四_083 迷い立ち止まり
隠し通路の先の偽装倉庫。
明らかに入口より大きな壺や箱があったのだから、偽装倉庫ということでいいだろう。隠し通路を見つけにくくする為の偽装。
小さな建物を出て周囲を見回す。
見覚えのあるような、けれど似たような場所が多くていまいち確信のないまま外を進むと、知っている顔に出くわした。
「あぁ、ヤマト。アスカたちも」
「イルミ、よかった」
「よかったじゃないわ、もう」
イルミがいた。
地下通路のせいで方向感覚に自信がなかったが、ヘレムの陽だまりの区画で間違いないらしい。
イルミは珍しく少し怒ったような顔でヤマトを睨み、アスカたちを見て首を振る。
「心配したんだから。書殿にもいないし」
「ごめん」
探していたのにというイルミに、ヤマトは素直に頭を下げた。
イルミの顔を見てとりあえず安心したけれど。
続けて顔を合わせづらい気持ちがふと湧き上がる。
なんて言ったらいいのだろうかと、イルミを見て改めて考えてしまった。フゲーレのことを伝えなければと。
色々と混乱していて、ただ慌ててしまって。
ヤマトは確かに見たのだ。親しいとまでは言わなくとも、見知った少年の無惨な亡骸を。
ここまでの旅路でも人の死には触れてきた。だから、死体があったからといって大騒ぎするまでの動揺はない。
とはいってもある程度の付き合いがある知り合いで、年も近い。
イルミに恋心を抱いていた彼の死を、彼女にどう伝えたらいいのか。
どうしたらいいのかわらかず、言葉に迷う。
「探していたの? 私たちを」
迷ったヤマトの横からアスカが口を出した。
「そうよ、心配したんだから」
先ほどと同じ言葉を繰り返す。
心配をかけて申し訳ないけれど……?
「何か……あった?」
何をそんなに心配したのだろうか。
イルミの様子がおかしい。
まさかミドオムが何かをしたとかそういうわけか。
「知らないのね」
イルミが確認するように訊ねて、戸惑うヤマト達の表情に息を吐く。
それから、少し言葉を選ぶように視線を迷わせて、首を振った。
「サロル助祭長が亡くなったの」
「……え?」
いったい、どうなっているのだろうか。この聖堂都市は。
次から次に、死体が湧いてくるように。
――サロル助祭長をどうにかするか。
――どうにかするって、どうするのよ。
気持ちが悪い。
なんでこんな、こういうつもりではなかった。いや、こういうつもりだったのか。
だとしてもヤマトはまだ何もしていない。間違ってもサロル助祭長の命を奪ったりしていないのに。
「殺された、って……」
アスカと顔を見合わせたヤマトは、泣きそうな顔をしていなかっただろうか。
青い顔をしている妹も、思わずクックラの手を強く引いて言葉を失っていた。
都合がいい。
誰かの死を、そんな風に思うなんて。
少なくともサロル助祭長は、ここまでヤマト達に無体なことをしたわけではない。むしろ親切だったと言えるほどなのに。
そういえば今日はろくにものを食べていないのに食欲がまるでない。逆に腹の底から何か苦いものが込み上げてくる。
「そんな……」
吐き気を堪えて、呻いた。
そんなこと、願ってなんかいない。
望んだのは僕じゃないと、そう言いたかったけれど。
「本当よ」
イルミは重く呟いて、また首を振った。
なんなのだ。この聖堂都市は。
まさかこんなものが、神の思し召しというわけでもあるまいに。
◆ ◇ ◆
しばらく出歩くのは控えようと。
ヤマトがそう言うのは当然で、アスカも同意見だった。
状況がまるで掴めない。
この期に及んでは何が安全で何が危険なのか、全くわからない。
自分たちも、イルミだって。
ヘレムの陽だまりと呼ばれるこの区域は比較的安全な気がする。
フィフジャのことも、フィフジャの死を画策しようとしていたサロル助祭長が死んだとなれば、早急に何かということはないのではないか。
決して本意ではないが、状況がわからなすぎて身動きが取れない。
今はとりあえず、ミドオムの言葉が正しいことを願う。
いくつか整理する。
珍しく小雨が続く日。
サナヘレムスは内陸で雨は少ないが、まるで降らないわけではない。数日前にも少し降っていたし。
冬は雪も降るのだと言う。
サナヘレムスの北にある高山には雪が降り積もる。
それが雪解け水となり湖から流れて、この辺りの夏場の水源となっていた。
降水量が少ないのに多くの人間が暮らすことが出来るのは、水源がそうして調整されているから。
