四_042 ずれた出会い



 だから嫌だと言ったんだ。

 本当に嫌になる。


(僕は嫌だって言ったのに)


 妹の強引さと行動力を恨めしく思う。それを放っておけない自分の立場も。



 結局かなり待たされたのは仕方がない。相手は立場のある人で、事前に今日会う約束をしていたわけではない。

 いい加減待ちくたびれたと思ったところですぐに来いと、バナラゴが他の神官風の人と一緒に呼びに来た。

 フィフジャから、ヤマト達はこのまま部屋で待っているように言われた。その意図はわからない。つまらない話になると思ったのかもしれないし、ヤマトの表情などで嘘がバレるのを心配したのかも。


 別にコカロコ大司教という人にどうしても会いたいわけでもないので、おとなしく待っていることを承諾したはずだ。

 バナラゴも、ヤマト達を一緒に連れて行くことを快く思っていなかったような節もある。

 フィフジャとニネッタが出て行ってすぐにアスカが立ち上がった。

 その直前にトイレのことを訊ねていたので、そうなのかと思ったのだが。


 ヤマトの袖を引いて部屋を出るなど、見知らぬ場所で妹も緊張しているのかも。そんな風に考えたヤマトが甘い。

 アスカはフィフジャの後を尾行した。クックラとグレイをネフィサ達に同行させていたから二人だけ。尾行するにも身軽。


「何のためについてきたと思ってるの?」


 何のために。

 嫌だったのだ。気乗りしない場所にフィフジャを一人でやるのは、何となく。


 ウェネムの港でエンニィに連れられていくフィフジャを見送ったが、帰って来た時の様子はだいぶ陰鬱だった。行く時もそうだったけれど。

 あの時はネフィサの騒ぎとかズィムとサトナの喧嘩やらがあって、どんな話をしてきたのかはうやむやに。


 また同じようなことになるかもしれない。

 サナヘレムスに行くと言い出した時のように、動機がわからないような話し合いをしてくるかもしれない。

 どういう話になるにしても、事情がわからないのは気分が落ち着かない。ケルハリから、フィフジャが教会とどういう関りなのか気になるような話もされた。


「変な話になったとしても、何も知らないよりはいいでしょ」


 盗み聞きしようという悪戯心と、やはりこの教会という環境でフィフジャを心配したこともある。バナラゴとの関係も良好とは言えない。

 見つかったらトイレに行こうとして道に迷ったと言えばいい。そんなことを言って進むアスカを放置するわけにもいかなくて。




 フィフジャたちは別の建物に向かっていった。

 それを追うアスカとヤマトだったが、途中で男に声を掛けられた。

 頬に焦げた痕のような黒ずみがある、かなり簡素な服装の男。教会の下働きなのだろう。


 ――ここで何をしている。


 下男風の男が不審そうに見たのは、ヤマトの手にしていた槍。

 教会施設でも外来の巡礼者が立ち入るような場所ではない。そんな所に武器を手にした見知らぬ二人がいる。どう考えても不審者だ。


 アスカの行動は速かった。即座に逃げ出す。

 ヤマトも一呼吸遅れて駆けた。アスカとは別方向になってしまったのは、男の目を逸らす為だ。

 男は実際に二手に分かれたアスカとヤマトに迷い、だが槍を手にしたヤマトを追ってきた。それは予定通り。


 予定外だったのは、思いの外男の足が速く、ヤマトもかなり本気で逃げなければならなかったこと。

 過去の失敗を教訓に、ある程度の道順というか建物の特徴を覚えながら走ったが、かなり遠くまで来てしまった。



 案外と人は少ない。

 というか、ほとんどいない。

 巡礼者用の正門のような方にはたくさん人がいたのだが、裏手になるのかこちらにはほとんど人がいなかった。

 ほとんど、というか、全く。


 建物の中にはいるのかもしれない。だが、屋外に他の人間は見当たらなかった。

 人気のない場所で息を潜めても見つかってしまうかもしれない。


(人だ)


 ようやく見つけた人の姿に、その近くに身を隠したのはヤマトなりに考えた結果だったのだが。



(いや……あの人に気が付かれた、かな?)


