四_038 手の届かない
とりあえずでも雨風を凌げるように、壊れた建物から使えそうな板などを集めて継ぎ接ぎの応急処置をした。
家屋が住める状態でなくなってしまった人もいる。住む人がいなくなってしまった家屋もあった。
こんな時の為の備蓄だったのだろう。半壊した集会所だが食料は失われていない。大きな鍋で粥を作り、皆で啜る。
住民と、ヤマトたちと、巡教司と。
あれから一日半の後、彼らは現れた。
その間もいくらか魔獣が襲ってくることもあったが、さほど多数ではなかった。勢いもなく少し相手にすれば逃げていく。
村の復旧を手伝いながら、散発的に姿を見せる魔獣を追い払ったり倒したり。
慈善活動でやっているわけではない。
ネフィサもアスカも寝込んでしまっている。回復するまで滞在する必要があった。村の手伝いをしながら過ごした。
開拓村の人々はヤマトたちに十分に世話になったと遠慮したが、何もせずにいられる性分でもない。
アスカ達の看病をネフィサの友人であるリーランとクックラに任せて、復旧の手伝いをしていた。
そこに現れた。
数十人の人間の集団。
統一感のある服装から軍隊だと思った。巡教司と呼ばれる教会の兵士――衛士というらしい。
一人一人がそれぞれ熟練の戦士で、ヘレムス教区の安全を守る役目を担っているのだとか。
ヘレムス教区南部で増加していた魔獣を駆除する任務をしていた、と。
北にあるヘレムスから、この村がある南に向けて。
「……」
思う所はある。文句を言いたくなる気持ちだって。
だが筋違いな話だ。彼らはここに開拓村があることなど知らず、ただ逃げた魔獣の数を減らしておいた方が良いかと追ってきただけ。
悪意はない。
むしろ善性の強い集団だったようで、村の様子を見ると進んで手を貸すと言い出した。
ヘレムス教区からはみ出した場所だとはいえ、多くがゼ・ヘレム教の信徒。その苦境に黙って立ち去るのではなく。
「フィフって意外と顔広いよね」
「そういうわけじゃないんだが」
粥を啜りながらヤマトが言うと、フィフジャは何とも言えないような表情で首を振った。
否定するけれど。
「色々と……妙な縁で、な」
「助けてくれたニネッタさんだって知り合いだったし、あの教会の人だって知り合いなんでしょ?」
エンニィといいラボッタといい、本当にあちこちに知り合いがいるような気がするのだが。
「ニネッタさんはそうだけどな。あの、ムースは……あまりよく覚えていない」
教会の衛士を率いていたムース・ヒースノウという青年は、フィフジャを知っていた。
ラボッタのことを師と呼んでいたので兄弟弟子ということなのだと思うのだが、フィフジャの記憶にはぼんやりとした印象しか残っていないようだ。
一方のニネッタだが。
――彼らの探し人と君が一緒だったとはね。
探検家なのだと。
優秀な探検家でありズァムナ大森林の探索に向かった人。生きていたのかと、随分とフィフジャが驚いていた。
年の頃は三十過ぎほど。やや大きめの
この黒鋼の弓は、黒鋼部分ではなく弦の部分にたいそうな謂れがあるのだと、食事をしながら語ってくれた。
かつてどこかの国で暴れた毛むくじゃらの妖獣の、まるで刃を通さない体毛から作られたのだとか。柔軟にして強靱な弦。
世界にも十しかない名弓らしく、見た目以上の強い矢が放てるという。
フィフジャと共にズァムーノ大陸に渡り、大森林で生き抜いた探検家。
ニネッタに言わせれば逃げ延びただけだと言うが、生存できただけで並みではない。他の生存者については彼も知らないと。
「まあ命あってこそだからね。フィフジャ君もよく無事だった」
「何度も死にかけた。けど、ニネッタさんが教えてくれたこともあったから、何とか」
ラボッタに対するよりも、このニネッタに対しての方が殊勝な弟子のような言い方をする。
「エズモズからこっちに戻って、ヘレムスに帰る道中で知り合ったんだ。あの二人と」
同じような時期にウェネムの港町にいたらしい。
