四_081 暗中模索_1
暗いのは仕方がない。
湿気が多いのは昨夜降った雨のせいだろう。地下なのだから当然水が流れ込む。
それにしては水が溜まっていない。地下通路など場合によっては水没していてもおかしくないのに。
水が抜けるように作られているのか。
町全体に地下排水路のようなものがあるのだと、それならこの地下通路は下水の整備用の何かだったのかも。
よく見れば、流れて来た水が通路の隅を流れていた。
通路の中央側より隅の方が低くなっているのか。
イルミと一緒に歩いた地下通路も、ちゃんと観察していなかったが同じような構造をしていたのかもしれない。
入り口を閉めたせいでより暗くなってしまった。真っ暗だとなんだかバランスが取りにくい。
やや腰を屈めて、少し奥の灯りを目指した。
アスカが見たところ、地下通路の入り口の扉はイルミが教えてくれたのと同じタイプの作りだ。
取っ手を掴み、横にスライドすることで開閉が可能な扉。
地上側に何があったのかまで確認している余裕はなかったけれど、前を行くヤマトが足を突っ込んだおかげで見つけられた。
半端に開いていた入り口の隙間に足を取られて転んだ。
とりあえず中に逃げ込み、持っていた懐中電灯をクックラに握らせて入り口を閉めに戻った。
グレイはヤマトより少し奥に走り、危険がないかを確認してくれていたらしい。
アスカが入り口側から戻ってくるのと逆に、奥からグレイが帰ってくる。
クックラを抱えてしゃがみ込んでいるヤマト。
小さく震えているのは、フゲーレの亡骸を見たせいか。
慌てていた中、転んでぶつかった先に死体があって、しかもそれが知っている顔で。
さらにぶつかった衝撃で死体がもたれかかるように手を伸ばしたのだから、ヤマトでなくても驚いて当然。
動く死体だとかそんな噂話もあった。
怪談が苦手なヤマトには特に影響が大きい。
アスカとて、ヤマトの後ろからある程度全体が見えていたから多少は冷静なだけで、逆ならパニックになっていたと思う。
とりあえず、斧槍が突き刺さったあれが追ってくる様子はない。
フゲーレの亡骸も、もちろん身を引き摺ってここに来るはずはない。
しまった。考えたら想像してしまい、暗い通路を進む気持ちの邪魔をする。
「……」
噂話。怪談話。
違うのか。
事実として、深緑卿の御苑の中心部に存在していた。
およそ生きているとは思えない姿で、けれど間違いなく動いた何者か。
体を槍で貫かれたまま、いったいどれほどの時をあの場所で過ごしたのかわからない。
精霊種、というのだったか。
初めて見たが、なるほど。人間の理解が及ぶ存在ではなさそうだ。
あれがそうなのだろう。
ただ、見覚えがあるというか。
フゲーレの亡骸とは別に、あの貫かれた者の姿にいくつか記憶と重なるものがあった。
少し見ただけだが、槍の形は先端側が三日月型の戟のようになっていて、伊田家愛用のものとは違う。
けれどあの材質は同一のものだと感じた。
あの槍の形も、何か記憶に引っ掛かるような気はするけれど。
「
長く伸びた髪が垂れた耳は、その先端が赤く染まっていた。
ゼヤンたちを思い出す。あの特徴は竜人族に間違いない。
リゴベッテに渡り、ウェネムの港を離れてから竜人を見ることはなかった。
ズァムーノ大陸の原住民なのだから見ないこと自体は不思議ではないとして。
ならなぜこんな場所にいるのだろうか。
過去の歴史を聞く限り、竜人とゼ・ヘレム教会の関係が良いとは思えない。
その竜人がどういう理由でゼ・ヘレム教の中心地に。
そんな疑問とは別に、フゲーレはなぜあそこに?
