四_049 龍角



 イルミに悪い友達でもいるんじゃないかと。

 いたのは悪い虫だとフィフジャが言う。性質が悪いやつねとアスカまで。

 フォローしてあげたかったが、ヤマトも似たような感想を抱いてしまって、言葉が出てこなかった。


 どうして隠し通路を知っているのかとかは守秘義務だとか何だとか。どこまで本当なのやら。

 イルミに教えた理由は、庭で寝ていた可愛い子につい悪戯心だったと言う。これは案外本当なのかもしれない。


 クックラに話を聞いて、もしかしたらと見に行ったら、まず滅多に使われない建物の椅子が動いて隠し通路が開いていた。

 それで追ってきたものの、灯りは忘れたしどっちに行ったのかわからないし。

 分岐点で悩んでいたら、すぐに話し声が聞こえてきて安心したのだとか笑っているけれど。


 ヤマトたちは閉めなかったが、あの長椅子は下からでも閉じられるそうで、エンニィは他人に知られないように閉鎖してきたと言う。


(僕なら、絶対にこんな場所に一人で入らない)


 隙間でもあるのか目が慣れると僅かに見えるけれど、とにかく暗い。洞窟的な息苦しさというか閉塞感がある。洞窟は入ったことがないにしても。

 言葉にすれば、またお化けを怖がっていると妹に笑われるだろう。

 イルミに言わせれば、死んだ魂はヘレムの糸車に紡がれていくのだから、こんな場所を彷徨っているはずもないのか。



「だから僕がこれを教えたとか、絶対に会長に言わないで下さいよ。殺されちゃいますから」

「お前、よくそんなものを彼女に教えたな」

「イルミーノラークってほら、変わってるじゃないですか。なんか面白いことになるかなって」

「どこかでどうしようもない面倒を起こしそうな発想するよね、エンニィって」

「大丈夫。ここは大聖堂と書殿にしか繋がってないですし、書殿には入れないんですから」


 その発言が既に、他にも入ってはいけない場所への隠し通路が存在すると言っているようなものだが。

 まあ敢えて聞くことでもないし、そこまで入りたい場所があるわけでもない。

 盗人などに知られるのは困るだろうが、エンニィなら……


(ああ、バナラゴさんがこっそり情報収集とかしているんだ)