そこからヘレムス教区を目指した。そして向かう方角が同じだったカノウとリーランと知り合い、同行者となる。
「道中、カノウ君たちの探し人の情報を聞いていると、どうもフィフジャ君らしい人が一緒のようで」
「ネフィサを探していたんだね」
喧嘩別れしてしまったとはいえ、見知らぬ土地に友人を放り出してしまって平気なはずがない。あちらも気にしていたのだ。
「街道でへたり込んでいた開拓民は君らが魔獣駆除に向かったと言うし。腕に自信があるとはいっても、さすがに少人数で無茶だろうに」
「それは、まあ……そういう数の勘定と無関係な人もいたんで」
「ラボッタ・ハジロか」
直された集会所の庇の影で、ごろりと横になっているラボッタ。
彼は村の建物の復旧などに手を貸していない。やることはやったと堂々と怠けている日々だ。
ふらりとどこかに行くかもしれないとフィフジャは言ったが、今のところはそんな様子はなかった。
「……確かに、噂通りの人物らしい」
「勝手気ままで、場合によっては危険なんだ」
あまり近付かないように、と。
フィフジャのラボッタ評はひどく信頼度が低い。
確かに他人の命を何とも思わない人間で信用はできないが、ヤマトとすれば実際にラボッタに助けられたと感じているところもある。恩を受けた。
「何にしろ、彼らが無事に友人と会えてよかった」
「……うん」
微かに曇ったフィフジャの目と、それを感じてやや俯き加減になってしまうヤマト。
フィフジャの言葉を無視して勝手なことをした。
結果はもちろん悪くなかったと思う。だからと言って胸を張れるわけでもない。
ネフィサには、薬のことも含めてあまり他人に話さないように言っている。
傷痕も、見られると面倒なのでなるべく隠して。
ミドオムに斬られた傷が思ったより浅かったのは事実だった。
彼は見誤ったのだろう。ネフィサを非力なだけの女性と見て、長く苦しめようと力加減を弱く。ネフィサは平均的な人よりも鍛られていたのに。
傷は内臓まで傷つけることはなく、ただ広範囲に裂傷を残した。致命傷になり得るだけのものだったが、間に合った。
いや、見誤ったのはネフィサの生命力ではなくてアスカの存在か。
治癒術を受けたとしても、激烈な痛みが走れば筋肉の収縮で傷口から内臓が飛び出したかもしれない。麻酔手術などをするわけでもないのだから。
(運が良かっただけ、だ)
少しでも違う方向に転んでいたら失われていた。友人との再会も、仲直りもできずに。
己を責めるヤマトだが、アスカの方はまるで違うことを言うのだが。
――うまくいったんだからいいじゃん。
思春期の少年が、自分の判断ミスに自責の念に苛まれる。
思春期の少女が、結果的に良かったんだから別にいいじゃないかと言う。
どちらも、どこにでもある話だ。特別なことではない。
少し浮かれていたのだと思う。
自分の力が平均的な人々よりも上で、それを使えばヒーローのようになれると。
特別になれると錯覚して、現実を思い知らされた。妹の言う通り結果は何とかなってよかったけれど。
(結果は大事だけど、幸運を当てにしてちゃダメだ)
ヤマトたちがここに来なければ、あの妖魔や魔獣の群れでもっと多くの人々が死んでいたかもしれない。
集会所を壊され、中にいる人々が皆殺しにされて。
そんな惨劇の後に巡教司たちが村に到着したことも十分にあり得た。
最悪な結果は回避され、ヤマトの大切な人たちも失われなかった。結果だけならこれでいい。
「……」
それでも死んだ人もいる。
半壊した集会所から逃げて死んだ人。
最初の襲撃の際に村人を守ろうとして戦った狩人。全壊していた建物はその狩人の住んでいた家だったそうだ。
逃げ遅れて死んだ父親や、母親や、子供。
ふと視線を巡らせれば、村の片隅に佇む人の姿がある。
簡素な墓に、祈りを捧げるように。
家族に対してなのかもしれないし、知人たち皆に向けてなのかもしれない。
――弔ってやってもいいか?
