四_094 知らぬを許さぬ_2



「フィフ、聞いても仕方ない。話が通じる人じゃないんだ」


 協調路線などあり得ないとヤマトは思う。しかしラボッタの実力についてよく知っているフィフジャは迷うかもしれない。戦いを避けたいと。


 しかし、意味がない。

 彼は自分以外を興味が湧くかどうかの基準でしか見ていない。他はせいぜい飯の材料になるかどうか程度。

 約束したところで平気で破るだろう。覚えているかも怪しい。


「ああ、そうだな」


 異常な力だけではなく、ラボッタの人格についてもヤマトよりフィフジャがずっとよく知っている。

 利己的で協調性がなく、嘘をつくことに罪悪感を抱かない。

 他人の気持ちを想像できない。自分の興味関心に対しては異様なほどの才覚や貪欲な執着を見せる。



SAIKOPASUサイコパス……」


 アスカが呟いた日本の言葉。いや、日本語じゃないけれど。


「……それだ」


 前からラボッタに感じていたもの。

 ミドオムのように他人を傷つけて楽しむ性質の犯罪者とは違う。自分の関心以外のことに配慮出来ない人格。


 フィフジャを引き取ったとこだって予言に関心があったから。

 ヤマト達を助けて魔獣と戦った時のことも、アスカに興味を抱いたから。

 あの時のラボッタは手を抜いていた。追い詰められたヤマト達の様子を見ていたのか。


 それで誰が死のうが気にならない。

 結局、今ここで休戦したとしても、また何の悪意も決意もなしにこちらを傷つける。切り捨てる。

 信じることなど出来るはずがない。



「ラボッタさんは……」


 ヤマトとすれば殺したいほど憎んでいるわけではない。

 ただ、こんな人間が近くにいることが怖くて、気持ちが悪い。

 放っておいてくれればそれでいいのに。


「なんでそんな勝手なことばかり言えるんだ」

「大抵のことは出来る俺にも出来ねえことがある」


 隠す必要性を感じていないから、素直に答える。


「精霊種は殺せねえ。超魔導文明の技は再現出来ねえ。全部を知るには時間が足りねえ」

「……」

「ムカつくじゃねえか。俺に出来ねえってのが」


 届かない高みがある。


「ずっと昔に出来てたやつがいるってのに、な」


 他の誰かが手にしていたことが、今のラボッタに出来ない。それを腹立たしく感じて。



「証明したいって言うなら、あなたはもうこの大陸で一番の――」

「誰がどう言うかなんて関係ねえんだよ。坊主」


 下らないと鼻で笑う。


「ゼフスの野郎が言ってたか。世界最強だって認めさせたいだとかアホくせえ」


 ミドオムの父親、ゼフス・ギハァト。

 ヤマトの指を切り落とした男は、ギハァトの一族が世界最強の戦士だと知らしめたいらしい。


 名誉欲というのか。

 ゼフスも異常な男だと思ったけれど、人間らしい欲求だと理解できる。

 ヤマトだって、世界最強の勇者なんて世間で呼ばれるのなら憧れを感じるのだ。


「別に誰が知らなくてもいいんだよ、俺は」


 ラボッタは違う。

 道を追求する者とすれば、ラボッタの方が正しいのかもしれない。



「俺は、俺が全部知ってりゃいい。そんだけだ」

「……」

「本当は俺だって無理にとっ捕まえようなんて思っちゃいなかったんだぜ」

「何を今さら……」


 面と向かい会話をしながらも、気を抜けない。

 この男がどのタイミングで仕掛けてくるのか読めないし、いざ襲ってきたら息をする余裕もないだろう。

 短く浅く呼吸を整え、ラボッタの出方を窺いながら。



「放っておいても気が大きくなりゃ勝手に喋るかとも思ったんだが、ガキのくせに妙なところは案外と用心深い」

「……」

「フィフジャの方も、お前らの素性を知らねえみたいだったからな」


 ヤマトたちの素性。出自。

 確かに話していない。


 森の奥で出会った頃は言葉も通じなかったし、フィフジャの人柄もわからなかった。

 森を出て、言葉を覚えて。

 だけど、今度はどう話していいものかわからなかった。


 異世界から来た人間だなどと言っても信じられないかもしれないし、異界の龍というのはこの世界で戦いを引き起こしたとも言うし。

 みだりに出自を話すべきではないかと。



 ――あなた方が大森林の奥から来たとは知られない方がいい。


 そう言われた。

 森を出て最初に訪れた集落で。ゼヤンの子クスラとピメウに。