やはり神様は灌漑を整備してこの町を建造した。
逆に言えば、神様とやらも生き物だったのは間違いない。水源や食料を必要としていた。
あの地下通路は、何か理由があって造られたとして。
排水路と交わる場所に横道の出入り口があったのは、よく考えれば不自然なことではない。
排水路の整備用の地下通路の出入り口として。むしろ地下水路の交差点に点検通路があるのは自然だ。
他に目印のない長い地下通路の途中で、あそこだけは目印にしやすかった。
途中にあった段差と、地下排水路が交わる点。
そういう区切りの場所だったからアスカたちはあの場所で一休みしたのだし、その間にクックラが横道を見つけた。
見つけたこと自体は偶然だとしても、あの場所に通路の分岐があることは不自然ではなかった。
交差地点を渡ったところで見つけたのだから、もしかしたら渡る前の反対側にもあったのかもしれない。
聖堂都市の地下を流れる排水路の整備目的の地下通路だとすればどこに繋がっているのか。
たとえば大聖堂の下だとか。
あるいは、黄の樹園の地下だとか。
確認に行きたいけれど、少しの間だけでも落ち着こうとヤマトは頷かない。
ヤマトに言われた。
フィフジャのことも心配だけど、お前のことも心配だと。
兄としての言葉。
今この状況では自分たちの安全さえ守り切れる自信がない。
フィフジャを心配なのはもちろんだが、だから自分たちが無鉄砲をしていいということではない。
ヘレムの肉片。
アスカ達がヘレムの肉片だとミドオムが言った。全く意味はわからないけれど。
事実がどうではなくそう見ている誰かがいて、それはゼ・ヘレム教会にとって重要な何かなのだろう。
治癒術士からクックラを守らなくてはと思う以上に、今度は自分たちが狙われるせいでクックラが危険に晒されてしまう。
フィフジャは助け出す。
クックラも守る。
両方できなければいけない。アスカたちも無事のまま。
誰が敵で誰が味方なのかわからない中で迂闊なことは出来ない。
アスカたちのその判断を聞いて、ニネッタも同意してくれた。
――フィフジャ君のことはバナラゴも動いている。君らはまず自分の身を守るのがいい。
心配だけれど。すぐに助けに行きたいけれど。
アスカにはその力も情報も足りない。
ミドオムの言葉通りなら、今は自分たちの身を守ることがフィフジャの安全に繋がるはず。
「あんな奴の……」
殺人者の言葉に従うようで不愉快だが、今は我慢だ。
「とりあえず」
隣の部屋から、ふっふっと弾む声が聞こえる。
体が鈍らないようにとヤマトが運動している。小教会の固定された椅子を飛び回っていた。グレイもそれに付き合っていて追いかけっこの形式。
忍者と忍者犬の修行のよう。
「これね」
ヤマトの様子を見に行っていたイルミとクックラが戻ってきた。
アスカの手元には、綺麗な白い紙で綴られた本がある。
「どうだった?」
「びゅんびゅんってすごいの。あれで転んじゃわないって、ヤマトはすごいわ」
「ん、ぴょんぴょんしてた」
相変わらず兄はぴょんぴょん勇者らしい。
出歩くのを控えてもそんな様子で、アスカの気持ちも多少落ち着く。
今は出来ることをしながら警備に回る衛士などから情報収集。
一度、コカロコ大司教もここに来たけれど、やはり忙しそうですぐに去ってしまった。
次に来た時にはもう少し話が出来るだろうか。
「イルミの持ってきてくれたこれだけど」
アスカたちを探して書殿の奥まで行ったイルミが、普段は入らないような場所で見つけてきた本。
いいのかどうか知らないが、持ち出してきて。
「木炭でも書けないし、水をかけても濡れない」
「試したの?」
「えっとほら、水は事故だったじゃん」
「もう」
うっかり水を零してしまった時に、この本はするりと水を弾いた。
濡れない。
もしかしてと思って先ほど木炭を滑らせたが、やはり色が乗らない。
書けない。
妙な加工をされた材質で、だけど中身はちゃんと書かれている。
「たぶん、これ書いたの神様だわ」
人の技術を超えた造作物。
そんなものを作れる存在でこの町に所縁が深い。
先に見つけた予言に関する本と合わせて、おそらく神様が書いたものなのだろう。
神は、人に何を伝えたかったのだろうか。
あるいは、伝えたかった相手は別の誰かだったのだろうか。
◆ ◇ ◆
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