四_068 親切の損得



 街行く人に声を掛けて、偶然こちらが欲しい情報を知っている人に当たるほど幸運ではない。

 バナダゴさんのお宅はどこですか、など。

 小さな村ならともかく、公称三十万人が住む大都市だ。


 だが今回は当たりをつけやすかった。

 リゴベッテ大陸有数の行商会。商業従事者なら知っている可能性が高いだろうと。



 最初は、土産物細工の店で聞いてみたがハズレだった。

 観光客向けに、ゼ・ヘレム教のシンボルらしい形の金属細工を販売している店で聞いたのだけれど。


 円形の車輪の中に鳥が描かれた細工物。

 車輪ではなくて、これがヘレムの糸車という象徴か。

 特に必要ないので買わなかった。だから教えてくれなかったのかもしれない。


 数件の店で聞いてみて、案外と食料品店の主人が正確に知っていた。

 考えてみれば、食料はもちろん塩や香辛料のような調味料は、バナラゴ・ドムローダが運営するローダ行商会定番の取り扱い商品だろう。

 それらと関りが深い食品店の主人は、アスカ達にローダ行商会本部事務所の場所を教えてくれた。




「――後は私が引き受けよう」


 バナラゴはローダ行商会本部にいた。思ったほど大きくはないし、豪華さもない。実用重視といった木造の建物。

 彼の印象とも合っている。愛想のない雰囲気。

 ここは事務方の拠点で、町に何か所か倉庫などもあるのだと。


 いきなり来て会ってもらえるか心配だったが、用件を伝えてもらうとすんなりと面会することが出来た。



「お前たちはここに……近くに宿を用意する」

「クックラが……教会に子供を置いてきているから戻らないと」


 厳めしい顔をしている割に、意外と親切な申し出をしてくれるものだ。

 アスカは失礼な感想を抱きつつ首を振る。


「治癒術士に追われているのだろう?」

「往来で襲われるようならあれくらい対応できます。ヘレムの陽だまり? あそこには入ってこないみたいですし」

「しかし……」


 ヤマトの返答にバナラゴは言葉を止めて、それから頷いた。


「わかった。だが裏殿には入れるのか? 誰でも入れるわけではないが」

「それは……」


 町に出ることは出来た。ポルタポエナ教会の脇にある通用口から。

 衛士に呼び止められたけれど、出ていくことを咎められはしなかった。


 ただ、もう一度入れてもらえるのかと言われたらわからない。

 以前に出入りした時はフィフジャが一緒だった。そう言えば何か通行手形のような物を持っていたような気がする。


 出てきた時の衛士がずっと門にいれば顔を覚えてもらっているかもしれない。

 だとしても顔パスというわけではないだろう。セルビタか誰かを呼んでもらえば入れるのではないか。



「……フィフジャは、お前たちに何と言った?」


 バナラゴの目が鋭く光る。

 リゴベッテ大陸でトップクラスの商人の目がアスカの口元を捉え、どういう返事かを見定めようと。


「……町から出ろって。ムースって衛士から伝言だった」


 嘘をつこうか迷ったが、見抜かれそうに感じて素直に言う。


「でも」


 それはフィフジャから聞いたわけではない。


「私たちは直接聞いてない。聞いたのは、コカロコ大司教かバナラゴさんに言えって……助けてもらえって、そう言ってた」


 そうは言っていなかったが、文脈はそうだ。

 これは嘘ではない。と思う。


「嘘だな」


 あっさりと看破されてしまう。


「あれが私に助けを求めるなど有りえん」


 看破とは違う。彼とフィフジャの関係性からの確信か。



「でも、本当なんです。なんでか知らないけど、大司教かバナラゴさんを頼るよう言われました」

「……そう、か」


 アスカに続けてヤマトが言うと、小さく嘆息して頷いた。


「そうでもなければ、わざわざここに来るはずもないか。まあいい」


 事実かどうかはどうでもいい。そんな風に切り上げて。


「護衛をつけよう」

「?」

「お前たちは若すぎるし、リゴベッテのこともこの町のことも知らなすぎる」


 反論の余地はない。

 そこまでしてもらう理由はないが、今の状況に危険を感じなくもない。


「すぐに教会に行く。少し待て」


 忙しい身ではないのだろうか。

 頼んでみたものの、こんなに迅速に対応してもらえるとは思ってもいなかった。

 助かるけれど、少し拍子抜けする気分だ。もっと大変かと考えていたから。


 アスカが待たされたと思うほどもなく、用心棒らしい男を連れたバナラゴが戻る。今度は急かすような雰囲気でローダ行商会本部を出た。

 やはり忙しいのだろう。




「……?」


 バナラゴが先導して行くのだが、道が違う。

 教会に向かう方向と違う。


(もしかして、他の隠し道……)


