


「いつも勝手なことを」

「誰だってそんなもんだろ。教母にしろ大司教にしても……お前だってな」


 自分だけじゃない、当たり前のことだと言う。



「わかったって、そう怒るな。なんならさっきのは無しだ。坊主を殺すのもやめといてやる」

「……」

「俺は興味があるだけだ。俺の知らねえことに……あの娘を治癒した嬢ちゃんの魔術だとかよ」


 ネフィサの傷は治癒術で助けられる範疇ではなかった。実際に治癒術を使ったのはクックラだがラボッタもそこまではわかっていない。

 ラボッタが教えてくれた代償術の応用だが、この男が誰かを助ける為にアスカのような使い方を思いつくわけもないか。

 アスカが妙な力の使い方でネフィサを助けたのは事実。ラボッタの理解できない技術を隠し持っている。

 だから、と。


「仲良く一緒に学ぶ、ってのもありだわな」

「ないよ」


 殺すと言っておいて、今さら共に学ぶなど。

 ラボッタに何か少しでも知識を譲りたいだなんて思えない。断固として断る。


 イルミーノラークと過ごしたこの場所。ヘレムの陽だまり。

 読み書きを教えてもらって、小さなことで笑い合って。

 温かな時間をヤマト達にくれたここで、こんな男に共に学ぼうなどと言われるのは不愉快。


 虫唾が走るとは、こちらの言葉でなんと言うのだろうか。

 そんな言葉をイルミから教えてもらいたいわけでもないけれど。



  ◆   ◇   ◆

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