四_050 大聖堂の色硝子



 アスカも気になったのでエンニィの話に聞き入る。

 龍の角と言われる槍斧メロルカナール。

 伝説の竜人がそれを手に、かつてゼ・ヘレム教会と戦ったのだと。

 四百年だか五百年だか昔のこと。空から異界の龍と呼ばれる巨大な生物が現れ、それらの混乱期に。


 当時のことも詳しく知りたいが、エンニィとて歴史家ではない。知らないことは知らない。

 ただその戦いの中に、白い槍斧を振るう戦士があったのだとかいう伝承の類だ。

 百年を生きる竜人の戦士マヌスィラは、折れぬ槍斧で人々の軍勢を幾万も切り伏せたのだと。

 もちろん色々な誇張だろう。


 先端が大きな三日月のようになった白い槍斧で、龍の角から出来た不滅の武器だったらしい。

 あくまで伝承でそう言われているだけなので実際はわからない。

 ただ、もしそれが実在して、本当に長い戦いの中で折れることもなく使えていたのなら、ヤマトの石槍もそれに近いとも言える。

 こちらは別に槍斧のようになっていない、つまようじのような形状なので同じものではなさそうだが。



 そんな話をしている間に、次第に明るくなってきた。

 声が漏れることを怖れて無口になり、漏れてくる黄色っぽい光を頼りに懐中電灯を消す。


 隠し道の出口がどんな場所なのかと。

 次第に明るくなってくる場所に近付いてきて理解した。




「……すごい」


 ステンドグラスの中にいた。

 煌めく光の中に出る。


「きれい」


 幻想的な光景に目を奪われ、自分の居場所を見失う。

 ガラスの迷宮のよう。様々な色のガラス板がいくつも、柱というか壁というか林立している。

 数百を超えるような幻想的な色硝子に囲まれ、煌めく光に目が眩むほど。


 出て来た場所は、すぐにわからなくなってしまった。

 幾重にも重なったり途切れたりしている色ガラスの壁に飲み込まれ、どこから出て来たのか。


「あ、れ?」

「アスカ、こっちです」


 感覚がおかしい。ふわふわした感じで意識が定まらない。

 イルミに手を引かれて、気が付くとその光の海から連れ出されていた。



 ふと扉を潜り、その扉が光に飲まれていないことに気が付く。普通の……いや、普通ではない。凝った彫刻の刻まれた扉だった。

 決して大きくはないが、ただの通用口とするには非常に豪華な気がする。

 朱色の下地に黒と金の縁取りがされたような両開きの扉。

 振り返ってみて、見ればなんだかクローゼットの中から出て来たような感じもするが。


 隠し通路の出口なのだからそういうものなのだろうか。

 出て来た部屋は薄暗い気がする。光の海を見た後だからなのかと言えばそうではない。実際にこの部屋は物置部屋のようで窓がない。


「なんだか……なんだろう、おかしい、気がする」


 場所がではない。感覚が何か追い付いて来ない。

 足元がふわふわするようで、自分の居場所が掴みにくい。

 ヤマトもアスカほどではないが同じだったらしく、違和感のせいか額を押さえていた。


「大丈夫か、二人とも」


 フィフジャは何ともないのか、気遣うようにアスカの耳の後ろに手を当てた。

 不確かではない感触に少しだけ頭が戻ってきた。


「大聖堂の大広間はこの先ですから」


 イルミに引かれるまま進む。フィフジャのおかげで多少は頭が冴えたけれど、逆により実感する。

 歩む体と頭がずれている感じ。

 夢の中のように何かちぐはぐになっているような。


 周囲に気を配るだけの余裕がないけれど、危険はなさそうだ。

 ヤマトの方はエンニィが声を掛けていたが、そちらはある程度はっきりとした受け答えを返している。

 しばらく歩くと、また扉というか、出入り口のような場所があった。

 扉はない、半円のように開かれた石材の彫刻の枠。

 そこを抜けると、大きな広間だった。


「う、わぁ……」


 言葉にならない。

 天井が全てガラス張りというか、様々な模様の色ガラスがドーム状になっていた。

 ドームの際の辺りには、まるでパイプオルガンのパイプのようにやはりガラスの柱がずらりと。

 アスカの頭よりかなり高い場所を起点として、巨大なお椀を被せたような形の建物だ。


 今しがた通って来たのは、際に林立しているパイプのようなガラス柱の間だったのか。

 あのどこか一部に隠し通路があるなど、見つけるのは困難だろう。

 不可能に近い。あると知っていて探すとしてもどれほどの時間が必要なのか。


 そもそも出て来た扉だって、隠し通路があると知らなければいくつもある収納部屋の扉のひとつでしかなかった。

 アスカはぼうっとしてしまっていたが、ここに来る途中にもいくつか分岐や戸があったように思う。

 道順を覚えておけばよかったとかそんなことを考える余裕もなく、ふわふわした頭で天井を仰ぐ。



「すごい、な」

「そうでしょう」


 ヤマトの漏らした呟きに、なぜだか得意げにエンニィが応じている。

 サナヘレムスは世界で一番美しい町だと、そう言っていた。なるほど彼が自慢したくなる気持ちもわかる。


「本当に、すごくきれい……」

「ええ、とっても。アスカに見せてあげたくて」


 イルミも嬉しそうに笑った。


 色とりどりのガラス板がどういう技術で作られ、この建物を形作っているのか。それはわからない。

 これもきっと遥か昔に失われた技術で作られた建物。


 大広間に他の人影はない。

 入ってはいけないと定められているわけではないが、みだりに立ち入る場所でもないのかもしれない。

 かと思えば、大きな出入口付近には幾人か人の姿があった


 教会関係者が先導しているようで、要望のあった旅行者を案内しているのだろうか。もしかした入場料というか、寄付のような形である程度の金銭を求めている可能性もある。

 これだけの建物だ。誰でも無制限にということもないか。


 イルミはおそらく顔パスでここに入れる。エンニィは何か条件を知っているのかも。

 そんなことを考える余裕さえ、目の前の光景に奪われてしまう。


 おそらく光を集めるように何か設計をされているのだと思う。


「ちょうどお昼時だから、この時間が一番きれいに見えるんですよ」


 だからこんな時間に思いついたように連れて来たのか。


「あ、いけない。お昼……」


 サナヘレムスでは三食が基本で、昼も軽くご飯を食べる習慣がある。

 思い付きでここに来てしまったが、イルミの身の回りの世話をしている人たちは当然昼食を用意していただろう。

 それを思い出したのか、慌てた様子のイルミ。



「……」


 そんなイルミの焦燥も、今のアスカには耳に入ってこなかった。

 夢のような、幻のような。

 別世界のような光の煌めきが瞳に飛び込んできて……


「ああ……あ、れ……?」


 ふっと、意識が体から離れてしまった。



  ◆   ◇   ◆

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