四_036 出来ることを。やりたいことを_2
――突き刺さった。
「……は?」
深々と。
ミイバの腹に、太い矢が突き刺さった。
「ねえ、ちゃん……?」
疑念の声を漏らす双子。
手を地面についた姿勢のヤマトも、目を疑い、固まってしまっている。
「――?」
少し離れて見ているアスカは冷静だ。矢が飛んできた方向を確認すると、三人の男女の姿を認めた。
「くそっネフィサ!」
「なんてこと……」
二人は知っている顔だった。アスカの知り合いではないけれど知っている。
「ニネッタ、さん……?」
「無事かいフィフジャ君」
知らない一人が、フィフジャに呼びかけた。
フィフジャの口から洩れたのは彼の名前なのだろう。
「ぶ、ば……ふぇ……」
どさりと倒れる音。
腹に刺さった矢を信じられないというように抱えて、ミイバが倒れた。
「姉ちゃん!」
「ネフィサ!」
叫びながら、それぞれ倒れた仲間に駆け寄る人々。
ヤマトも、弾かれたように立ち上がりネフィサの倒れる傍に駆けた。そのすぐ近くで、転がって息を絶え絶えにしながらブーアの顔を蹴りつけているズィムもいる。手にしていた木片はブーアの牙に刺さっていた。
「ネフィサ、どうしてこんな!」
「まだ油断するな、リーラン!」
カノウとリーラン、と言っただろうか。ネフィサの友人の。
腹を血塗れにして倒れているネフィサに駆け寄りながら、まだ襲ってくる魔獣に向けて光弾を放つ。
「僕が……僕の、僕を……」
自分を庇って、と言いたいのか、言いたくないのか。
震える兄の姿。アスカもクックラを連れて駆け寄った。
意識が途切れた。
仲間の悲劇に気持ちを奪われ、意識が途絶えた。
だから気付かない。
嘆きの声を上げた双子の弟の顔が、いつものように上辺だけのような表情であることに気付かない。
姉の落としたダガーを拾い、その目が見据える先には、自分に手傷を負わせた少年の背中が。
「あまいんだぜ」
「そうでもないの」
兄の甘さなど織り込み済みなのだから。
投げられたダガーを、かつてその片割れだったダガーで払い落とした。
姉の死を嘆くのもただの振りだったというのか。この男には。
「仲間が死んでも関係なしか」
再度放たれた矢は、飛びずさって避けられた。
ニネッタと呼ばれた男がミドオムに向けて放った矢は、これもまた見事なものだったが、さすがに二度目は警戒されている。
「ちぇっ、ここまでだな」
舌打ちを残して、ミドオムは逃げ出した。
姉の亡骸を残したまま背中を向けて駆けだした。
進行方向にいた魔獣をついでのように切り捨てながら、木々の中へ消えていく。
どこまでも自分勝手な双子の片割れは、姉の死さえ一顧だにせず去っていった。
「まだ、魔獣が……」
襲い来る魔獣と、グレイと攻防を繰り広げる青小人。武器を失った妖魔はグレイの爪牙に手を焼いているようで、グレイの方の戦い方もいつになく凄烈だった。
嘆いていられる状況ではない。
ミイバは死に、ミドオムが逃走したといっても、村の集会所は半壊してあちこちで襲われている人々。
「
ヤマトが叫んだ。
「やめろヤマト!」
「クックラ!」
制止の声を聞かずに、もう一度怒鳴るように呼んだ。
フィフジャにはわかっている。
アスカにもわかっている。
きっとヤマトにもわかっているはずなのに。
ヤマトが何を言いたいのか、その気持ちはアスカにもわかる。
この状況でクックラの名を呼んだ。
既に命の火を失いかけているネフィサの前で。
それは駄目だとフィフジャが叫ぶ。
その気持ちもわかっている。間違っていない。
使ってはいけない治癒術を使って助けてくれと、ヤマトが嘆く。
使ってはいけないとフィフジャが止める。
そもそもこの傷は深すぎる。仮に治癒術を使ったとしても、瀕死のネフィサがその痛みで死んでしまうだけ。
無駄なことを。
無益どころか、自分たちにとってひどく危険なことを、クックラにさせようと言うのか。
「エンニィィィ!」
突然、雷鳴のように叫んだアスカに、ぎょっとしたように視線が集まった。
「あ……え、僕ですか?」
「薬! あのすごい薬もってきて!」
何でもいい。とにかく意識をクックラから逸らさせなければならない。