 変わった出自であることを知られて厄介事に巻き込まれるかもしれない。

 大森林出身ということだけでなく、異世界の人間だということも。荒唐無稽と笑われるだけか、違う方に転がるか。


 アスカと示し合わせたわけでもないが、他人には伏せている。

 フィフジャに対しても。


 フィフジャが己の過去を伏せていると船で彼を責めたこともあったが、ヤマト達だって同じだ。

 言わなくて、言えなくて。


「ガキの面しといて、自分らの持ってる秘密に相応の価値があるってわかってやがる。食えねえ奴らだぜ」

「誰だって他人に言わない秘密くらいあるじゃないか」

「その秘密が俺に価値がありそうなんでな。だから教えろって話さ」


 利用価値が、だろうに。どこまでも自分勝手な。



「……知りたがりのゴパトーク、ね」


 ぽつりとアスカが漏らした名前が、周囲の空気をわずかに止めた。一瞬だがラボッタが呼吸を止めた。


「ああ……よく知ってんな」


 アスカに向けて頷き、満足気に笑うラボッタ。


「知りたがりのゴバトーク。星が流れるわけを尋ねて見知らぬ場所を彷徨い歩く。寒い大地のゴパトーク。風向き変わるわけを尋ねてまた来た場所を彷徨い歩く。知らぬを許さぬゴパトーク。歩いた場所の全てを覚えて知らぬを探して彷徨い歩く」


 アスカがそらんじるのを聞いてヤマトも思い出した。

 竜人ピメウが言っていた。知らぬことがないと言うおとぎ話の存在。



「ユエフェンのわらべ歌か。久しぶりに聞いたぜ」


 はっと笑うラボッタの雰囲気が、先ほどと少し違う。本当に懐かしさを覚えるような顔で。


「ご名答、だな」

「?」


 ラボッタの賞賛の意味が理解できない。


「俺がそのゴパトークだ」


 ユエフェンの童謡になっているそれを、自分のことだと言う。

 確かに謳われる性分とラボッタのそれは一致するけれど、海を渡って知られるような童謡が今を生きているラボッタのことであるはずがない。


「何でも知っている。何でも知りたがる。誰だってそんなもんだろうが」


 アスカもヤマトもそうだし、人は誰でも知らないことに興味を抱くけれど。


「俺は俺が知らねえことを許せねえ」


 傲慢な知識欲が人間の当たり前をはみ出している。



「お前らの知っていることを全部俺に話すか、そうでなけりゃあ」

「……」


 知らぬことを許さない。知らせぬことを許さない。


「ちょうどいい。兄貴の泣き叫ぶ声を聞かせりゃ喋りたくなるかもしれねえからな」

「……ただ素直に協力を頼む方法だってあったはずなんだ」

「それで洗いざらい喋ってくれる奴の話なら大した価値はねえんだよ。坊主」


 隠すべき秘密だから価値がある。



 森を出る前に母に言われた。

 悪い人もいるかもいれない。良い人だって利害の天秤で傾くかもしれないと。


 森を出てから、ピメウに言われた。

 ズァムナの子だと知られたら、その知識を求める人間に狙われるかもしれない。


 こういう形で最も厄介な相手に目をつけられるとは思わなかった。

 ヤマト達の身を案じてもらった言葉が、ここまで来て現実の脅威となって道を塞いだ。



「アスカに手を出すなら、殺すよ」


 改めて口にした。


「僕らはただ静かに暮らせればいい。ラボッタさん、あなたがどこで何をしていたって別に興味なんかない」

「俺が、興味があるんだ。お前らの変わった体質やら頭の中身にな」


 手の中にある糸を手放すつもりなどない。

 手繰り寄せ、自分のものにする。

 その為に誰が泣こうがラボッタに罪悪感などなく、ただ知識を極める為に。



「しかしまあ、因果なもんだぜ」


 準備運動がてら軽く首を回して、


「俺の欲しい情報を持ってる奴がそっちから来てくれるんだからよ」


 ラボッタの人生では過去にも似たようなことがあったのだろう。

 未知の知恵を持つ者と出会い、手段を選ばずそれを奪う。

 今回も同じ。


「妹とその槍は俺が面倒見てやる」


 だから、なんだ。

 愚にもつかないことを。



「お前はあれだ。治癒術士の餌にでもなってろ、坊主」


 いつ生じていつ放たれたのか。同時に撃たれる三つの光弾は突風のような速さ。

 続けて迫るラボッタもまた暴風の様相で、ヤマトに瞬く暇さえ与えなかった。



  ◆   ◇   ◆

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