ミイバの亡骸も、そこに。
ヤマトにとっては敵対的な相手だったが、村人にとっては命を救われた相手でもある。
経緯はともかく死んだのなら弔ってやりたいと。
死体に鞭を打つ趣味はない。彼らと共に墓穴を掘り、ミイバの亡骸を納めた。
「ここまで来たらついでだ。一緒にサナヘレムスまで行こう」
ニネッタのような同行者が増えるのに反対する理由はない。ネフィサもその方がいいだろう。
もう少し回復するまでは身動きが取れないが、ヤマトにとってもその方がいい。
自分も、まだ心の揺れを大きく残している。
もう戦うのが怖いかもしれないと思ったが、魔獣が襲撃してきたら案外と体は動いてくれた。いつも通り。
いや、いつも通りではない。
今までよりも速く、強く。感覚的にだが一割から二割程度、前よりもより鋭い戦い方が出来るようになった。
身体強化の魔術を覚えて、意識を集中すると自然とそれが使える。
今までなぜ出来なかったのかと不思議に思うほど。家で自転車の練習をしていた時の感覚に近い。ふとある時にすいっと乗れるようになった。
出来る、という意識が大切なのだろう。
頭から出来ないと思い込んでいたら出来ない。そういうことか。
「すまない。身体強化を使っていると思っていたんだ」
「フィフが謝ることじゃないってば」
ヤマトの身体能力を見知っていたフィフジャは、ヤマトたちが最初から強化の魔術を無意識に使っているものだと思い込んでいた。
もっと早くに使えるようになっていたら、今までの道程ももっと楽だっただろうと。
「だいたいフィフは教えられないんだから」
「……すまん」
「ああ、ごめん。そういう意味じゃなくて」
フォローするつもりが、より落ち込ませてしまった。
大森林で生活しているうちに基礎的な筋力が平均を大きく上回っていたのだと思う。フィフジャがそれを身体強化の魔術だと思ったのも無理もない。
教えようにもフィフジャには使える魔術ではないし、最初から使っているなら教える必要もないはず。
自転車の乗り方を、乗れる人間に教えようとは思わない。
ラボッタには見て分かったのだろう。だからヤマトの体に強引に身体強化の魔術を使って、体に覚えさせた。
――お前はフィフジャより見込みがありそうだからな。
肩を掴まれてびりっとされた時、そんなことを言っていた。
つまりそういうこと。
ヤマトには、フィフジャよりは魔術の才能がある。
嬉しくないわけではない。
魔法のような力があればと思ったのは一度や二度のことではないのだから。
父や母もきっと、魔法が使えたらと考えたことがあったのだろう。ヤマトやアスカがこうして不思議な力を身に着けていったら、喜んでくれるのではないだろうか。
だがその一方で、少し陰鬱な気持ちにもなるのだ。
力を得ても、自分は正しくそれを使えるのだろうか。
今回だって間違えた。多少の力を増して、またそれに浮かれて同じような失敗をしないとは限らない。
次に間違えた時には誰かを死なせてしまうかもしれない。それは自分が死ぬよりもつらいことになるかもしれないと。
自分は思慮が浅い。
目の前のことに囚われて、感情的な行動を取ってしまうことがあると自覚している。
「魔術は……」
戒めるように言葉にした。
「都合のいい力じゃない。結局は自分の出来ることしか出来ない。過信しないよ」
フィフジャが教えてくれていたらもっと出来た、ということではないのだ。
手の届かないものには届かない。
それを取り違えてはいけないと、自らに戒める。
「ああ、そうだな」
うつむきがちなヤマトに、フィフジャは少し手を伸ばそうとしてから、やめて頷くだけにした。
ヤマトは子供ではない。
「こんな年でその見地なら大したものだよ、ヤマト君。師が良いのかな」
ニネッタに褒められたが少し居心地が悪い。失敗して思い知らされただけなので。
けれど頷けるところもある。
「うん。両親とか、フィフが……いろいろ教えてくれたから」
「そうかい」
フィフジャは何も言わずに、少し面映ゆいように唇と結んで目を逸らした。
◆ ◇ ◆
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