四_085 主教と大司教の憂鬱



「全く」


 溜息交じりに責めるような声音で。


「色々と予定が狂うものです」


 誰に向けて言っているのかといえば、この場には二人しかいない。


「儂のせいではない」

「あなたもです」


 自覚がないのかと、今度ははっきりと相手に向けての溜息を。


「あっさり篭絡されてしまって。引き延ばすよう言っていたはずですが」

「……すまんの」


 謝罪の言葉の後に首を振り、


「じゃが、本当にうまいものを食わされてはどうしようもあるまい」


 子供のような言い訳を付け足す。


「それが儂らの性なのじゃから」

「確かに。どうしようもない」


 責めることもなく言い訳を飲み込んだ。



「主教の憂鬱。大陸全土の食料供給が不安定になることで人口調節の役割もありますが、これが乱れるのは仕方がありません」

「儂らに制御できることではない」


 人口調節。口減らし。

 ただの拒食ではなく、どういう理屈か不作、飢饉に繋がる。

 発端となるヅローアガ主教にも、管理しているコカロコ大司教にも制御は出来ない。

 摂理のように定期的に起こる出来事。



「人口は別として、ついでに少し中の片づけをするはずでしたが」


 再び溜息が、コカロコから漏れる。


「こちらも予定外の荒れ方です」

「助祭長が二人となれば混乱も免れまい。法官長……シャド・タルドは頭が痛いじゃろうな」


 町の行政を担当する責任者の名を上げて、ヅローアガは軽く鼻で笑った。

 気にしている様子はない。


「ようやく手に入った手掛かり。こちらの方が優先ですが」

「それも治癒術士の暴走でどうなるのやら、というところじゃな」

「全く」


 ゼ・ヘレム教会トップの二人が肩を落とした。


「ほどよく甘く飼い馴らそうとしているものを」

「餌と見れば目の色が変わってしまうあれらを哀れに思うのは、儂らくらいじゃろうな」

「あの方も言って下さればよいでしょうに。ヘレムの欠片ではないというのなら」


 探しものとは違うのだと、二人は知っていた。

 半端な情報を得た者が勝手な判断で暴走する。

 どこにでもある話だろうが迷惑だと。



「ご自身ではヘレムへの道を見つけられぬと言われるからのぅ」

「それが為に、いくつかの手法で人による模索を試しておれられるとは言いますが。これでは手掛かりが失われかねない」


 道を探す手段を複数に分けて、それぞれが別の意志で目的に向かう。

 目的は同じでも対立することはある。


 ゼ・ヘレム教会は、他の人間国家とは違い目的に純粋な集まりと言えるだろう。

 人間なのだから利己的な行いは捨てきれないとはいえ、成し遂げるべき目標は神への道の模索。

 その意志が強い者ほど教会で上位の立場に立ち、多くの真実を知るようになっていた。



「立場を得て欲に囚われる者もいますが、治癒術士のあれは狂気です」

「かといってポシトルのような行いも困るじゃろう。教会の深奥を他に漏らすような」

「金銭的な欲求は構わなかったのですがね」


 狂信的な治癒術士と、俗物のポシトルと。

 教会とすれば後者の方が忌むべきだが、前者の暴走にも頭が痛い。

 あまり大々的に年若い兄妹を庇護すれば、知られたくないところにも情報が行ってしまう。



 ゼ・ヘレム教会の影響力はリゴベッテ大陸で非常に強いが、だからこそそれを疎む勢力もあった。

 大陸の国家では、教会の醜聞を嗅ぎつけてその勢力を削ろうという動きも絶えない。


 あまりにそれが目立ってくれば、表から裏から手を回して滅亡の道を用意することも考える。

 大陸で権勢を増した国が内乱、分裂、亡国と。過去の歴史にもある。


「龍のせいで、この巡りはこれ以上こちらで争乱は起こしたくないのですが」

「魔人……回渦人の千年周期じゃな。ある程度は強く維持してもらわねば、このサナヘレムスが陥ちかねんのぅ」

「思えばあの時点から予定は狂っているわけです」


 僅かな者しか知ることのない真実。

 知っているコカロコとヅローアガはこの先のことを考え憂うし、知らぬ者は目の前のことで揺れる。

 誰かれ構わず話すことも出来ないことを、二人で愚痴りながら確かめていた。



「あの子らがヘレムへの道を開いてくれるのなら、回渦人のことなど些末な話になります」

「早まって治癒術士がアスカ嬢らに害を為さぬよう手配はしておるが」

「二の使いのことなら」


 コカロコの顔が渋く歪んだ。


「あれの裏……いえ、表のと言った方がいいですか」

「本性じゃな」

「あの子らはそれを知っていたということです。聞けば一の司もその場にいたのだと言うのですから」


 ははっとヅローアガは笑った。


「あれは信用ならぬよ。二の使いなど可愛いもんじゃ」

「本当に。何もこちらに伝えないとは悪意さえ感じますが」

「治癒術士を狂気というなら、ラボッタの欲望はもっと酷いのぅ」

「三の仕えなら心配ないのですがね」


 コカロコが首を振る。


「皆が彼のように敬虔であれば」

「それはそれで問題がありそうじゃが」


 答えのない愚痴を吐いて気が済んだのか、コカロコは首を傾けて伸ばした。


「二の使いには彼らの安全確保をさせましょう。場合によっては治癒術士がいくらか減っても構いません」

「どちらも替えは効く。対外的にも、異常な男が教区で暴れただけと見せられるわけじゃな」


 ゼ・ヘレム教の為に、正体不明の兄妹には利用価値があり、他には知られたくない。

 一連の殺人事件にもわかりやすい答えになる。

 暴走している治癒術士への抑えとしても有用だと、教会トップが頷いた。



白涛はくとうはどうじゃ?」


 話の終わりに、ヅローアガが訊ねた。


「アスカ嬢との関りや何かで変化があったりせんのか?」


 コカロコは少し黙り口元に手を当てる。


「……セルビタが言うには、少し変わったと。私には子供がやや成長した程度にしか見えませんが」

「黄の樹園とは逆の道筋。あれこそがヘレムへの道だと儂は思っておる」


 ヅローアガの言葉にコカロコも強く頷いた。


「ええ、回を重ねるごとに近付いていると私も思います」

「そろそろ何かの成果を見たいものじゃが……すまんの、今のは忘れてくれい」


 急かすようなことを言ったと謝るヅローアガに、コカロコはいいえと返して。


「案外、ヤマトと結べば本当にヘレムが戻るかもしれません」


 赤い花と白い花を合わせれば桃色の花が咲くのではないかと、そんな風に。


「懸想している小僧とやらは平気か?」

「セルビタが見ておりましたが、おや?」


 そこで初めて、コカロコは自分の認識がヅローアガとズレていたと気付いたらしい。



「テナアから話を聞いた時には驚きましたが、それであなたが手配したのかと」


 勘違いしていたと首を傾げる。


「姿を消したと聞いたので、いらぬことを知ったあれを処分したのかと思っていました」

「儂は知らぬ。他にポシトルが余計なことを喋った相手がおらぬかは調べておったが」



 お互いに、発生した問題をどちらかが対処したのだろうと考えていた。

 勘違いに気付き、むうと口を歪める。


「町の外に……」

「いえ、衛士の報告ではそういう様子は」

「……」


 顔を見合わせて、深い息を吐いた。


「よもや、あの忌々しい隠し道というわけかのぅ」

「私たちだから使えないというのも、なんとも皮肉なものです」


 二人はもう一度溜息と共に呟いた。


「ヘレムめ……」



  ◆   ◇   ◆

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