 エンニィは会長に内緒でと言っていたけれど、他にも隠し道はあるようだった。

 教会内部――治癒術士たちが暮らす黄の樹園へ直通で行けたりするのではないか。



 アスカの期待は空振りに終わる。

 宿らしい建物の前で、ここで待てと言われた。

 護衛の用心棒と共に待つ。もしかして、やはり教会に連れていってもらえるわけではないのか。


 それも違った。

 ほどなく宿から別の男を連れて出てくる。

 髭面の、立派な黒弓を背負った男性。



「ニネッタさん」


 ヤマトの呼びかけに探検家ニネッタが頷く。


「ああ」

「お前たちの護衛だ」


 行商会本部から一緒に来た用心棒の方ではなく、ニネッタがアスカたちの護衛なのだと。


「よく伝えてくれたな、ヤマト君。アスカ君」

「行くぞ」


 挨拶する時間さえ惜しいのか、短く言いながら早足で歩きだすバナラゴに慌ててついていく。


「ニネッタさん、ありがとう」

「いいの? ええと、仕事とか……」

「構わない。これも依頼だ」


 バナラゴからの依頼で、ヤマトとアスカの護衛として教会に行く。

 そこまでしてもらう理由があるのか、アスカにはわからないが。


 けれど、やはり少し安心してしまう。

 アスカもそうだし、ヤマトだって独り立ちした大人というわけではない。半人前で世間知らず。

 フィフジャはいないけれど、フィフジャが頼りにしていた様子のニネッタが一緒にいてくれるのは助かる。


 見知らぬ誰かではなくニネッタを着けてくれたのは、バナラゴの気遣いなのかもしれない。

 大陸有数の商会、その責任者。

 相応に思慮深いということなのだと思う。



「ゼ・ヘレム教会は」


 ニネッタが歩きながら話す。


「巨大な組織だ。表向きの顔と違う部分もある」

「……うん」


 そういう話はフィフジャからも聞いているし、巨大な組織であればそれも不思議はない。


「だが、大きな力を持つ組織だ。逆らうべきではない」

「……」


 治癒術士とのいざこざを聞いたのだろう。アスカ達に注意を促しているのか。


「意図せず利害が対立することもある。自分たちの思惑と教会の指針が反する場合が、な」

「フィフジャのこと?」

「ローダ商会のことだ」


 前を行くバナラゴは気にした様子もない。彼の護衛の男がちらりとアスカたちの顔を見た程度。


「決定的に対立してしまえば大きな損になる」

「対立?」

「たとえば、教会がどこかの国を背教者だと言えばどうなると思う?」


 リゴベッテ大陸全体に影響を持つゼ・ヘレム教が、そのように言えばどうなるのか。


「国が……滅びる?」

「大きく衰退するだろう。そんな場所で大きな商売を仕掛けたりしていたら大損だ」


 ローダ行商会の話か。そう言ったけれど。



「極端な話をした。実際にはそこまであからさまなことはなくとも、教会の意志により動向が変わることは少なくない」

「そうだと思うけど、それがどうしたの?」


 何を言いたいのかアスカが訊ねると、髭面のニネッタはその顎で軽くバナラゴを示した。


「ある程度、教会の内部を把握しておきたいのさ。彼は」


 バナラゴの腹の中の話。

 あるいは、ローダ行商会としての損得勘定。

 アスカたちに随分と親切にしてくれるバナラゴの行動を説明してくれたのだった。


「フィフジャ君のことも、君らのことも。教会内部の現状を知るのは彼にとって利益になる話なんだよ」

「こんなの商売の役に立つの?」


 ヤマトが疑問に思うのももっともだ。

 確かに教会内部のごたごたの話だけれど、行商だのなんだのに役に立つのかわからない。



