四_080 神々の漂泊
木々のざわめきを耳にしながら空を眺める。
人の気も知らないでゆっくりと流れていく雲。
見慣れた光景。どこにでもある。
どこにでもあることが不思議だった。
同じようなものをずっと昔にも見て、今も見ている。
生まれた場所とは違う世界で、生まれた世界と同じような光景を目にする。
奇跡ではないのだろうか。
ヘレムの疑問に、仲間は必然なのだと言った。
共通点があるから引き寄せられた。
なぜ共通点があるのかと聞けば、どこかの一点で繋がっているのではないか。
動植物の生態も多少の違いはあっても似ている。根本が異なる生態系ではない。
この世界の始まりの一点は、別の世界の終りの一点。
きっとそれはヘレムが生まれた世界とも繋がっていて、収束したその一点から弾けた際に残った意志が振り撒かれた。
世界の記憶。
物質の形すら持たないエネルギーの奔流に、意志だけが生きて紡がれた。
誰かが生きた世界の記憶が、新しい世界を形作った。それこそまさに神の記憶と呼ぶべきものかもしれない。
ヘレムが生まれた世界も、ここも。同じように繋がっている。だから生きていれらる。
元の世界でも異質だったヘレムたちが、また異物ではあるけれどここで生きることを許された。
そんな仮説を話してくれたアグラトゥは、もうここにいない。
物知りで知識欲が強いアグラトゥ。
なのに彼は、わからないと言って別の道を選んだ。
彼にわからないことがヘレムにわかるわけがない。
雲が流れ、形を変えていく。
先ほどまで瞳に映っていた景色とは違う。いつも違って、同じことなどない。
この森林地帯は、樹木が必要だったから作った。
冬でも枯れない常緑樹で、引っ張っても破れない広葉樹。
少し品種を改造したそれを紙代わりに使おうと。
葉っぱでお尻を拭くなんて嫌だと抵抗した。そんなヘレムをルドルカヤナは笑っていた。
食べなければいいんじゃないかって、そんなわけにはいかない。
渋々受け入れて、今はさほど抵抗はなくなったけれど。
あんな下らない言い合いをしていた頃が懐かしい。
どこで歯車が狂ってしまったのか。
アグラトゥはわからぬことを恐れ、イスヴァラはそれが許せない。
離別したアグラトゥのこととは無関係に、この世界の人間は見る間に知識を増やして、技術を模索していく。
きっかけ、だったのだろう。
ヘレム達のことはただの発端に過ぎず、いざ走り始めればその歩みは速く。世界が転がり始めれば彼ら自身にも止められない。
坂道を下るように。
イスヴァラは間違っていた。
裏切り者ではない。アグラトゥが密かに人間に新たな知恵を与えていたわけではない。
最初から裏切り者などいなかった。
人間たちの勢いは手を着けられないまでではないけれど、どうしたらいいのか。
イスヴァラも悩み、ヘレムたちも迷っている。
まさか人間を根絶やしにするわけにもいかない。そんなこと許されない。
アグラトゥに聞けばいい。良い方法を考え付くかもしれない。悩んでも答えが出ないのなら悩むだけ損。
トゥルトゥシノはそう言うけれど、イスヴァラが頭を下げてアグラトゥの帰還を願うにはまだ時間が必要だろう。
手遅れになるほどイスヴァラも愚鈍ではないはず。頭が固く自尊心の強い彼だとしても、愚かではない。
ヘレムが心配しても仕方ない。
考える必要はない。
焦って言い募れば逆にイスヴァラは意固地になってしまう。今はイスヴァラを信じる。
美味しいものでも食べて、ゆっくり眠る。
考え事をする時、良い考えを導き出すにはそれが最適だとか。
それはわかるけれど、今は何を食べても素直に美味しいと思えない。
皆と一緒に食卓を囲み、下らないことを言い合いながらであればどんなものでも美味しいのに。
空を流れる雲はいつの間にか暗い色を帯びて、この地に雨を降らせようとしていた。
◆ ◇ ◆
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