 庭木の手入れをしている女の人の背後で、植え込みの中に隠れたのだけれど。


「?」


 庭仕事をしていた頭巾を被った女性が、後ろを振り向いてヤマトが隠れた辺りに目を向けていた。


「ふぅ、む……」


 遅れて、追いかけて来た下男が息を吐きながら到着した。


「どうかしましたか、ユソー?」

「……」


 女が遅れて駆けてきた男に訊ねる。

 返事はない。隠れているヤマトには見えないが、視線を巡らせて探しているのではないか。

 逃げる必要はなかったかもしれない。アスカが逃げ出してしまったから、つい走ってしまったけれど。


「……槍を持った少年を追っていました」

「まあ怖い」


 ぼそりとした声に対して、冗談でも聞いたかのように応じる女の声。

 この教会でそんな物騒な話があるわけがない、とでも言うかのように。


「誰もいませんよ、ここには」

「……」


 沈黙。

 静けさの中、息遣いさえ聞き取ろうとしているのではないかと、ヤマトは呼吸すら止める。


「こんな庭に誰が来ますか?」

「……わかりました」


 やはりぼそりと答えて、しばらくは物音がしない。

 少しの間を空けて、立ち去る気配があった。



 足音が遠ざかってからも息は潜めたまま。

 隠れてしまった以上、やましい気持ちになる。彼女も去ってから元の建物に戻れば――


「もう大丈夫ですよ、そちらの方」


 最初からバレていたらしい。

 少しためらい、しかし隠れたままで済みそうにもない。


「あの……ごめんなさい。悪さをしようとかそういうわけじゃ」


 立ち上がり、服を払いながら言い訳をしてみる。


「ユソーの顔は怖いですから、子供を驚かせてしまうんでしょう」


 追ってきた男の顔には、傷痕なのか何のか黒ずみがあった。そもそも優し気な顔立ちという雰囲気でもなかったし。

 その顔で責められるように声を掛けられ、つい警戒してしまった。

 勝手に出歩いたことで叱られるかもと思っていた。咄嗟に逃げてしまったアスカもそうなのだろう。



「ごめんなさい、勝手に……」


 頭巾というかほっかむりというか、手ぬぐいを頭に巻いて庭木を手入れしていた女性にもう一度謝る。

 中年の女性で、やはり聖職者という服装ではない。作業着といった雰囲気なので庭師のような職人なのだと思う。

 だとすれば、管理している庭に勝手に立ち入ったのは良くなかったか。


「構いませんよ。ここにお客様など珍しいですから」


 元居た建物から随分と走ってきた。かなり西側に来たのだと思う。

 建物もいくつも過ぎてきた。それでもここも教会の敷地内なのだろうか。


「槍を持った少年……ユソーの言った通りですね」

「いや、その……」

「心配しなくてもいいのですよ。悪いことをしに来たわけではないんでしょう?」


 言い訳をしようとしたヤマトに、ほっかむりの女庭師がくすくすと笑う。

 警戒されてはいない。


「もちろん、何も」


 叱られたり捕まったりということはなさそうだ。胸を撫でおろして、言い訳を続けた。


「バナラゴさんって人に連れてきてもらって、あの……迷子になっちゃったんです」

「教会の敷地は広いですからね。似たような建物も多く並んでいますし。この時間だとこちら側には誰もいないと思いますけど」

「さっきの、ユソーさん? あの人に急に声を掛けられて、びっくりして」


 女庭師の言った通りだと言葉を綴り、愛想笑いを浮かべる。


「可愛らしい迷子ですこと」


 女庭師はそれまで庭木をいじっていた手を叩き払い、柔らかな笑顔を向けた。

 可愛いと言われるのはやや複雑だが、悪印象よりはマシだ。



 ふと、女性が作業していた木が目に入る。

 気になったのは、一本の幹から明らかに色の違う葉を茂らせる枝が生えているから。


「枝……接いでいたんですか?」

「あら、少し見ただけでよくわかるのですね」


 感心したように言われたけれど、見た目が違うのだから見ればすぐにわかると思うのだが。


「接ぎ木、というのですけれど。あまり世間では知られていないはずなのに」


 よく見れば他の樹木も、接ぎ木してからの年数は違うにしても、同じように接ぎ木されたものばかり。


「ああ、その……前に見たことがあったんで」


 目の前の現実のことより、別の枝を接ぐという手法が一般的でなかったという話だった。

 一目で言い当てたから、それを感心された。


 地球では珍しい技術ではなくとも、こちらでは違う。

 別種の植物を繋いで合わせるなどと、考える人も少ないのかもしれない。その技術があったとしても、通信手段も何も乏しいのだから世間に広まることも多くないだろう。


「バナラゴ……バナラゴ・ドムローダ?」

「その人です。ええと、連れが面識があって」

「ふふ、そうですか。そういえば久しぶりにサナヘレムスに帰っているんでしたね」


 大物だと言われていたが、本当に有名人らしい。

 リゴベッテ大陸でも有数の商会の長なのだから、当然と言えば当然なのか。

 フィフジャの到着を待って教会に出入りしていたようだから、教会で暮らす人なら知っていても不思議はない。


「僕、妹とはぐれてしまったので、探しに行きます」

「どこに行ったのかわかりますか?」

「あ……その、何となく……コカロコ大司教という方に、会っているかも」

「あなたの妹さんがコカロコ大司教に?」


 違った。

 会っているのはフィフジャで、アスカはその話を盗み聞きしに行ったのだった。

 余計なことを言ってしまったかもしれない。


「……」

「困らせてしまったみたいですね。じゃあ今のは聞かなかったことにしましょう。妹さんのいそうな場所に案内もしてあげられます」

「あの、その……」


 どうにも自分は嘘が苦手だ。

 ヤマトはしどろもどろになってから、力なく頷いた。


「その代わりに」


 女庭師は、にっこりと笑って交換条件を突きつける。


「少しだけ、あなたのお話を聞かせて下さるかしら? サナヘレムスの外のことはあまり知らないものですから」

「え……はあ、はい」


 本人が言う通り、どこか世間ずれしたような女性だった。

 世間知らずというのならヤマトも負けていないと思うけれど、それ以上に。



  ◆   ◇   ◆

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