四_082 暗中模索_2
「フゲーレもこの道を通ったのよ。きっと」
一つずつ整頓する。
「そうでないと、フゲーレが一人で御苑の真ん中になんていけるはずない」
「ああ、そうか。だから危険はないって」
あの森に立ち入り奥地まで進む。
アスカ達にとってはどうということもないが、料理人見習いのフゲーレが進むには少し無理がある。
獣などの問題もあるが、不慣れな人間が森を進むのにはかなりの根性が必要だ。
アスカが軽く払うナメクジやヒルだって、慣れていない者にとっては心を削る障害になる。
深い茂みを払い奥まで踏み込むのが嫌になって、元来た道に戻ろうと迷うことも珍しくはない。
フゲーレがあそこまで進めるのかという疑問と、他に誰かが最近足を踏み入れた形跡のなさ。
たまたまフゲーレが逆方向からあの場所に辿り着いたというのでなければ、この地下通路を通ったのだろうと。
確証とすれば半分程度だが、半分も当たるというなら十分な根拠になる。
まるで手掛かりもないというよりはずっと良い。
そして、どうやらその半分の当たりの方だ。
「カンテラか何か持ってこの道を行ったのよ。たぶん、逆からね」
「なら、この先は」
ヤマトの言葉に頷いて、クックラに笑いかけた。
暗くて見えているかわからないが、少しでも勇気づけようと。
「繋がっているんじゃない。ヘレムの陽だまりのどこかに」
数日前から姿の見えなかったフゲーレ。
彼はどういう理由かわからないが、この地下通路を抜けて深緑卿の御苑に着き、そこで死と出会った。
何が彼を殺したのか。
刺さっていたのは鋭く折れた木の先端だったけれど。
尖った枝が突き出した場所に倒れ込み、その勢いで刺さった。そういう様子だったように思い返す。
だから半立ちのような恰好で、転んだヤマトに圧し掛かるような形で崩れて来た。
フゲーレも、あの槍に貫かれた精霊種を見たのかもしれない。
あれの怒気に追われて地下通路に戻ろうと、狂乱しながら茂みの中を走って尖った枝に刺さってしまった。
あるいは、精霊種の発した怒声。それだけでも吹き飛ばされそうな圧があった。
地下通路から出て、正面からあの精霊種を見てしまい、身が竦んだ。そのフゲーレに強い衝撃波を伴う声がぶつかって。
「あの槍の人、たぶんあれが深緑卿ってやつでしょうね」
「精霊種、か」
ヤマトも改めて、あの状態で動いて叫んだものについて頷いた。
死体が動いたというのとは少し違う。生き物と見做していいのかもわからない。
「あんなのが精霊って……ほんと、どうなんだ」
「私たちの常識とは違うのよ」
常識と言っていいのか、空想というか。
なんとなく超自然的な存在か、そうでなければ妖精とかそういうイメージを抱いていたのだけれど。
現物はまるで違う。
動く死体。結局そんな感じ。
「あんなのがいるなら、そりゃあ誰も入るなって言うよね」
「……あの場所から動けなかったのかな?」
冷静に思い返してみて、ヤマトが首を傾ける。
腹を貫いた槍が大地に突き刺さっていた。
どの程度強く突き刺さっていたのか知らないが身動きが取れないのかもしれない。
あんなものが自由に闊歩しているとなれば、それこそ怪談だ。自由になればさすがに腹の槍は抜くのか。
「気になるけど、今はどうにも出来ないわね」
考えても仕方ない。何が出来るわけでもないし、あの様子では数年どころではなく昔からあそこにいるようだ。
アスカ達がどうこうするものではない。
「それよりミドオムの言ったことよ」
「フィフが危ないって」
優先すべきことがある。
「あいつの言うことなんか信用できるかわからないけど」
ヤマトはそう言いながらも拭いきれない様子。
フィフジャのことも気になるけれど、フゲーレを殺したかもしれない精霊種の存在も気になる。
「助けに行かなきゃでしょ。私たちが」
「……ああ、そうだな」
少し考えて、けれど頷く。
意味のわからない精霊種のことよりフィフジャのことが大事だ。
「助けに行くか、サロル助祭長の方をどうにかするか」
「それこそ、あんな奴の言ったこと信じられないじゃない」
フィフジャの命を危うくしているのは、治癒術士ではなくサロル助祭長だと。
ミドオムの言葉など信じられない。けれど、言われたことを否定できるだけの根拠もない。
人は誰もが何かしら理由があって生きている。
信仰心というのも一つだろう。