「知っていれば役に立つこともある」


 答えたのは背中を向けたままのバナラゴだった。


「知っていても活かせない者もいる」


 つまらなそうに。吐き棄てるように。


「要は使い方だ。知っていれば出方も変わる。食料が高騰すると踏んでいたのだがな」

「?」

「主教の憂鬱。その数年は不作が続く傾向だったが」


 どういう因果なのかわからないけれど、主教の憂鬱という言葉は聞いていた。

 ヅローアガ主教が周期的に拒食というか食欲不振に陥る期間があると。

 それが発生すると農作物が不作になるというのか。


「……今回は早く収まった。どう動くかわからん」


 背中を向けていたバナラゴだが、一度だけ顔をアスカに向けた。

 ヅローアガの食欲不振は、あの食事会で治ったらしい。


「そう」


 確かに、どういう情報がどこで役に立つのかわからないものだ。

 ヅローアガ主教の食欲不振が続いて、なぜだかそれが凶作を引き起こして。そうすれば食料が高騰して、活かせれば商売を有利に運ぶ。



 ゼ・ヘレム教の影響が強いこの町、この大陸であれば、教会内部の情報は押さえておきたい。

 バナラゴは情報を重視する商売人という話だった。


「ポシトル助祭長の突然死も、な。前例のない話でこちらも困っている。教会に行く用事が出来るのは悪いことでもない」


 こうして色々と手配してくれるのも、バナラゴにしてもメリットがあるから。

 わかったようで、よくわからないようで。

 そんなアスカの耳元に、髭面が寄せられた。



「ポシトルは、彼から金を受け取っていた」

「……」


 他に聞こえないように、ひっそりと。

 どうしてそんなことをニネッタが知っているのか。

 いや、ニネッタはバナラゴの仕事をよく受けているようだ。案外、彼自身が届けたりもしていたのかもしれない。



 賄賂。

 教会とのつなぎとして、バナラゴが作っていたパイプというのか。

 それが失われ、バナラゴの方も動きにくかったのかもしれない。そこにアスカたちが来た。


「そうなのね」


 ある程度事情を聞けば納得できる。

 無償の善意などではない。大人同士の駆け引き、綱引き。


 人としてバナラゴが正しい行いをしているのかという話ではなく、商売人としての手管だ。アスカが責めるようなことでもない。

 汚い手段だとしても、それがアスカたちやフィフジャを助けるように動くのなら今はそれでいい。



 それにしても、ニネッタは何のつもりなのだろう。

 依頼人であるはずのバナラゴにとって、あまり良い話とは言えない。そんなものをアスカに聞かせるなど。


 ニネッタも、バナラゴが嫌いなのだろうか。

 フィフジャと同じく苦手意識とかそういうものを抱いていて、ちょっとした嫌がらせなのかもしれない。


「わかったわ」


 物事の表面しか見えないアスカたちに、軽く裏事情を話しておこうという親切心。

 そういうことと見てもいいし、逆かも。


「気を付けて見ることにする」


 上辺で物事を信じてはいけない。

 バナラゴにしてもニネッタにしても、こちらの都合よく動いてくれるからと信頼してはいけないのだ。


「それでいい」


 だけどやはりニネッタは親切なのだと思う。

 アスカに必要最小限の情報と共に警戒を促し、他人との付き合い方に成長を求めた。


 こういうのは、どこかフィフジャに似ているな、と。

 いつもの保護者不在だからか、そんな風に感じた。



  ◆   ◇   ◆

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