 やり手の商売人で、情報の価値に重点を置いている人。厳めしい表情の裏で、こうした手も用意している。

 正攻法だけで大陸有数の商会などやっていられないだろう。裏工作も必要として、エンニィもそうした役割を担っている可能性もある。


 どうであれ、ヤマトはエンニィに借りがある。恩義もある。

 クックラの治癒術のことも秘密にしてもらっていて、彼を敵視するつもりはない。

 商売で何か汚いことが必要なのだとしても、それを責めることもないだろう。



「んで、いいの?」


 アスカが改めて訊ねた。


「なにがです?」

「大聖堂に行っていいの?」


 言いながらも、足は大聖堂に続く道を進んでいるが。


「行くつもりだったんでしょ?」


 二人の間に疑問符が行き交う。先ほどの盗み聞きのことで少し及び腰になっていたが、エンニィが進み始めてしまったので何となくそちらに向かう。


「まだ見てないって言うじゃないですか」

「そうだけど……まあそうね」


 当初の目的はそれだ。エンニィの様子からも、大聖堂に立ち入ることは特に問題もなさそうに思える。

 それなら正面から堂々と行けばいいのだが、ここまで来て引き返すのも面倒だ。



「エンニィってお名前だったんですね」


 間延びしたイルミの声に、他の全員が苦笑する。

 見た目も性格も、エンニィの雰囲気はあまり危険を感じさせない。

 面白いものがあるからと、初対面でひょこひょこ連れ出されてしまうイルミにも問題はあるが、わからないでもない。

 商人の関係者だけあってエンニィの口がうまいのかも。



 暗い通路を歩きながら緩んだ空気。強張った気持ちが和らぐ。


「また珍しい道具ですねぇ」


 しみじみと呟くエンニィの視線の先に。


「ああ」


 成り行きで見せてしまっているLED懐中電灯に関心を示された。


「それも超魔導文明の遺産ですか? 見たことないですけど」


 見たことがなくて当然だ。あったらその記憶を聞き出したい。


「どうなんだろ。お父さんが森で見つけたって」

「ズァムナ大森林ですか。やっぱりあそこにはまだ超魔導文明の道具とかが転がっているんですね」


 すらりと出て来たアスカの嘘を疑う様子もなく、人跡未踏の大森林に思いを馳せる。

 長いこと誰も立ち入ったことのない場所なら、古代の遺産や何かがあっても不思議はない。

 フィフジャたちがズァムナ大森林に入ったのもそれが目的だったはず。


「ズァムナ大森林にテムの深森ふかもり、海皿砦。この辺にはまだ色んな魔道具があったりするんですかね」

「海皿砦には……」


 古い死体以外は何もなかったようなことを聞いた。妖魔海モグラに。


「入れないんじゃない、普通」


 ヤマトの呟きをアスカが上書きした。誤魔化すように。


「それよりテムの深森ってどんなところ?」

「ユエフェン大陸北部のヌンクァム氷壁、その麓から大陸半ば近くまで広がる森ですよ」


 海皿砦のことはあまり話さない方がいい。

 海の悪魔ネレジェフに関して記述された木板は今もフィフジャが持っている。

 物騒な内容で、誰彼と知らない方がいいだろう。興味を持ってエンニィが何か危険に巻き込まれてもいけない。



「ヌンクァム氷壁?」

「長大な山脈ですね。遠目にもわかるほどの断崖絶壁ですけど、テムの深森の向こうですから詳細は不明です」

「テムの深森ってズァムナ大森林みたいなところ?」

「植生は違うらしいですよ。だけど中心に行くに従ってなぜだか温暖になって、ズァムーノ大陸に近いとも言われますね」


 北西に位置するユエフェン大陸の北部に広がる山脈と森林地帯。

 寒冷気候のような印象だが、森の中心部は温暖だというのはどういうことだろう。


「その辺は地熱があったかいのかな?」

「地熱って?」


 アスカの言葉を耳に止めたイルミが質問する。


「ええっと、地面の下からあったかいってことだけど」

「お日様があるのは空ですよ?」

「なんていうのかな、ほら。火山とかあるでしょ」


 寒い地域でも地面の温度が高い場合がある。地殻の影響だったり含まれる元素を原因にするものだったり。


「アスカは本当に物知りですねぇ」


 挙げられる例示を聞きながら驚いたり感心したりしているイルミを横目に、エンニィがヤマトに話しかけた。


「どこでそんな知識を得ているんだか」

「どうだろう。父さんたちは竜人に聞いたことも多かったみたいだよ」

「竜人ですか」


 適当に誤魔化しておく。

 先ほどは海皿砦のことで迂闊なことを言いそうになった。

 咄嗟の嘘は得意ではないが、あらかじめ情報を制限するつもりであればヤマトだって嘘くらい言える。


「あまり交流はないんで。それほど博識な人種じゃないと聞くんですけど」

「脳みそまで筋肉みたいな?」

「そうそう、そんな感じですよ」


 差別的かもしれないが、それもまるで根拠がないわけでもないか。

 リゴベッテ大陸にいれば竜人と知り合う機会も少ないだろう。目立つ竜人の特徴を思い浮かべれば、実際にその傾向が強い。


「大地とか自然には敬意をもっている人たちだよ」

「そういう言い方もありますか」



 それにしても、と。再びアスカの手にある懐中電灯に視線が向かう。


「あんな珍しい魔道具、金持ちに売れば遊んで暮らせたでしょうに」


 光を放つ古代文明の遺産なら、大金を積んでも欲しがる人がいるかもしれない。


「あのさ、エンニィ。あれも、その……秘密に」

「わかってますってば。言いふらしたりしませんよ」


 信用ないなぁとぼやくエンニィの後ろで、当然だとフィフジャが毒づいた。

 あまり口を挟まなかったくせに、エンニィに対する辛辣な言葉だけは逃さず出てくる。

 やはり仲がいい。


「僕が言いたかったのはですね、ご両親のことですよ」

「父さんたちの?」

「探検家なんて仕事をやめて、どこか農園にでも土地を買って暮らしても良かったんじゃないかって」


 珍品を売り払い、危険な場所を離れてのんびり暮らす。そういう選択肢もあったのではないかと。


「まあ農地の売り買いは国によって制限もありますけど、緩いところもありますし」

「……たぶん、好きだったんだと思うよ。森が」


 違う。

 否応なく、森で暮らすしかなかった。

 父も母も森を出て生きていく道を探していた。一緒に叶えたかった。

 祖父が生前、海の魚を食べたいと言っていたことを思い出す。


「……」


 両親たちの気持ちを思い、つい目頭が熱くなってしまう。

 槍を手にしていない左の甲で目元を拭った。


「エンニィ」

「あ、すみません。ごめんなさい」


 フィフジャに叱責され、慌てて謝罪を重ねるエンニィに首を振る。


「ううん、大丈夫」


 一緒に森を出て、見知らぬ世界を旅したかった。

 このサナヘレムスの町を見せてあげたかった。地球にも同じものがないようなすごい町ではないか。

 そう思うと寂しさが込み上げただけで。


「そ、それにしたって、本当に珍しい物を色々持ってますよね。その槍とか」


 話題を変えようとして、自分から遠い位置にあるヤマトの槍を指差す。

 白い石槍。なんとなく今も手放せない。

 他の荷物はクックラとグレイのところに置いてきたけれど、この槍は。


「ものすごく頑丈じゃないですか。あの青小人の鉄槌も受け止めていたでしょう」


 青小人の鉄槌。短く太い棒状の鉄の塊のようなもので、拾ったものをそのままフィフジャが持っていた。


「ああ、そうだったかも」

「普通の槍なら折れちゃいますよ。何で出来ているんですか、それ?」



 言われてみて、改めて思う。

 この槍も父から受け継いだものだが、父もこれをどうしたのだったか。

 大森林に流れ着いた日にそこで拾ったのだとか。


「なん、だろう。知らないんだけど、とにかく頑丈なんだ」


 感情が溢れかけたことで嘘をつく余裕はなかったが、これに関してはただ本当のこと。

 由来のわからない形見の品。

 やや気持ちの弱ったヤマトが手放せない心の拠り所。


「あれですね」


 どういう幸いなのか。

 見知らぬ世界で、知らないことばかり。知りたいことばかりのヤマト達に、思わぬ形で得られるものもある。


「伝説の槍斧、龍角メロルカナールみたいじゃないですか」


 こんな薄暗い隠し道で、ずっと共に在った石槍と類似した物の名を耳にしたのは、本当にただの偶然なのだろうか。



  ◆   ◇   ◆

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