サロル助祭長の信仰心が本物なのか、あるいは別に私欲があるのか。
そんなものを見極められる目があるわけでもなし、彼に対してどうすべきなのかはわからない。
「だいたいサロル助祭長をどうにかするって、どうするつもり?」
「……」
「出来もしないことを――」
くいくいと引っ張られた。
ヤマトを責めるようなアスカに、クックラが裾を引く。
「……まあ、どうにもならないでしょ」
強く言い過ぎか。
言葉を止めて、息を吐く。
フィフジャを助けなければならない。
どうしたらいいのかなんて、アスカにだってわからない。
わからないけれど、ヤマトの言葉を頭ごなしに否定するのも違う。
最悪の場合なら、今のヤマトの提案だって手段のひとつ。
「?」
くいくいと、もう一度引っ張られた。
喧嘩しそうなアスカを止めたのかと思ったが、そうではなかった。
「あのね、ここ……」
クックラが懐中電灯で壁を照らした。
水路と交差した辺りから向かって右手の壁。
「風が吹いてる」
「うん?」
背の低いクックラだったから気付いたのかもしれない。
塗り固められたような壁の一部、アスカの腰のあたりに真っ直ぐな亀裂がある。
亀裂ではなく、隙間か。
ヤマトとアスカが話している間、ぼんやりと壁を見ていて気付いた。
懐中電灯の光で照らして遊んでいたという理由もあったけれど。
何か隙間がある。空気が抜ける何か。
「これは……」
手を差してみて、ぐいっと力を込めた。
思ったよりも軽く、目の前の壁が上にスライドした。半分以上が天井に飲み込まれるように。
「隠し通路の……さらに隠し通路?」
フゲーレが通った道とは別に、おそらく方向としては北に続く道。
こうまで隠さなければならない理由があったのか。
「……北に?」
今向かっているのが最近暮らしていたヘレムの陽だまりの区画だとして。
その北にあるのは、どんな場所だったか。
ヤマトと顔を見合わせて、二人で首を傾げた。
◆ ◇ ◆
別の道を発見したからと、喜んで飛びつくほど短絡的ではない。
まずこの隠し通路の正規の……というのもおかしいが、通常のルートがどこに繋がっているのかを確認しようと。
横道のことはいったん置いて、真っ直ぐに進んで突き当たりに辿り着く。
「行き止まり?」
「さっきのあれと同じ、ね」
ヤマトの疑問に、アスカは壁をクックラに照らしてもらいながら探る。
「ほら、やっぱり」
取っ手があった。
シャッターのように上下にスライドする隠し扉。
押したり引いたりする扉と違い、知っていて持ち上げなければ開かない。
相当な年月を過ぎていても滞りなく上げ下げ出来るのは、やはりこれも神の造作物。
伊田家の倉庫にもシャッターはあったけれど、錆びてしまってスムースな開閉とは言えなかった。
よいせと持ち上げると、取っ手が隠れない程度のところでゆっくりと止まる。
上までいってしまったら手が挟まるのだから、安全設計ということか。神様でも安全第一とか興味深い。
明りが差し込む。
眩しいと思ったが最初だけ。実際にはかなり薄暗い部屋だ。
樽や調理道具。大きな壺などがたくさん置かれているが。
「……地下倉庫、かな」
部屋が暗いのは、窓がないから。
右側にある階段から明りが入ってきているものの、部屋全体は暗い。地下通路ほどではないにしても。
誰もいない。
シャッター入り口は、長く使われていなさそうな大きな壺やら木箱やらに隠れていた。
ただでさえ継ぎ目すら見えにくい扉の作りで、邪魔な物品も多い。そうと知らなければ簡単に見つけられるものでもない。
随分大きな木箱や壺だなと思って見比べてみると、階段の幅より大きい。
「どうやって持ち込んだんだ?」
「中で組み立て……壺は有り得ないね」
最初からこの出入り口を隠す目的で用意されたのかもしれない。倉庫を片付けようにも、この荷物は運びだせない。
「誰もいなさそうだ」
「うん、クックラ」
もし万一、出た先が治癒術士の拠点だったりミドオムが待ち構えていたりしたらと、クックラをグレイと共に後ろに待機させていた。
とりあえず何の問題もなさそう。
揃って出来るだけ静かに階段を上り、やはり倉庫らしい建物から外に出てみる。
日が傾きかけていた。
およそ半日ほど地下通路を歩いていたらしい。
◆ ◇ ◆
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