そして、なぜ死んでいるのか。いつから。どうして。
わからないことだらけだ。
「ヤマト、大丈夫?」
一度頭を振り払い、とにかくここを離れようと考える。
精霊種と思われるあれが本当に追いかけてこないのかわからないし、ここだって安全かわからない。
いつまでもここにいると、本当にフゲーレの死体が闇の向こうから這いずってくるような妄想まで強くなってしまう。
「した、死体……動いて、た?」
「違うの」
ヤマトの震える肩を抱き、その内側のクックラと合わせて包む。
「あれはたぶん精霊種。死体とは違う」
「だけど、ふ……フゲーレが」
「フゲーレのことはわからないけど、ぶつかった勢いで動いただけよ」
混乱しているヤマトに言うのと合わせて自分にも言い聞かせる。
「フィフが言ってたでしょ。動く死体なんてない。幽霊なんて存在しないって」
そうだ。フィフジャが言っていた。
異世界だからとゾンビや幽霊がいるのではないかと言うヤマト達に、死体が動いたら世界中死体だらけになるだろうと。
幽霊にしても同じこと。世界に溢れてしまう。
それでもそういう怪談があるのは、やはり人間が想像する怖さとかは似たようなものだから。
仮死状態などで死んだと誤認した人が生きていたりという事件もあったのかもしれない。
間違っても、自然発生的に死者が恨みを抱いて動き回るような現象はない。
「いい? 慌てないで。私だけじゃなくてクックラもいるんだから」
「あ……ああ」
そこでようやく、自分がクックラにしがみついていたことに気が付いたらしい。
幼い子にしがみつき、震えて。
「う……ごめん、うん」
「ん、だいじょうぶ」
力が抜けたヤマトから解放され、クックラがその頭を撫でる。
懐中電灯が上を向き、灯りが地下通路のあちこちを照らした。
さほど広くはないが、大人が数人並んで歩くにも不自由はない程度。
この先がどこに続いているのか。
どこにも続いていない、のか。
「……立って」
少し自分の声が強くなったことを、響き返した声で知る。
ヤマトが大丈夫そうなことと、もう一つ。
おそらくこの通路、悪くない場所に繋がっているだろうと確信して。
「行くよ」
クックラの手を取り立ち上がらせる。
ヤマトの方は、いつまでも甘やかさない。
アスカはそう思うのだが、グレイがヤマトの背中に頭を擦り付けて立つよう促した。
「どこに?」
「平気よ、クックラ」
暗がりを指して、軽く肩を竦めた。
「この道にはたぶん危険なものはいないから」
そうは言っても、やはり慎重に進む。
間違ってはいないと思うが、足元も先も見えにくい場所だ。
幸いと言うか、水の流れる音が僅かに響いて、なんとなく聴覚で先を知ることも出来る。
長い。暗い。
時間の感覚が失われる。
どのくらい歩いたのかわからず、進んでいるという実感も掴みにくい。
前を行くグレイが時折振り返って、頑張れと言うように小さく鳴いた。
「わ、っと」
つまづきそうなって、体勢を整える。
よく見れば一段高くなっている。
階段のような、仕切りのような。
一段上がり、間を空けて足場があって、また一段下がる。
通路左右の水の流れが、その段の間を通っていた。
「水音はここだったのね」
アスカ達が歩いてきた方から見て左側に落ちていく水。
下に排水の水路が流れているらしく、そこに合流して排出されていくらしい。
緩やかで気付かなかったが、ここまでは下りだったようだ。段の向こうはまたわからない程度に登りになっている様子。
そうでなければ水が流れない。奥側からは流れてこないけれど。
「ちゃんと前に進んでるみたい」
「ああ、クックラ手を」
道を横切る水路を飛び越えるのにクックラの手を握って助けるヤマト。
少しは落ち着きを取り戻したようだ。
水路が交差しているせいかいくらか広くなっている場所
あまり張りつめていても仕方ない。ここで少し休むことにした。
グレイが流れる水を飲んでいるのを見て、アスカも水筒を口にする。
残り少ない水をクックラに渡した。
「飲んじゃって」
「うん」
こくこくと喉を鳴らすクックラの姿に安堵の息を吐き、アスカも緊張して口数が減っていたことに気が付く。
ミドオムとの遭遇から深緑卿の御苑。
色々と驚かされてしまい、頭の中がぐちゃぐちゃだった。
◆ ◇ ◆
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