口から出まかせでも何でも、治癒術士がここにいるなどと察せられてはいけない。
ズィムと泥まみれで死闘を演じていたブーアの延髄にダガーを一度突き刺してから、次の指示を叫んだ。
「ヤマト、そっち持って! そこの家に運ぶ!」
手近な家屋にネフィサを運び込むと言って、荷物を抱えたエンニィが走ってくるのを確認する。
「おいで!」
呼びかけたのはエンニィにではない。クックラに。
黄色いヘルメットをかぶった頭が小さく揺れた。
「治療するから魔獣を近づけないで! あとズィムを見てあげて!」
既に息耐えているブーアをまだ蹴りつけているズィム。興奮していてわけがわかっていない。不格好だけれど彼も必死にネフィサを守ったのだ。
「あ、ああ……頼む。わかった!」
「ネフィサに、謝りたいの……お願い」
一緒に来ると言い出さなかったのは、彼らに引け目があったのだろう。
ネフィサと喧嘩別れしてしまった自分たちと、一緒に戦っていたアスカたちを比べて。
「出来るだけのことはするから」
言い残して、ヤマトと共にひどい出血のネフィサを抱えて薄暗い家屋に入った。
クックラとエンニィも続く。
室内が薄暗いのは当然だ。ガラス窓などない建物で、木の窓も閉め切られているのだから。
平らな場所にネフィサを横たえると、動いたことで苦痛を感じたのかネフィサの口から呻き声が漏れた。
顔色は蒼白。首筋にはうっすらと汗が滲んでいる。
「えぇっと……すごい薬って?」
「嘘よ」
商人のエンニィなら、何か持っていても不思議はないかもしれない。
聞いていた他の人間がそう思ってくれればいいだけ。
ヤマトがクックラの名を呼んでしまった。だから、それを誤魔化す為にエンニィの名を叫んだ。
ネフィサを助ける手段など有り得ないのに、あんな大声で。
「あ、アスカ……クックラに」
「ヤマト」
静かに、囁いた。
兄の泣き顔に向けて、可能な限り優しく。
「そういうとこ、きっと、ネフィサも好きだったんだと思う」
「……」
兄の甘さなど織り込み済みで。
自分たちには出来ることと出来ないことがある。本当にいつも嫌になるけれど、いつも思い知らされているのだから。
せめて言葉だけは優しく届けようと、そう思った。
◆ ◇ ◆
「……」
ヤマトが泣いている。
薄暗い室内で、ヤマトが泣いている。
私の名前を呼びながら泣いている。
良かった。
集会所の扉が破られ、壁や屋根が破壊されて、混乱に巻き込まれた。
そんな中でヤマトの姿を探した。
無事なのかと探して、少年の姿を見つける。
少年の斜め後ろに、感情というものを感じさせない不気味な青年が近づいているのも。細い目の奥の悪意だけは確かに。
伝えなければと思ったが、周りが大騒ぎで声が届かなかった。
私が勝てるような相手ではないことはわかっている。ただヤマトに伝えられればいい。
そう思って駆け寄り、言葉では間に合わないと判断した。
一瞬でもあの殺人狂を牽制できればいいと、だがそれも適わない。
凶刃は、その切っ先を私に変えて一閃した。
熱い。
痛い。
力が抜ける。
頭を突き抜けるような激しい痛みに涙が溢れ、倒れたのだと思う。
そこから先はよくわからない。
朦朧とする意識の中で、カノウとリーランの声を聞いたような気がする。
喧嘩別れしてしまった友人たち。
謝りたかった。
私だけが一番つらいと決めつけて、自分勝手な行動をするのを正当だと思い込んで。
迷惑を掛けてしまった。
アスカやヤマトにも、迷惑を掛けた。
言いがかりをつけて突っかかって。だけどヤマトはちゃんと話を聞いてくれた。
どうしたらいいのか、アスカが助け舟を出してくれた。
素直じゃないのは自分の悪い所だと思う。素直に謝れない。誰に対しても。
ヤマトが泣いている。
良かった、無事だった。
無我夢中だったけれど、守れたみたい。
ミシュウが私を守ってくれたように、今度は私が、私の守りたい人を守れた。
自分のやりたいことが出来た。そう思うと安心する。
だからもう泣かないで。
私はもう、大丈夫だから。
「ヤマ、ト……」
唇が震えて、声が響いた。
「……良か、た……よかった……」
◆ ◇ ◆
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