設定 船乗り



 船乗りは危険な仕事だ。

 中でも大陸間を渡る航海は特に危険で、相応に報酬も悪くない。

 貧しい家に生まれた者でもできて、十年も乗れば陸で三十年働くほどの金になる。

 むろん合わない人間もいる。最初の航海で船を降りることになるか、降りる前に人生の幕を下ろす者も珍しくない。


 一度の往復で、数十人の乗組員のうち数名の死者が出るなんてことも普通。全員が海に飲まれることもあるわけだが。

 普段は関係の悪い他の船であっても船団を組むのは、少しでも危険を減らす為だ。

 喧嘩も何も命があってこそ。



 この世界には銀行という仕組みが確立されていない。

 財産は自分で管理しなければならない。

 ヘレムス教導区の造幣所で作られる貨幣が共通の通貨。ズァムーノ西部の帝国には別の貨幣が流通しているがこの二種類のみ。


 船主の重要な仕事のひとつに、船員の財産の管理がある。

 どの船にも、船長室の奥や地下に専用の金庫が用意されている。

 頑丈な扉を開くと、蜂の巣のように小さな引き出しがびっしりと。それぞれにも鍵がかかっていて、その鍵は船員が個別に首にかけていた。


 自分の財産を自分で管理と言っても、船で仕事をするのにじゃらじゃらと金を持って歩くわけにはいかない。むしろ危険だ。

 台帳に、誰がいついくら持ち出して残金がいくらかを書き入れ、船長と本人と、もう一人監査役とで署名する。字が書けない者は拇印などでも。

 ダナツの船では、監査役は古株の料理長がやっていた。


 航海を終えて分け前を話し合い、それぞれの金庫に収めておく。

 寄港した町で使う分を取り出すこともある。


 船乗りのだいたい半数は、故郷の港に帰ると待たせている家族に金を渡していた。残り半数は、渡すような家族がいない者だ。

 ただ、家族を持たぬままだと先々で身を持ち崩す人間も多く、船長などが独身の船員に縁談の差配まですることもあった。

 養うべき伴侶や子供がいればより仕事に身が入るという意味もあるのかもしれない。

 前述したように船乗りの男の稼ぎは多く、縁談を望む女が少なくない。大半の時期を家で過ごさないことも人気の理由だと言われる。亭主元気で留守がいいとか。



 船の金庫は船体から独立して作られていた。

 船が沈没した場合でも、運がよければ分離して海を漂いどこかに漂着するように。鉄貨などが詰め込まれていても浮きやすい設計だ。

 漂着した先で盗まれることもあるだろうが、そうした悪銭には悪いものも一緒についてくるという迷信もある。

 金庫に刻まれた船の名前と本拠を確認して、故郷に返された例もあった。見つけた者にはおよそ半額が謝礼として贈られたのだと言う。



 ズァムーノ大陸東部では竜人の船乗りが少なくない。

 竜人は好奇心旺盛で腕っぷしが強く、また純朴な性格の者が多い。

 多くの船長は竜人の船員を厚遇し、恩を感じた竜人がボディガードのような役割を果たす。他の船員からは頼りになる仲間として船の中心的な役割を担っていた。


 航海の取り分で船長と船員が揉めることも過去には多かった。

 船乗りの多くはいずれ自分も船長をと志して、夢を叶えるものも諦めるものも。

 金を貯めた船員が自分の船を持つことを目指し、引退する船長から船を買う場合もある。

 優秀な船乗りと聞きつけた商売人から声がかかり、出資を受けて独立することも。


 次の航海で引退すると決めながら、また翌年も船に乗っている馬鹿もいた。

 陸では死ねないなどと口にする者も多い。

 海に囚われ自由に生きる船乗りたちは、良い風とうまい酒と楽しい歌があればどこにでも行けるのだと言う。



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