四_086 見えざらぬ神の手_1
「もうすぐのはず」
アスカがノートを照らしながら言ったのは、自分自身でも確認したかったのだろう。
「見つかるといけないから静かにね」
「ん」
クックラが小さく答えて、ヤマトは無言で頷いた。
グレイは耳をぴんと跳ねて返事をしたように見える。
アスカの荷物にはノートと方位磁石も入っていた。
ここで二人で少し奇妙なことに気が付く。
家で使っていた方位磁石なのだが、赤い針の指している方角が記憶と逆だ。
ここまで使うことがなかったので、いつから逆になっていたのかわからない。
赤道を越えたところだったのかもしれないが、北半球と南半球で地場が逆転するみたいな話は知らない。どうだったろう?
原因はわからないが、とりあえず一定方向を示すので現在位置の把握に支障はない。
この世界の法則がよくわからないのだから、考えても仕方ないし。
方角を磁石で確認。距離を歩数で計算。
ノートに書かれた地図と、歩いてきた歩数を隅にメモして。
わかりにくい地下道を進みながら、およその現在地を把握する。
見つけた地下通路は黄の樹園に繋がっている。
かなり正確なサナヘレムスの地図を写したノートと照らし合わせて確信した。
地図を、とは言うけれど。
どこにでもあるものではない。ダナツも世界地図を持っていたが貴重品だった。
聖堂都市の詳細図など、よそに流出したら警備に問題が生じる。
町の高官でもなければ目にすることはない。
だけど、持っているのではないか。
バナラゴ・ドムローダなら。
エンニィはちょっと泣きそうだった。ばれたら殺されるとか。
彼の手引きでバナラゴ秘蔵の町の図面を見せてもらい、急いで書き写した。
友人であるフィフジャを助ける為だ。エンニィも役に立てて嬉しいんじゃないかとかアスカの言い分にエンニィは苦笑いだった。
そして、フィフジャと面会したはずのバナラゴなら居場所を知っているだろうと。
黄の樹園の奥にひときわ大きな建造物がある。治癒術士たちの住居にして研究所。
その隣の小さな建物に囚われているということもエンニィが聞き出してくれた。
地図を写してみてわかったが、中央にある大教会ポルタポエナから、西に向けて町の外壁までほぼ真っ直ぐな通路があった。
区分けする為の大通りのような。ただ途中に関所のような建物があって普通に歩いていたら真っ直ぐな道が続いているとはわからない。。
通路の横は壁や植え込みで塞がれている。
最初にヤマト達が案内されたのは、この通路の途中にある建物だったのだろう。
この東西に通る道からから北に出れば黄の樹園。
南に出ればヘレムの陽だまり。
逃げて迷い込んだ理由が、こうして地図を見てわかった。
どこに繋がっているかもわからない道を進めない。
出た所から、どう進めば抜けられるのかも先に知っておかなければならない。
一番に必要な情報は地図だった。
町の北西にある大きな建造物。
治癒術士の本拠地ということだが、地下通路はここに繋がっていた。
残念ながら、フィフジャのいる建物に出るわけではない。
アスカが灯りを消した。そのまましばらく、暗闇に目が慣れるまで待ってから歩き出す。
ヤマトは片手をクックラの肩に添えて転ばないように支えた。
アスカは左手でヤマトが突き出した槍を握り、引く。
反対の手はグレイの背に触れていた。
出口が近い。
どこからか差し込むほんのわずかな明かりだけでもグレイには見える。
ヤマトも、少しずつ暗さに慣れて闇の中でも見えて来た。
思った以上に出口は近かった。
アスカの計算が正確だったのだろう。
音を立てないように。
祈る必要はなく、神様が作ったという上げ下げの隠し扉はほぼ無音でスムースに開いた。
入って来たヘレムの陽だまりの倉庫でもそうだったのだけど、こちらも無音とは限らない。
そういう心配はいらなかったようだ。
やはり、倉庫。
なるほど、と。
地下倉庫なのだけれど、置いてある物がかなり大きい。
通路を通らない大きさの箱などが目立つ。
運び出せないのだから中を片付けようにも限界がある。
あとは壊して持ち出すか、ということだが。
古くからある物品を破壊していいのかと聞かれて、誰もいいと判断はしにくいだろう。
どうしても壊してまで場所を空ける必要もない。そのまま放置され忘れられたような部屋。
この倉庫は、地下通路への出入り口を隠す為に作られたのだろう。
上げ下げシャッター式の戸というのも他にほとんど見ない。
あまり人が立ち入らず、入ったとしても壁にしか見えなくて、押しても引いても動くわけではない。
うまく隠したものだ。隠し通路なのだから当然かもしれないが。
この仕掛けも、やはり神様の手によるものと考えた方がいい。
仕掛けに気付いた人もいたかもしれないが、だとしても公にすることもなく相当な月日をひっそりと。
地下通路には他にも分岐があった。
今は用がないので進まない。確認も後回しだ。
闇に眼を慣らしたのは正解だった。
ヤマトは自分の荷物をアスカに預けて、四つん這いになって先を窺う。
指を立てて、音を立てないように進んだ。
誰もいないか。
倉庫から階段を上り、神経を張り巡らせて。
黄の樹園の巨大な建造物。
この出入り口は三方にあると聞いている。
窓はほとんどない。僅かに通気用の口が手の届かないような場所にあるだけ。
この倉庫部屋から上ってまた倉庫という造りも、ヘレムの陽だまりと同じだ。
上の倉庫はまだ使われている様子がある。
そこから這い出して安全を確認して、アスカ達を手招きした。
慎重に。
廊下には灯りが漏れている部屋もあった。
誰かがいる。
ただ、幸いと言うか何というか、この建物の部屋には扉がついている。行儀よく閉まっている。
教会の部屋は、出入りの開口に枠があるだけで戸がなかった。
秘密主義というか、そういう黄の樹園だから個別に戸がついているのかもしれない。逆に教会側は包み隠さない意思表示なのか戸の少ない造り。
灯りが漏れてはいるものの、中の気配は薄い。
眠っているのだろう。今の時間は夜半過ぎなのだから。
廊下を進んでいくと笑い声の漏れる部屋もあった。
何をしているのか知らないが、間違っても戸が開くことがないように。
気が気ではないが、何とかそこを抜けて外に出ることが出来た。
見張りはいない。
彼らにとっては日常的に暮らしている場所なのだから、そういう必要性を感じないのだろう。
侵入者などそうそういるはずもない。
「方角は?」
「こっち」
エンニィから聞いた場所をアスカにもう一度確認した。
出て来た場所は都合がいい。
巨大な建造物の西側。
ちょうど目的地も西だ。
地図で見たら小さな建物だと思ったが、比較対象の隣の建物が大きすぎた。。
ヤマトたちの想像より大きい。小教会四つを合わせたくらいの建物。
そして困ったことに。
「……」
見張りがいる。
衛士が二人、入り口を見張っていた。
どうしたものか。
近付くのをやめて、物陰から様子を窺った。
他にも見張りがいないかと警戒するが、しばらく見てもそういう気配はない。
居眠りでもしてくれたらと期待してみても、さすがにそう都合よくいくわけもなかった。
「……」
自分の喉を差して、それから衛士たちの後ろを差す。
アスカに作戦を伝えようと。
声を少し離れた場所に届ける魔術。ヤマトならそれができる。
頷いたアスカと共に荷物をその場に置き、低く構えた。
「ぉ……ぼ、ぉ……」
低く唸った。
声が跳ね返るように、衛士たちの背中の目的の建物に向けて。
ヤマトが使える魔術もどき。
あまり使い道がないけれど、声を反響させることは出来る。
「ん?」
「なにか聞こえたか?」
自分たちが守る建物の中から響く声。
そう聞こえたのだろう。
二人の衛士が背中を向けた。
「っ!」
すかさず駆け出し、振り返ろうとした衛士の首に巻き付く。
「んむぅ!」
「う、あ……ぁ!」
事前に打ち合わせていたけれど、同じ行動を取った。
絞め技。
血流を滞らせて短時間で相手を失神させる。
喉を絞めることで声も上げられない。
出来るだけ殺したくない。
アスカに人殺しなどさせたくない。
失神した人を放置して、絶対に無事だとも言い切れないのだが。
それでも死に至る可能性は高くはない。
くたりと力を失い倒れた衛士。
物音を聞きつけて誰かこないかと用心するが、とりあえずはそういう様子はなかった。
衛士の服を結んで二人の体を縛り、持っていた手ぬぐいで口を塞ぐ。そのままとりあえず物陰に寝かせた。起きてもすぐには動けない。
いつ目を覚ますかもわからないので急がなければ。
「グレイ、頼む」
『ゥ』
大きな声を出してはいけないとわかっているのか、短く答えた。
この建物のどこにフィフジャが捕らわれているのか。
そこまではわからない。
わからないが、匂いまでは消せない。
奇妙な構造の建物だった。
入って正面に衝立があり、衝立の向こうに小さな廊下と重そうな鉄扉。
建物の中央に大きな場所を取っている。
正面ではなく、左右にも通路が。
グレイが左の通路だと言うようにヤマトに振り返った。
ヤマトは地球の教会に詳しくない。
懺悔室というものがあるのだとは本で知っていたが、サナヘレムスの教会にそういう部屋はなかった。
ここがそうなのだろうか。
薄暗い通路の突き当たりの扉。
鉄ではなく、重厚な造りの木製の戸だ。
「……まあ、こういうものね」
鍵はかかっている。
とはいっても、ここは何かを閉じ込める部屋。表からなら捻って引けば開けられるタイプの鍵。
中からは解錠できないのだから、別にそれで問題ないのだろう。
できるだけ物音を立てずに、と思うのだけれど、わずかな金属音や戸が開く際の空気の動きまで気になってしまう。
キィィ、と。たぶんヤマトが感じるほど音はなかったと思うのだけれど。
小さな部屋に簡素な寝台。
そこに横たわるフィフジャの顔が少し動いたのを見て、はぁぁと思った以上に大きな息を漏らしてしまった。
隣のアスカの溜め息だったのかもしれない。
◆ ◇ ◆
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